第55話 都市伝説を知りました 2
『んだよ。オレらの邪魔すんじゃねえよ!?』
不良男子の1人は折り畳み式のナイフで全身ヒーロースーツにフルフェイスマスクの不審者に襲いかかる。
『愚か者が』
それに対してヒーロースーツの不審者は男か女か分からないくぐもった声でそう呟くと、その手のひらを彼らへと向けた。
『――清浄なる力宿せし雷の聖竜よ、悪しき者共に裁きの鉄槌を! 【雷龍撃】!』
次の瞬間、ヒーロースーツの不審者から幾重もの雷が放たれる。
『があっ!?』
『あがっ!?』
雷撃は不良少年・少女に周囲の物体を避けてピンポイントで直撃し、彼らを気絶させた。
『少々気絶する位の威力に留めておいたから安心しろ。尤も私の声は聞こえてないだろうがな』
そう言ってヒーロースーツを着た不審者は気絶している不良たちの懐からスマホを取り上げると、それをいとも容易く破壊する。
『さてと、怪我はないか?』
『あ、えっと、ちょっと足首を捻っただけで他には……』
眼鏡の少女がそう答えると、ヒーロースーツの不審者は彼女の視線に合わせるように屈むと赤くなった足首にその手をかざしてこう告げた。
『聖なる勇者様よ、私にこの少女を癒す力を御貸しください。【ヒール】』
『……うそ』
淡い光が放たれると共に眼鏡の少女の傷が目に見える形で癒えていく。
『ではさらばだ、少女よ。悪に臆することなく己が信じる善なる道を歩むがいい』
『ま、待ってください! あなたは一体――』
ヒーロースーツの何者かは眼鏡の少女の呼び掛けに立ち止まる。
『私は異世界より帰還せし聖なる勇者様に力を授けられた者の1人だ』
『勇者様に力を……。私もその力を授けて頂くことはできますか!?』
『……なぜ力を求める?』
『もうこんな目に遭いたくないから。そして誰かをこんな目に遭わせたくないからです!』
眼鏡の少女の必死の叫びが響いたのか、ヒーロースーツの不審者は何処からかメモ用紙を取り出すとそれを少女に手渡す。
『これは……?』
『そこに記された場所へ向かえばお前も勇者様の従者として力を授けられるだろう。その先のことは……、お前自身で決めるがいいさ』
そう告げるとヒーロースーツは黄色い光を帯び、彼ないし彼女は稲妻となってその場から飛び立つ。
そしてその衝撃で一連の出来事を観察していたカメラは破壊されてしまったようで、一瞬の歪みの後に映像は途切れてしまう。
「さて、単刀直入に聞かせてもらうわよ。この動画に出ているヒーロースーツの変質者の正体は貴方?」
動画が終了すると、アリシアに俺に詰め寄ると尋問するように聞いてきた。
「違うね。その日は丸一日部屋でゲームをしてたから外には一歩も出てない」
「何か証拠になるものは?」
「持ってきてないけどゲーム機にデータが残ってるからそれが証拠になると思う」
「なるほど……」
アリシアは少し考え込むと、今時珍しいガラケーで誰かに連絡する。
暫くして何かが分かったのか、彼女は通話相手に礼を言うと俺に振り向く。
「確認が取れたわ。確かにその時間帯は熱心にゲームをしていたようね」
「マジかよ。そこまで分かるのか」
「これくらいどこの国の特務機関でもすぐに分かるわよ。ともかく急に呼び出した上に、疑って悪かったわね。これで確認は終わりよ」
そう言ってアリシアは自分の作業を始めようとする。
……いやいやいや、ここまで聞かされて何も言わず、聞かずに帰るなんて出来ないだろ。
「待った待った、ちゃんと説明してくれ。この動画は何なんだ? どうして俺を疑ったんだ? それと」
「一度に色々と聞いてこないで。聞きたい事には答えるから」
「……答えてはくれるんだな」
とりあえず完全にだんまりでこのまま部屋を追い出される、というわけではないことが分かっただけ安心した。
俺はお茶を飲んで一息入れると、改めて質問を考える。
「最初の質問。あの動画は何だ?」
「数日前に動画投稿サイトにアップロードされたものよ。私の組織がすぐに発見して削除したわ」
……ネットに上げられていた?
ということはあの動画の目的は誰かに見てもらうことなのか?
「なら次の質問、あれはCGや加工とかじゃなく現実で起こったことなのか?」
「あの動画が撮影されてから30分後に全身に軽度の火傷を負った男女が緊急搬送されている。外見も一致しているし、木っ端微塵に破壊されたスマホが現場で見つかっているから本当のことと見て間違いない、とのことよ」
つまりあのヒーロースーツの不審者は本物の異能力者というわけか。
「だからお前の組織は誰の制御下にもない俺を第一容疑者として疑った、と」
「断っておくけど、わたしは最初にこの変質者は伊織修ではないと上に言ったからね」
「ちなみにその根拠は?」
「貴方って好奇心だけで動いてる人でしょ。こんな自己顕示欲に溢れた行動をするとは思えないわ」
「……なるほど、俺のことをよく分かってらっしゃるようで」
そう言いながら俺は再び動画を再生してヒーロースーツが登場して雷撃を放つ場面を見る。
「にしても意外だな。俺のゲーム機の記録を数分で抜き取れるような組織がこんなド派手な格好をしてる奴1人を見つけることが出来ないなんて」
「……1人だったらすぐに見つけられたわよ」
「というと?」
「どうやら彼らは組織的に活動しているようなの。それとこの動画に出てくる眼鏡の彼女、この事件が起きた日以降ずっと行方不明になってる」
恐らく変声機付きなのだろうフルフェイスのマスクに体型を隠すスーツ、しかも中身は常に入れ替わってるときた。
これは普通に調査していたら特定するのに手間取りそうだな。
そんなことを考えながら、俺はヒーロースーツの不審者と眼鏡の少女にスキル『鑑定』を発動する。
このスキルが画面越しにでも機能することは検証済みだ。だからすぐに正体を掴むことが出来る――と、考えていたのだけど。
――――
対象:ピーピング・キャンセラー・スコープ
効果:任意の対象の情報をあらゆる効果から保護する。
状態:良
補足:装甲服のバイザーに付与された機能の1つ。
――――
……なるほど、あのヒーロースーツはただのコスプレじゃなくて特撮ヒーロー物に出てくるような本物の【ヒーロースーツ】というわけか。
「ま、よっぽどの事がなければこいつらと接触するような状況にはならないだろうし、貴方は今まで通り夏休みを謳歌するといいわ」
「……それだけ?」
「それだけ、というと?」
「いや。こいつらの正体を探るのを手伝って欲しい、と言われるかと」
今まで話の流れで首を突っ込む事になった事がそれなりにあったからそう考えてしまったのだが……。
「私の仕事は貴方の監視と保護、このヒーロー擬きをどうにかすることじゃないわ」
「……つまり俺を呼び出したのは本当に確認するためだけ?」
「ええ、そうよ」
あまりに呆気ない理由に思わず唖然してしまう。
いや、メッセージには『会って確認したいことがある』としか書かれてなかったから、俺がただ勘ぐり過ぎていただけか。
「んじゃ、帰るわ」
「あら、折角来たんだからゆっくりしていけばいいのに」
「こんな必要最小限の物しか置いてない部屋で何するんだよ」
「……恋愛トークとか?」
「絶対5分も続かねえよ」
そう答えると俺は帰り支度を始める。
アリシアの方も単にからかっただけで本気で呼び止めたというわけではなさそうだ。
「それじゃまた来週の登校日で」
「ええ。それと変な事に首を突っ込まないでよ。後処理も大変なんだから」
「……なるべく努力するよ」
最後にそんなことを話して俺はアリシアのセーフハウス6号から出る。
ヒーロースーツの不審者は確かに気になるが、それはそれとして夏休みはひたすら惰眠とゲームに費やしたい、
実際に会うような事態にならない限り干渉は避けよう。
―――そう、考えていたのだが。
『覚悟しろ、外道共。神聖なる勇者様に代わって従者である私が貴様らに天誅を下す』
あれから僅か数時間後、俺はあの動画のヒーロースーツに似たピンクの装甲服を着た不審者と遭遇することになったのだった。




