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第63話 ヒールを演じることになりました 3

(『ディスペル』)


 俺は今回の被害者兼スカウト対象者にされた女子中学生――に扮したアリシアの部下にスキルを発動すると、彼女もまた洗脳状態から解除された。

 『認識阻害魔法』で洗脳状態が継続しているように誤認させる仕掛けも機能している。

 それにあのヒーロースーツが現時点では『認識阻害魔法』に対応していないことも確認済みだ。

 空中要塞内にばら蒔いて置いた『水魔法』による監視装置――前回の侵入後に大半が破壊されてしまったが――は異常な動きは感知してない。


 俺はアリシアにアイコンタクトを取ると、彼女の部下に出来得る限り邪悪な笑みを浮かべて近づく。


 ここから先は台本無しのアドリブ演劇だが、幸いと言っていいのかは分からないが参考資料なら先ほど手に入れられた。

 

 ならもう腹を括ってやるしかないだろう。


「なあ、俺たち金に困ってんだ。だから1万でいいから譲ってくれねえか?」


 アリシア曰く、加害者役と被害者役は接点が全く無くても長い間いじめを行っていたような言動を取るという。

 それを踏まえて俺とアリシア、そして目の前の被害者役を偽っているアリシアの部下が考えた台本はベタな強請りだった。


「……ご、ごめんなさい。今そんな金持ってなくて……」

「はあ? 貴女、自分に拒否権があると思ってるの?」

「ぐひっ!? ご、ごめんなさい!」


 俺の三文芝居と違ってアリシアと彼女の部下のやり取りは思わず「止めに入った方がいいのでは?」と感じてしまうほど真に迫っている。


 これが国家お抱えの秘密組織のエージェントの実力か、と感心していると。


『悪党共、そこまでだ!』


 突如そんな声が俺たちの頭上から聞こえてくる。

 空を見上げると、そこには全身黄色で虎を思わせるデザインのヒーロースーツを着た不審者の姿があった。


『貴様らの狼藉を許してはおけない! 神聖なる勇者様に代わってこの『ライトニング・タイガー』が罰を下す!』


 そのヒーロースーツ、ライトニング・タイガーさんとやらが名乗りを上げている間に俺は『水魔法』で生成して町中に仕掛けた『認識阻害魔法』を無差別にかけるジャミング用ドローンを一ヶ所に集める。


 そしてさらに上空に配置しておいた監視ドローンと『感覚共有』を行いヒーロースーツがやって来た方向を確認すると、俺は改めてアリシアにハンドサインを送った。


『―――によって授けられたこの神聖に強烈な一撃に恐れ戦くがいい! 食らえ、【ライジング――』

「――ごめん。ちょっと黙っててくれる?」


 全ての仕掛けの確認を終えた俺は、悠長に口上を述べている『ライトニング・タイガー』とやらを認識阻害魔法で眠らせる。


 さあ、これで全ての下準備は整った。


 俺は『感覚共有』で林間学校の時のようにジャミング用ドローンを分解、再構成し巨大な空中砲台を展開する。


「じゃあ、やるぞ?」


 俺の問いかけにアリシアと彼女の部下はこくりと頷く。

 それで確認を取ると、俺は空中砲台に備え付けられたカメラと『感覚共有』して照準を合わせ、そして――。


「――っ!」


 砲弾が発射された次の瞬間、雲の上で何かが爆発したような光が見えた。

 光の発生源はそのまま予定通りに海の方へ向かってゆっくりと落ちていく。


「それじゃ、俺は黒幕を引っ捕らえてくるからこっちはよろしくな」

「……ええ。武運を祈ってるわ」


 そのやり取りを最後に、俺は恐らく炎上中の空中要塞内に『転移』した。




◇◇◇



 ――あるヒーローだった男の記憶。



「クソっ! 今日も先を越された!」


 『ライトニング・タイガー』が救助対象者の下に到着したという報告が届くと同時に、ベース下部にある格納庫の射出口に集まっていたヒーローは僕を含めて全員落胆する。


 ここ最近の【超救助戦隊ザ・ヒーロー】はどうも様子がおかしかった。


 数日前にあらゆる場所に伝わる程の衝撃が【ベース】を襲い、それから最古参ヒーローで実質的な最高幹部だった『ドクター・ジ・ホワイト』ら初期組が姿を見せなくなっている。

 これらの異常事態に対する『勇者様』のお言葉はたった一つ。

 「これまで通りの活動を継続せよ」、それだけだ。


 しかし各ヒーローの派閥の長であった彼らを失ったことでベース内の空気は非常にギスギスした雰囲気となっていた。


 言い方は悪いがそんな僕たちの鬱憤晴らしとなっていたもの、それが悪党退治だったのだ。


「はぁ……」


 『ライトニング・タイガー』に先を越されてしまった以上ここに留まる理由はない。

 僕はタメ息をつくと、自室へと踵を返す。


「ね、ねえ? 何か聞こえなかった?」


 その時、兎のような大きい耳を装備したピンク色のヒーロー、確か『ピンクホップラビット』とかいう名前の彼女が不安げにそう呟いた。


「おいおい、そんな法螺を吹いてオレたちを出し抜こうってつもりか?」

「ち、違うわよ! 本当に何か変な音が聞こえてきたの!」


 当然のことだが、僕を含めて誰もピンクホップラビットの戯れ言に耳を傾けたりなんてしない。

 今、僕たちが最も注意しなくてはならないのは次の出動命令が出た時に如何に早く射出口に到着できるかということだ。


(無駄なことを……)


 僕は未だに喚き散らすピンクホップラビットを尻目に、少しでも体力を回復させようと改めて自室へ向かって歩き出そうして――。


「うわっ!?」

「な、なんだよこれぇ!?」


 突如、この格納庫を含めてベース全体が右方向へ激しく傾く。

 ヒーローが皆動揺している中、僕は専用装備の【ハイパースキャニングアイ】で振動がやって来た方角を見た。


「な、んだよ。これ……」


 この衝撃を引き起こした原因はすぐに分かった。

 この格納庫に併設される形で建造されていた第2格納庫、それがエンジン含めて木っ端微塵となっていたのだ。

 それと同時にこの傾きの原因も分かってしまった。


 このベースは海に向かって落下しているのだ。

 恐らくあと数十分で僕たちはベースもろとも海の中にドボン、だろう。


 だが溺死という恐怖以上に僕を震えさせていたのは隣の格納庫を破壊した者がいるという事実だった。


 勇者様がお作りになられたものはどれも完璧だ。

 格納庫の建造を行っている作業用ロボットが突然爆発した、なんてことはあり得ないだろう。

 また詳しいことはよく分からないが、このベースは旅客機などと衝突しないよう精密なプログラムの下で航行しているらしい。

 そして一番重要なのはこのベースは透明化されており、ヒーロー以外の人間には建造物があることすら知覚できないということだ。


 それにも関わらず、敵はこのベースの最大の弱点である第2格納庫をピンポイントで狙い撃った。


(そ、それでも戦わなくちゃ……)


 僕は何とか勇気を振り絞って専用武装の弓矢を握り締めると、いつ何処から来るか分からない敵に対して警戒する。


 ……しかし。


「きゃああああっ!?」

「うおおおおおっ?!」


 今度はこの第1格納庫の壁が何らかの高速物によって破壊され、辺りを煙が満たす。


 それでも僕には【ハイパースキャニングアイ】がある!

 そう考えて煙の中にいるであろう敵の姿を見て、そして自分が取った行動は軽率であったと思い知らされた。


 煙の中にいたそれは一見すると普通の背丈でカジュアルな服装を身に纏った男だ。

 しかしこのベースは高度20000メートルという超高空にある。普通そんな格好でいたら死は避けられない。

 だがその男はまるで地上と何も変わらない様子で動いているではないか。


 そして何よりも恐ろしかったのが、その男の顔や肌だ。

 彼の露出した部位はどれもモザイクかかっているように見える。

 それが実際にそうなっているのか、それとも僕自身の自衛本能が直視してはならないとそうさせているのかは分からないが、確実に言えるのはあの男はまさしく悪魔そのものだった。


「ひいいっ!?」


 逃げなくては、そう思って走りだそうとしたが時既に遅し。


「……」


 男は何かを探すように天井を見ると、今度は格納庫の壁を見てクラウチングスタートの姿勢を取る。

 ……そして男は壁に向かって走り出し、生身で壁蹴りをやってのけたのだ。


「がはっ……!?」


 それによって生じた衝撃波は凄まじく、僕の身体は勢いよく反対側の壁に叩きつけられてしまう。


 そしてそれを最後に僕の意識は完全に途絶えてしまうのだった。

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