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第65話 あるヒーローに憧れた者の回想

 小さい頃からテレビの中のヒーローに憧れていた。

 どんな凶悪な怪人や怪獣が相手でも決して屈することなく闘い続ける彼らの姿に僕はとても憧れていたんだ。


 だけどそれはどこまでいってもテレビの中の話。

 現実の僕――加藤正義(まさよし)は何処までも普通の事なかれ主義な人間で、ヒーローとは程遠い人間だった。


 問題が起きれば誰かにその問題の解決を放り投げ、多数派か少数派かどちらかに付かなければいけない状況になったら迷わず多数派に付き、ヒーローが大好きであることをひた隠しにして興味のない流行に乗ってそれなりの人間関係を維持しようとする。

 つまり僕はヒーローとは程遠い何処にでもいる本当につまらない人間に過ぎなかったのだ。


 そう、あの日までは。



「勇者とその従者の皆様、ようこそおいでくださいました。私の名はプリシラ・エル・センティエル。この世界に最後に残った人類国家、センティエル王国の第一王女にして、召喚の神アシェラ様から加護を賜った聖女です」


 漫画やアニメ、それかファンタジー系の特撮物でしか見たことがないような立派な神殿。

 その大広間に集められた僕たちなんかに、素人目から見ても相当価値あるものなのだろう青いドレスを着た絶世の美少女が頭を下げて話しかけてくる。


 そう、どういう因果か夏休み前最後の登校日にあの教室にいた2-Bの生徒総勢25(・・)名は滅亡に瀕した異世界を救う勇者とその従者として召喚されたのだ。


 他の生徒がどうだったかは知らないが、あの時、僕はこれまでに感じたことがないほどの興奮と高揚を覚えた。


 僕には特別(・・)になれる機会がある。小さい頃から憧れ続けたテレビの中のヒーローになることが出来るんだ。


 そう思っていたのだけど、それでもやはり現実は甘くなかった。



「全能なる大神よ、彼の者に裁きの雷を。『雷撃魔法』」

「がっ……!?」



 今日もまた1人、天城に逆らった奴が彼が最も得意とする『雷撃魔法』によって一蹴される。


「僕の勝ち、みたいだね。それじゃ、これからも協力(・・)してもらえると助かるよ」


 最後にそう言ってその場を立ち去る天城を、僕は柱の陰で怯えながら傍観するしかなかった。


 ああそうだ。異世界に召喚されて特別な力を与えられた所で凡人は凡人にしかなれない。

 特別な存在になれるのは全てを待ち合わせている奴――天城聖也のような人間だけなんだ。


 異世界に召喚されて早々、僕たちは『適性検査』というものを受けた。


 どのステータスが伸びやすいか、どんなスキルを覚えられるか、また所持しているスキルは何かというのを調べるものだったが、僕が所有していたスキルは『鍛冶技巧』と『設計』というこの世界で極一般的なもので、ステータス方面もお世辞にも戦闘向きのもので特別秀でたものは何もない。

 このような検査結果は僕だけでなくクラスの凡そ2割は戦闘向きではないと診断された。

 そんな僕たちが出来ることといったら戦闘要員の支援、というより雑用をこなすことだけ。

 あとは……。


「それと加藤君。この剣、切れ味が悪くなってるから整備しておいて」

「は、はい! 分かりました!」


 そう言って僕に模擬試合用の剣を預けると、天城は嘉山凛とプリシラ殿下の下へ向かう。


 僕のような戦う才のない者、或いは訓練で脱落してしまった者は天城に媚びへつらうことで食い扶持を確保していた。

 天城が自身に反抗的な人間に横暴を振るっていることに目を瞑っていることに、生きるために仕方ないことだからと自分に言い聞かせる。

 こんなことをしていてよく「ヒーローに憧れている」などと考えられるな。


 そう自嘲しながら剣を持って自室兼工房へと向かっていると――。


「もし、そこのあなた」

「はい?」


 突然呼び掛けられたので振り向くと、そこには占い師の格好をし、顔の半分を黒いマスクで隠した女性が立っていた。


「あなたはこの世界で大きな不満と苛立ちを覚えているようね」

「あ、あの何の話ですか? 僕、天城の剣を早く直さないといけないんで……」

「本当はイラついてイラついてしょうがないんでしょう? ヒーローに憧れを抱いておきながら、実際は悪事の片棒を担いでいる。そうでもしないと生きていけないから、と自分に言い聞かせてはいるけれど、異世界へ召喚されるという特別な体験をしたのに未だに凡人である自分自身に」


 占い師風の格好をした女性は僕が抱えていた不満や苛立ちの原因を、まるで優越感に浸っているかのようにクスクスと笑いながら指摘してくる。

 

「じゃあどうしたら良かったんですか!? 体格でも能力でも、全てにおいて僕を上回っている天城相手に!?」


 僕は思わずその占い師風の女性の肩を掴んで、そう怒鳴り声を上げてしまう。


「どうすることも出来なかったでしょう。1つの世界に縛られているあなたでは」


 一方の占い師風の女性はそんなことをされても飄々した態度を崩すことなくそう返すと、僕に指輪と水晶のようなものを差し出してきた。


「……それは?」

「この指輪は別の世界へと移動することが出来るマジックアイテムです。但し行ける異世界は『自分がいたことのある世界』に限られ、一度使用すれば消滅してしまいますが」

「そいつを使って1人大人しく元の世界に帰れってことかよ!? そんなことをしたって何の解決にも――」

「そこで重要となるのがこの水晶です。これを所持している限りあなたはあちらの世界でもこちらと同じようにスキルを行使することが出来ますし、スキルの発動に必要となる魔力も補ってくれます」


 あの世界でもスキルが使えるようになる?

 もしそれが本当なら――。


「これらをあなたにお譲りいたします。どう使うかはあなたにお任せしましょう」

「な、なんで僕なんかにこれを……? 僕に一体何をしろと……?」

「あなたが輝く様が見たい。私が望むことはそれだけです」


 そう言って彼女はまたクスクスと笑うと、暗闇の中へ溶けるように消えてしまう。


 1人残されることになった僕は手のひらの指輪と水晶を見て考える。

 どうせこの世界に留まったところで僕は悪事の片棒を担いだモブAであることは変わらない。

 だったら僕は――!


「っ!」


 指輪を嵌めると突如視界が歪んでいく。

 ――そして次の瞬間。


「……本当に帰ってこれた」


 僕は見慣れたあの住宅街の一角に佇んでいたのだ。



◇◇◇



 元の世界に戻った僕はそのまま裏山の打ち捨てられた山小屋に向かうと、これからのことについて考えることにした。

 まずこのまま大人しく家に帰る、これは無しだ。

 次に実際に能力、スキルを使って国に自分を高く売りつける。これはモルモット扱いされるリスクが高いから論外。

 となると最後に残ったのは――。


「作ってやろうじゃないか。僕の、僕による、僕のためだけの秘密組織を……!」


 それからの僕の行動は早かった。

 まずはあちらの世界では地味で役立たずと見放された『鍛冶技巧』と『設計』で理想としていたあの特撮番組のヒーロー、それを模したヒーロースーツを作成する。

 もちろんただのコスプレ衣装じゃない。

 身分を特定されないための仕掛けを施し、一瞬で脱装着が可能で、そして本編と同じ戦闘能力を持った本物のヒーロースーツだ。


 ヒーロースーツを纏った僕はたまに悪党を退治し、昼はあの特撮番組で拠点として登場した空中要塞の建造に取り組んでいった。


 そうして密やかな毎日を過ごしていたある日、僕は何度目かの転機を迎えることになった。


「お願いします! 私にも戦う力を授けてください! わたしも貴方のように誰かを守る盾になりたいんです!」


 ある日の夜、悪漢から助けた女の子が僕にそう懇願してきたのだ。


 僕の力を認めてくれた。僕のやっていることを肯定してくれた。

 その心地よさに酔いしれてしまった僕は、愚かにもこう答えてしまったのだ。


『良いだろう。異世界より帰還した神聖なる勇者である我がお前に力を授けてやろう』


 これが超救助戦隊の始まりであり、そして僕の終わりとなった。



 発足したばかりの超救助戦隊の仕事内容はこれまで通り「弱きを助け強きを挫く」をモットーに、悪事を働いた者を成敗するためだけに活動していたのだ。


 しかし人間とは恐ろしいもので、僕はただ悪党を倒すだけでは満足することが出来なくなっていた。

 そこで僕は全てのヒーロースーツに一種の洗脳作用がある装備を取り付けて、救助者がヒーロースーツを求めるようにして、僕を称賛してくれる従者を増やしていく方針を取り、さらにポイント制度を導入してより忠誠心を高める方針を取った。

 さらに僕はスーツに僕の姿を見た装着者に一種の高揚感と忘却の効果を付与してしまったのだ。

 こうして僕のささやかな秘密組織は、僕を中心とする王国へと様変わりしてしまった。


 しかしここ日本であちらの世界のような悪漢は早々いない。


 だから僕はあんな手段を取ってしまったのだろう。


 少しでも不良らしい外見をした者を問答無用で悪役に仕立て上げる、そんなおぞましい手段を。

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