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第53話 肝だめしが始まりました 9

 元のコースに戻り、落ち着きを取り戻した俺は改めて抱え持つ刀を『鑑定』する。


――――


対象:霊刀『無銘』

状態:良

補足:かつて妖刀として封じられていた名刀。

 長年に渡って染み付いた想い、そして宿った侍の魂が浄化された結果、姿無き物を断ち切ることが出来る霊刀へと進化した。


――――


 しかしまあ、あのボロボロに錆び付いた妖刀がこんなにも美しい刀になるとは。

 取り憑いていた侍の怨念がそれほどまでに凄まじかったのか、もしくは成仏したことによる反作用の影響なのか。

 そんなことを考えながら刀を手に取り、その感触と刀身を確認すると、その作り込みに改めて感嘆する。


「! それって」

「成仏させてくれた駄賃だとさ。一応妖刀じゃなくなったみたいだから、前のように周囲に害をもたらすことはないと思う」

「……伊織君はそれをどうするつもりなんですか?」

「出来ればこのまま持っておきたいんだけど、ダメかな……?」

 

 とりあえず保管場所については『アイテムボックス』があるから何か大騒ぎに発展することは多分ないだろう。

 これを狙って襲いにくるような相手がいたとしても、これまで通り撃退して「何もなかった」にすればいいだけだ。

 それに刀なんて早々手に入れられる物じゃないし、何よりこんなにもカッコいい物なのだから手元に置いてじっくり眺めていたい。


 問題は久遠たち異能の人間がそんな俺のワガママを聞いてくれるか、ということだったのだが……。


「わかりました。それは伊織君がそのまま持っていて構いませんよ」

「え、いいの?」


 想像よりあっさりとした返答に思わず拍子抜けしてしまう。


「元の持ち主は伊織君にその刀を託した。そして伊織君がそれを持っていたいというのであれば私にそれをどうこうする権利はありませんよ」

「じゃあ本当に貰っても大丈夫なんだな?」

「はい。ただ諸々のトラブルを回避するために扱いとしては私が一時管理している、ということになってしまいますが、そこはご容赦ください」


 俺は「わかった」とだけ返すと、『アイテムボックス』を出現させようとする。

 と、ちょうどそのタイミングで久遠のスマホに着信が入った。

 久遠は「すみません」と軽く頭を下げると、スマホを取り出して通話を始める。


 時間がかかるかもしれないし、今のうちにこの刀を『アイテムボックス』に収納するとしよう。

 そう思っていつものようにスキルを発動させようとした、その時。


(……あれ?)


 アイテムボックスが出現するのとほぼ同時に、軽い疲労感と眠気を感じる。

 初めは気のせいかと軽く捉えていたが、刀を収納してアイテムボックスを解除しようとした頃にはさらに目眩と頭痛を感じるようになっていた。


 もしかしてと俺は『ステータス』を開くと、表示された数字を見て自分を苦しめているものの正体を理解する。


 『認識阻害』に『水魔法』による大量の動物生成とドローンへの変換、久遠への『身体強化』の『スキル貸与』、侍と『感覚共有』する際の『ディスペル』に『マジックカウンター』、そしてとどめの『アイテムボックス』。

 これだけのスキルを使っていれば当然消費されるMPも莫大な物になる。

 そしてMPが枯渇寸前になれば何が起こるか。


「伊織君、本家の方からあの3人を無事に拘束できたと連絡が――」

「……ごめん。ちょっと倒れる」

「伊織君!?」


 我ながらバカなことをしたなあ、と能天気なことを考えながら俺は意識を手放した。








「疲れが溜まってたんでしょう。とりあえずここで休んでいなさい。それと何かあったら私を呼ぶように」

「はい」


 そう言って養護教諭が予備の寝室から出ていくのを見送ると、俺は部屋の外から聞こえてくるキャンプファイヤーの準備をする生徒の声を聞きながら、ぼんやりと天井を見上げる。


(……今回はわりとすぐに目を覚ましたな)


 あの後、倒れた俺は久遠が呼んだ先生やガイドの人によって宿泊施設にいる養護教諭の元に運ばれた。

 それから少しして意識を取り戻し、検診を受け、疲労と熱中症で倒れたと結論付けられた俺はこうして1人布団に横になる、ということになったのだ。


 にしても今回は早く目を覚ませたな。

 牛鬼の時はたしか半日以上寝込んでいたはずなのだが。


(レベルが上がったから耐性がついたのか、それともレベルやステータスがあるこの体に慣れたからなのか?)


 そんな考察をしていると部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。

 ……あの養護教諭が何か忘れ物でもしたのかな。

 そう考えて「どうぞ」と気だるげに答え、探っている様子も見ないようにと布団を深く被ろうとしていると……。


「失礼します。伊織君、調子はどうですか?」


 部屋に入ってきたのは、今さっき自販機で買ってきたのだろう冷えたスポーツドリンクを持った久遠だった。


「久遠? キャンプファイヤーに行かなくていいのか?」

「あんな倒れ方をされて呑気に参加なんてできませんよ。……それにあなたが倒れることに原因は私にあるんですから」

「いやいや、あれは俺の完全のミスで」

「とにかく! 私のことは気にせず大人しく看病されてください! 先生の許可は貰っていますので!」

「お、おう……」


 そう言って久遠はスポーツドリンクを渡すと、布団から起き上がっていた俺に横になるように促す。

 そして久遠の圧に負けた俺は大人しく彼女の指示に従うことにした。


「……それとお聞きしたいことがあるんです」

「聞きたいこと?」

「どうして彼らを成仏させようと思ったのですか?」


 そして彼女は疲労を回復させる効果があるという術式を展開すると、真剣な様子で俺にそう尋ねてくる。


「理由は3つ、まず1つ目は今回は目撃したのが廉太郎だけで済んだけど、もしあのまま妖刀だけ封印して骸骨を放置してたら大騒ぎになっていたかもしれないということ」

「2つ目の理由は?」

「諸々の問題を解決する方法があの妖刀を骸骨の所に持って行くっていう簡単なことだったから、かな」

「……それで最後の理由は?」

「……後で後悔したくなかったから。円満に解決できる方法があるのにそれをせず、家に帰って罪悪感に苦しみたくなかった。つまり全部俺のエゴだよ」


 最後の理由を聞いて久遠は一瞬唖然とした表情を浮かべると、一転して何かを納得したようにクスッと笑う。


「伊織君は困っている方を放って置けない【お人好し】ですからね」

「……何でもかんでも首を突っ込みたがるエゴイスト、の間違いじゃないか?」

「そんなことありませんよ。少なくとも私にとって貴方は――」


 その久遠の言葉を遮るかのように部屋の外から生徒の歓声が上がる。

 窓の外を見ると、どうやらこの林間学校の最大の目玉である巨大キャンプファイヤーの火が上がったようだ。

 自然と俺の意識もそちらの方へ向けられる。


「どうかしたんですか?」

「いや、送り火みたいだなって。お盆にはまだ早いけど」

「送り火、ですか。どうしてそう思ったのか、お聞きしても?」

「本当に大した理由なんてないよ。あの侍さんたちのことがあったから、ついそう思ったんだ」


 俺の言葉に何かを感じたのか、彼女もまた同じように窓の外の光景を眺める。


「あの人たち、無事に成仏できたでしょうか」

「だったらいいなあ……」


 そんな取り留めのない雑談をしながら、俺たちは外の喧騒とは対照的に穏やかな時間が流れていく。


 斯くして林間学校最後の夜は平穏に過ぎていくのだった。



 ――翌日、帰りのバスで廉太郎が久遠と一緒にキャンプファイヤーを見ることが出来なかったことを嘆いていたのはまた別の話だ。





◇◇◇


「おい、聞いたか? 京里様が未確認だった妖刀を鎮めたらしいぞ!」

「当主候補としてあの地の管理者に任されてからたったの半年でこれだけの功績を上げるとは……」

「だが実際に鎮めたのは例の協力者だと聞くぞ?」

「何にせよそれほどの実力者を手中に収めているのであれば次の当主は――」


 久遠家本邸の渡り廊下。日本における異能の総本山と呼べるこの屋敷では、2ヶ月後に行われる【儀式】に向けて集まっていた老人たちが次期当主候補者の1人である久遠京里を称賛していた。


「――皆々様。京里様を称賛されるのはよろしいですが、時と場所は考えていただかないと」

「い、茨殿に玄治様……! これはまた失礼なことを……」


 そんな噂話をしている最中に現れた若い男女の姿に老人たちの表情は一変する。

 彼らは玄治の顔を見ると、まるで蜘蛛の子を散らすようにその場から退散する。


「ちっ、保身しか頭にないクズ共め」

「……どうか落ち着いてください。玄治様」

「これが落ち着けるか!? 爺共はどいつもこいつも俺が次期当主候補筆頭だということを忘れて京里京里と……!」


 玄治は心の底から苛立った様子でそう叫ぶ。

 簡潔に言えば今の状況は玄治にとって非常に面白くないものだった。

 あの厄介極まりない土地の管理者代行に押し付け、名誉の戦死を遂げるように仕掛けたのに京里は絶大な戦果を挙げて、そして今度は未発見の妖刀を鎮めるという想定外な戦果を挙げたのだ。


「ご安心ください、玄治様。既に手は打っております。玄治様は何も心配されることなく儀式をお過ごしになればよろしいのです……」

「ぁあ、ああ。お前の言う通りだな……茨……」


 茨は玄治の固く握り締められていた拳を優しくほどくと、優しげな笑みを浮かべながらいつものように香の匂いを嗅がせる。

 そしておぼつかない足取りとなった玄治を支えると、彼を私室へと連れていく。


「もうすぐだな……。もうすぐ俺の望みが叶うのだな……」

「ええ、そうです。ですから今はゆっくりとお休みください」


 茨はいつものように玄治を自分の膝の上で寝かせると、誰にも聞き取れないほど小さな声量でこう呟いた。


私たち(・・・)の望みが叶うまで、あともう少しなのですから」

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