第59話 ヒーローと殴り合うことになりました 1
ヒーロースーツの集団が潜伏し、高高度を滞空しているアジトへの侵入計画。
それは至ってシンプルなもので、まずスカウトを受けた少年を模倣した人形を『水魔法』で作成し、それを手紙に記されていた約束の時間に向かわせる。
もしそこで相手に見破られてしまったら、その時はスライム化させてその場で拘束、そうならなかったらヒーロースーツのアジトをたっぷり時間をかけて散策させて情報を集め、頃合いを見て拘束してしまう。
これが俺の考えた侵入計画の大まかな概要だ。
一応他にもバックアップ案は用意していたのだが、この調子ならそれらを使う必要はないだろう。
『くっ……あな――お前たちの目的は何だ!? 少年をどうした!? 私に何をするつもりだ!?』
ピンク色のヒーロースーツ――【ローズ・ピンクバロネス】は睨み付けるように俺たちの顔を見る。
この手の説明はアリシアに任せてしまった方がいいだろう。
そう考えて俺は彼女にハンドサインを送ると、アリシアはため息をつきながら全身ピンクのヒーローの前に立つ。
「あなたたちには児童誘拐事件に関与した疑いがあるわ。下手な抵抗はせずに大人しくわたしたちの指示に従いなさい」
『……誘拐? なんのことだ? 私たちは、勇者様はそのような悪事に手を染めたことなどない!』
まあ否定するだろうな。施設内での言動を見るに少なくともこいつは勇者、もとい司令とやらのことを心の底から心酔しているようだし、自分が異常な行動をしているとは全く思っていないのだろう。
「まあとにかく、そのスーツは脱いで貰うわよ」
『や、やめっ……』
そう言ってアリシアはヒーロースーツを脱がそうと試みる。
中身が分からないし俺は見ない方がいいのかな、などと考えていると。
「――待った。何か来るぞ」
「!」
水魔法で作った人形から分離させて独立稼働させていた監視ドローン、それらが何者かがこの部屋に迫っていることを警告してきた。
「3秒後にあのセーフハウスに転移させる。事が片付いたら迎えに行くからそれまでそこで待っていてくれ」
「……わかった。あまり無茶はしないでよ」
「なるべく努力するよ」
そんなやり取りをして一旦アリシアを『空間転移魔法』で安全な場所へと待避させると、俺は来る敵に備えて戦闘体勢を取る。
―――そして。
「っと」
部屋の壁を突き破るように強力なレーザーが俺に目掛けて放たれ、穿かれた穴から外の冷たく薄い空気が一気に室内を満たしていく。
それを間一髪のところで避け、『氷結魔法』で氷のフライボードを生成してそれに乗り移ると、俺は攻撃を行ってきた相手に視線を移す。
『大丈夫、ローズ!?』
『よくも我々を騙してくれたな。だが』
『ただで逃げられるとは思うなよ? オレたちは最初から全力でいくからな!』
『ローズを傷つけたその罪、今ここで償わせましょう!』
現れたのは4人のあのヒーロースーツを着込んだ者たち。
その中には自らをドクター・ジ・ホワイトと名乗っていたあの白いヒーロースーツの姿もあった。
『懺悔の用意は出来ているか! スライム怪人!』
「いいや。そんなことをするつもりは1ミリもないね」
『ならば実力を以て分からせるのみだ!』
赤いヒーロースーツの啖呵にそう返すと、レーザー攻撃によって壁から剥がされ空中を舞っていたスライムを操作して霧へと変化させる。
『ちっ、目眩ましのつもりか! だがこんなの意味ねえんだよ!?』
それに対して緑のヒーロースーツは掌から突風を発生させて霧を一気に吹き飛ばす。
『これを囮に逃げようって魂胆だったんだろうがそうは―――』
「逃げる? 誰が?」
『!? てめっ……』
林間学校の時に作成したドローン、それをさらに小型化させたものを数十機揃え、それらを円形状に俺の周りに配置させると一斉射を命じる。
『ぐおおおお!?』
「まずは1人目」
放たれた高圧の水は緑のヒーロースーツのバックパックや腕のホルダーを破壊すると、さらに圧力を加えてあのスライム部屋に叩き落とす。
『よくもフウマを……! 【雷龍連撃】!』
今度は黄色のヒーロースーツが両腕に雷を纏わせると、閃光のようへ俺に突撃してくる。
(防御陣形)
『くっ……』
俺がそう思考すると、ドローンはその形状を変化させ、三角形の水のバリアを幾重にも展開して黄色のヒーロースーツの攻撃を完全に防ぐ。
(スライム化)
『きゃっ!? な、なによ。何なのよ、これ!?』
次いでその水のバリアをスライムに変化させて動きを封じる。
「これで2人目」
『よくも、よくも私の大事な仲間をぉおおお!』
それらを見てドクター・ジ・ホワイトは背中のジェットを思い切り噴かせながら、注射針型のビームライフルやサブアームによるメスの投擲など多方面からの攻撃を仕掛けてきた。
(一々躱すのも面倒だな。だったら)
『身体強化(中)』を発動し、フライボードを思い切り蹴って、ドクター・ジ・ホワイトに突っ込んでいく。
『なっ!?』
ドクター・ジ・ホワイトはまさかの特攻に狼狽するが、すぐに背中のジェットを噴かして回避運動を取ろうとする。
(逃がすわけないだろ)
的は小さいが、それでも決して狙えないものではない。
俺は奴が投擲したものを足場にしてさらに加速し―――。
『があっ!?』
「はい、3人目」
ドクター・ジ・ホワイトのヘルメットを掴むと、勢いそのままスライムに覆われたあの部屋に投げ飛ばす。
さてと。
「残りはあんた1人だけだけど、どうする?」
『クソ……こうなったら……』
赤いヒーロースーツはホルダーで何か操作すると、腰の鞘から子供玩具のような剣を抜き、それを構える。
「降参する気はない、と」
『ヒーローに敗北は許されない。だから全力を以て貴様を倒す!』
赤いヒーロースーツがそう叫ぶと、下から格納庫で見たあのティラノサウルスを模した巨大メカがゆっくりと上昇してくる。
そして赤いヒーロースーツは赤い光となってティラノサウルス型のメカの目に飛び込む。
『さあ、この【ゴッド・ティラノオー】の前に跪け!』
『ギャオオオオ!!!』
ティラノサウルス型メカもとい【ゴッド・ティラノオー】は背中から巨大な翼を生やすと、重厚感のある咆哮を上げる。
「っと」
俺は新たに生成したフライボードに乗り移ると、赤いヒーロースーツと一体化したらしいゴッド・ティラノオーとやらのメカメカしい目を見て呟く。
「知らなかったのか? 巨大化は負けフラグらしいぜ」




