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第61話 ヒールを演じることになりました 1

「おはよ! 少し待たせちゃったかしら?」

「い、いや。そんなことはないぞ……?」


 昼の駅前の広場、そこには夏休みということもあっていちゃつく若い男女の姿が数多くいる。

 これまで俺はそれを見て「爆発しちまえ」と思う側の人間だったのだが、まさかこんなことになるとは一体誰に予想できただろうか。


「……シャキッとしなさいよ。その格好でオドオドしてたら獲物は釣られないわよ!」

「……わ、わかってるよ」


 これは獲物を釣るための作戦、もとい劇なんだ。

 そしてその舞台に上がってしまったのだから、これ以上テンパってることなんて出来ない。


 俺は大きく深呼吸をして覚悟を決めると、傍らに立つ茶髪の美少女に話しかけた。


「それじゃあ行こうか、アリサ(・・・)

「ええ、修二(・・)くん」


 そうして持ち前の技術で別人に変装したアリシアと、アリシア以外の人間にはチャラついた男と思わせるように『認識阻害魔法』をかけておいた俺は、駅前にあるアミューズメント施設へと向かう。





 どうして俺とアリシアが変装してデートの真似事をすることになったのか。


 事の発端はあの空中要塞へ殴り込みをかけた日まで遡る。



◇◇◇



「では彼らは所定の病院へ搬送します。敵の襲撃が予想されますので用心してください」

「分かったわ。こんな夜遅くに呼び出して悪かったわね」

「リーダーの指示ですから。では我々はこれで」


 そう言って救急救命士の格好をしたアリシアの部下は彼女に敬礼すると、彼女の所属する組織が保有しているという救急車に乗り込むとサイレンを鳴らしながらセーフハウス6号のあるこのマンションから走り去ってゆく。


「暑いし、早く部屋に戻りましょ」

「あ、ああ。そうだな」


 それをボーッと眺めていると、アリシアに部屋に戻ろうと言われる。

 俺はややぼんやりとしながらそう答えると、彼女の後に続く。



 ヒーロースーツ、もといそれを着用していた少年少女への尋問はあっさりと済んだ。

 どうやら特別な加工や付与が施されていたのはあのスーツだけで、中身については『認識阻害魔法』で簡単に解けるレベルで「自分たちは絶対に正しい」と思い込む洗脳を受けていただけだった。

 であれば後は簡単、ヒーロースーツの脱着方法が分かった俺たちは『認識阻害魔法』とアリシアが得意としているらしい誘導尋問で彼らから情報を抜き出そうとした、のだが。


「……そう上手くはいかない、か」


 部屋に入り、リビングに大きく広げられた1着のヒーロースーツを見ながら俺はそう呟く。


 結論から言ってしまうと得られた情報は殆どが既に俺たちが知っていたこと、あるいは推測していた通りのものだった。


 ヒーロースーツを着用していた彼らは全員一度ヒーローに救われた経験がある。

 そして自分を救ってくれたヒーローに誘われてあの空中要塞に招かれ、そして同じようにヒーロースーツを身に纏うことになったらしい。

 そして彼らが着ているヒーロースーツだが、個人の個性や適性を考慮して『勇者様』または『司令』と呼ばれる人物がオーダーメイドで作成しているとのこと。

 その『勇者様』はいつも空中要塞の最深部に引きこもっており、滅多に姿を現すことはなく、週に一度最も功績を上げた者にのみ姿を見せるという。


 ここまでは空中要塞内に送り込んだ『水魔法』で作成した人形で入手していた情報と全く同じだ。


 そしてここからが新たに判明した情報だが、彼らヒーローたちにはノルマのようなものが課せられているらしい。

 そのノルマというのが新しいヒーローの勧誘というもの。

 夜になるとヒーロースーツに共通して装備されているホルダーに備え付けられたモニターに悪党が暴れていること、そしてその悪党の居場所が表示され、そこへ向かうように指示を受ける。

 そしてヒーロースーツの圧倒的な力で悪党を倒した後、被害者の少年少女にあの手紙を送り、実際にやって来て加入を希望すると『ヒーローポイント』と呼ばれるものが与えられ、それを使ってヒーロースーツの強化や『勇者様』に謁見できるとのこと。

 また悪党と対峙できるヒーローは1人のみとされており、ポイントを貯めようとなると如何に早く現場に駆けつけられるか、つまりどれだけヒーロースーツを強化できているかが重要になるらしい。

 つまりあいつらは戦隊を名乗っていたが、実際にはライバルの関係にあるというわけだ。


(……うぷ。また気持ち悪くなってきた……)


 ふとつい先ほどまで繰り広げられていた罵り合う彼らの姿を思い出してしまう。

 【ヒーロー】という皮を被っていた者たちのドロドロな生の感情の吐き出し合い、あれは見てて思わず吐き気を催すほど気分の悪いものだった。

 アリシアの巧みな話術がなければどうなっていたか。


(やっぱり『鑑定』は興味のない赤の他人にだけに使うのが正解だな……)


 閑話休題。


 さて、これが唯一の成果と言えるもので、同時に謎をより深めることになった情報なのだが。


「まさか誰一人としてその勇者様の顔を覚えていないとはね……」


 アリシアは大きくため息をついてソファーに座るとタブレット端末を操作し始める。


 それに俺は力なく「ああ」とだけ応えると、アリシアの許可を得てから同じくソファーに深く座り込む。


 あのピンク色のヒーロースーツ、ローズ・ピンクバロネスは確かに「一度勇者に会ったことがある」と話していたし、他のヒーロースーツの着用者の何人かも勇者に会ったことがあるという。

 しかし不思議なことに、彼らはその勇者様と会っている間のことを何一つとして覚えていなかったのだ。

 にも関わらず彼らはその勇者様と会えたことを異常なレベルで誇らしく感じており、またポイントを集めて勇者様と会いたいと発言していた。


 ここまでくると最早その『勇者様』とやらは強烈な洗脳を行ってくる異常物なのではないかと感じてくる。


 ともかくこれがあのヒーロースーツの中身に尋問して得られた情報の全てだ。


(あの空中要塞も何か動きがあるわけじゃないし、本当にどうしたものか……)


 ヒーローポイントとやらを得るための獲物である悪役がどのように選ばれるかも分からないし、活動方針が全く思いつかない。


「……そうね。これならいけるかも」


 そんなことを考えていると、タブレットを操作していたアリシアは何か思いついたように立ち上がる。

 そして彼女は俺の顔を見るとにこりと笑みを浮かべて、こう言ってきた。



「ねえ、今度わたしと一緒にデートしない?」

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