第54話 都市伝説を知りました 1
「あー、クーラー最高、夏休み最高」
季節は8月中旬。俺はリビングのソファーに寝転んでアイスを齧りながら、天井を見上げて呑気にそんなことを呟く。
高校1年生の夏休みほど天国と呼べる期間はないだろう。
よっぽどの進学校に通っている、または有名大学への進学を考えている人でもなければ受験を考える時期ではないから、この1ヶ月半をどう過ごすかは完全に当人の自由だ。
そんな無気力で堕落しきっている俺を呆れた目で睨む者が1人。
「そんなに暇なら可愛い妹のために宿題手伝ってよ」
電気代の節約のため、ということで今日は稽古がないらしい妹の佳那は同じリビングで夏休みの宿題に取りかかっている。
「誰かにやらせたら宿題の意味がなくなるだろ? 自分で頑張って解きなさい」
「……クソ兄貴」
そんな愛しい妹からの罵倒を聞き流しながら、俺はSNSを開いては何か面白い話題はないものかと探ろうとした、その時。
「……ん?」
スマホが振動し通知が入る。
見るとチャットアプリでメッセージが送られてきたようだ。
そしてその差出人は……。
(アリシア?)
意外な相手からの連絡に驚きつつ、アプリを開くと、そこには「直接会って確認したいことがある」という簡潔なメッセージだけが記されていた。
滅多に連絡を送ってこない彼女がこうしてメッセージを送ってくるということは、また厄介なことが起こっているのだろうと予想できる。
だが……。
(どうせやることもないし、暇潰しに行ってみるか)
スキルを駆使して宿題を夏休み前に終わらせてしまい、久遠からの謝礼金があるからとバイトもやっていない今の俺には腐るほどの時間がある。
この暑さの中で出歩く事に関しても『風魔法』と『氷結魔法』を使えば一応は問題じゃない。
なら冷やかしがてらに行ってみるのも悪くないだろう。
それに政府特務機関のエージェント様がどんな所に住んでるのか気になるしな。
そう考えて俺は「分かった。会おう」と返信すると、すぐに「会合場所」というメッセージ付きで地図が送られてくる。
「佳那ー。俺ちょっと出かけてくるから留守番よろしく」
「ならついでにコンビニでアイス買ってきて。赤い蓋のやつでいいから」
「一番たけーやつじゃねえか。食いたきゃ自分で買え」
数ヵ月前のあの事件以降、若干関係が改善した妹とそんなことを言い合いながら、俺は家を出た。
◇◇◇
「……また回りくどいことをさせやがって」
家を出てから大体1時間後、俺は本当に何処にでもありそうな一般的なマンションの一室を前にして愚痴を吐く。
チャットアプリで指定された場所、この町でも特に高い部類の高級マンションの部屋にあったのは「本当の会合場所」が書かれた1枚の紙切れだけだった。
そして次に向かわされたのは郊外の倉庫で、そこにはまた「本当の会合場所」が書かれた紙切れ。
秘密組織に所属するエージェント故の機密管理なのか、それとも特に意味のない嫌がらせなのかは分からないが、その時点で頭にきた俺は『追跡・探知魔法』で強引にアリシアの位置を特定し、『転移魔法』で直接彼女の元へ移動した、というわけだ。
(……文句は呼び出した本人にぶつけるとするか)
そんなことを考えながらチャイムを押すと、扉の向こう側からドタドタと足音が聞こえてくる。
「いらっしゃい。意外と早かったわね」
「とりあえず部屋に入れてくれ。こんな真夏日にこれ以上外にいたくない」
いくら『風魔法』と『氷結魔法』で冷房をガンガンに効かせた部屋と同じ状態に出来るといっても、陽炎や蝉の鳴き声、そして汗をかきながら出歩いている人を見ているとどうしても蒸し暑さのようなものを感じてしまうのだ。
「はいはい。それじゃ中にどうぞ」
アリシアはそんな俺の様子を見てクスッと笑うと、室内に案内する。
通された部屋は衣服を収納するための小さなタンスと冷蔵庫と電子レンジ、小さなガラスのテーブルにベッドを兼ね備えているのであろうソファーとノートPC、それに備え付けのエアコンと生活するために必要最小限度の物しかなく、一瞬モデルルームなのではないかと思うほど人が住んでいる感じがしなかった。
「何飲みたい? 麦茶かコーヒーしかないけど」
「なら麦茶で。……ところで本当にこんな所に住んでるのか」
「ここはセーフハウス6号だからね。捨てても問題ない物しか置いてないよ」
ほお、セーフハウスとはこれまた秘密組織のエージェントらしいワードが出てきたな。
まあそのエージェント様は予め冷蔵庫で冷やされたペットボトルの麦茶をガラスのコップに注ぐという一般的な日本人らしい事をしているのだが。
それはさておき、俺はアリシアに許可を取ってソファーに深く座る。
「はいどうぞ」
「どうも。それで確認したいことって?」
「……まずはこれを見て」
アリシアは麦茶が注がれたガラスのコップを差し出して何の躊躇もなく俺の隣に座ると、抱えていたタブレットの動画アプリを開いてその画面を見せてくる。
そこに映し出されていたものは真夜中の何処かの駐車場の監視カメラが撮ったのであろう動画だった。
「先に言っておくけどそれが撮影されたのは2週間前の23時18分とのことよ」
「……2週間前、ね」
時間帯が時間帯だからか、駐車場は近くの自販機や街灯から漏れ出る明かり以外に殆ど光がなく真っ暗だ。
そんな場所へやって来たのは恐らく中学生や高校生の集まりなのだろう髪を染めた男子4人と女子3人。
一見すると不良の集まりに思えるが、女子の1人――眼鏡をかけた如何にも気弱そうな黒髪の女の子は映像越しでも分かるほど怯えていた。
『で、ちゃんと金は持ってきたんだな?』
『……は、はい。これでもうメールとかチャットとかを送ってきたりしないんですよね……?』
『ああ、オレたちが満足できるだけの額の金を持ってきたら、な』
そう言って髪を明るく染めてピアスをつけた少年は眼鏡の少女から封筒を受け取ると、その中身を確認する。
『おいおい、5万ぽっちしかねえぞ。こいつはどういうことだ?』
『ご、ごめんなさい……。頑張ったんですけどそれだけしか集められなくて……』
『ちっ、ならその差分はその体で払って貰わないとなあ?』
『なら早く済まして。あんまり夜更かししたくないのよ』
『分かってる。ちょっと遊んで写真と動画を取るだけだ』
そう言うと少年は眼鏡の少女の服を掴む。
『いや、いや……! ごめんなさい、許してください……!』
しかし夜の駐車場には彼ら以外の人影はなく、少女の悲鳴は誰にも届くことはない。
――そのはずだった。
『うわっ!?』
『な、何よこれ!?』
突如発生した衝撃と煙により監視カメラの画像が一瞬乱れる。
そして煙が晴れたその場所に立っていたのは――。
『覚悟しろ、外道共。神聖なる勇者様に代わって従者である私が貴様らに天誅を下す』
少女を庇うようにして立つ黄色のヒーロースーツを着た不審者の姿だった。




