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第49話 肝だめしが始まりました 5



 なんだ? 今、一体何が起きたんだ?


 目の前で起きたその異常な光景にオレ、久居威彦の思考回路は一瞬の内に困惑と混乱、そして恐怖に支配されてしまった。


 久居家に伝わる結界術の堅牢さは要塞と謳われる程だ。

 しかし動物もどきがいた場所から現れたそれ――クワガタ虫と円盤を混ぜ合わせた異形の怪物は、その口から放った光線でオレが展開した防御結界の壁を一撃で撃ち抜いてみせた。


「お、おい! 本当に大丈夫なんだよな!?」

「うるさい! 黙ってろ!」


 その光景に岡島は怯えた様子でオレの腕を掴んで叫んだ。

 それを乱暴に振り払うと、オレは結界の修復に意識を戻そうとする。


 だが。


『キィィィン……』


 異形の怪物は結界に取りつくと、その身体を回転させながら穴を広げようとし始めた。


「クソ!」


 オレは負けじとさらに霊力を結界に注ぎ込むことで怪物を真っ二つにしようと試みる。


『ギ……ギ……』


 やがて怪物の身体の回転は弱まっていく。


 もう一息で奴を仕留められる。

 勝利を確信したオレが怪物へと意識を集中させた――その瞬間。


「なっ……」


 あの光線が円盤の怪物ごと再び結界を貫いたのだ。

 そしてオレはそこでようやく気づいてしまう。

 あの怪物が1体だけではないということに。


「ひぃっ!?」


 10、20、いやもっといる。少なくとも100体はいるんじゃなかろうか。


 それほどの数の怪物が、その口を結界へと向けていた。


『―――』


 次の瞬間、怪物たちは一斉にあの光線を結界に目掛けて放つ。

 オレが全てを擲って極めた結界術により展開された防御結界は、貫かれ、ズタズタに引き裂かれてしまう。


 やがて結界はパリィンとガラスが砕けるような音を立てて粉々に砕けてしまった。



「あ……あ、ああ……!」


 早く逃げなくては。あれは自分では絶対に敵わない存在だ。


 頭はそう叫んでいるのに、オレの身体は恐怖と混乱で完全に硬直してしまってピクリとも動いてくれない。


『―――』


 無防備に棒立ちしていると結界を突き破ってきた円盤の怪物たちが奇怪な音を立てながらオレを取り囲み、その口を一斉にこちらへと向ける。


「…………あ、ああ?」


 危機迫った状況にオレは死を想起してしまい、思わず目を閉じてしまったのだが、一向に痛みを感じない。

 恐る恐る目を開いてみると、オレの身体はどこも欠損していなかった。

 どうやらあの光線で貫かれるという事態は避けられたようだ。

 しかしそれはオレの身の安全が確保されたという事を意味していない。

 何故なら。


「……何なんだ、これは」


 オレと岡島の首から下を覆っているもの、スライムのように粘着性のあるそれはオレたちから一切の身体の自由を奪っていた。

 こんな状態で敵に襲われれば何の抵抗も出来ず殺されるのは目に見えている。

 仮に襲われなくてもこのまま放置されれば遠からず餓死してしまうだろう。


 これはもう本当にどうしようもない。完全に詰んでしまった。


 そんな情けないことを考えていると、奥の茂みからガサガサと音が聞こえてくる。

 ついにオレたちをここまで追い詰めた張本人と相対することになるのか。

 そのことにオレは恐怖と、これだけのことを成し遂げた術者とは一体どんな者なのだろうかという好奇心を僅かに抱きながらその時を待つ。


 ――そして。


(あれが、術者なのか?)


 現れたのは高校生と思わしき男女2人組だった。

 少女の方は一般的な退魔士と比べると強力な霊力を秘めている。

 最初はあの少女が怪物たちを生み出し、結界を破壊した術者なのかと思った。

 しかしその考えは隣の少年に視線を向けた瞬間、即座に否定されることになる。


「……!?」


 その少年には顔が無かった。より正確に言うと顔を捉えることが出来なかったのだ。

 少年はマスクか何かで自分の顔を隠していたりしない。だから見ようと思えばいくらでも見れるはずなのだ。


 しかしオレの本能がこう告げていた。

 あれの顔を見てはいけない。そんなことをすればオレはこの世で最も恐ろしいものを見ることになるだろう、と。

 

 そうしてその少年に恐怖していると、もう1人の少女がいつの間にかオレの前に立っていた。

 どこか見覚えのある顔の彼女はオレを何か思う所があるような様子で見下ろす。


「……降伏して私たちの指示に従ってください。そうすればこれ以上危害を加えないと約束します」


 そこでオレはようやく目の前の少女が久遠のご令嬢だということを思い出すのだった。


 


◇◇◇



(……さてと)


 久遠がこの結界を作成した張本人と対峙している横で俺は『水魔法』で生成した思考制御無線ドローンの点検を行っていた。


 このドローンはとあるSFアニメを見た時に思い付いたものだ。

 その砲口からはレーザーなど破壊力のあるものを発射できる他、彼らを拘束しているスライムや睡眠作用のある霧を発射でき、側面に取り付けられたクワガタ虫の鋏を模したブレードはウォーターカッターのような切断力を持たせてある。

 


(よし、とりあえず不調は起きてなさそうだな)


 スキル『鑑定』でチェックを終えると、俺は久居という男に向かい合っている久遠へと視線を移した。


(にしてもまさか顔を隠さず直接会いたいと言うとはねぇ……)


 久遠曰く、「追放されたとはいえ異能の世界に身を置いていたのなら自分を知っているはず。それを利用して久遠本家が関与しているとブラフをかけられる」とのことだが。


(……まあ『認識阻害魔法』で俺に恐怖を感じるようにしてあるし、ドローンも大量に揃えてあるから大丈夫か。それにいざとなれば―――)


「では結界を解除した後、あなた方は然るべき機関に連行します。よろしいですね?」

「………ああ、わかったよ」


 と、どうやら話し合いは終わったらしい。

 ここから先は俺の番だ。


 俺は久遠が頷くのを確認すると、久居へと近づき結界を解除するために『ディスペル』を発動しようとする。


 その時。


「ま、まだだああっ!!!」

「っ!?」


 スライムで拘束していたカイという名の男は血走った目でそう叫ぶと、予め口の中に含んでいたのであろう何かを飲み込んだ。

 

「い、いてえ! いてえよ!」


 それと同時に同じくスライムで拘束されていて本来指一本動かせないはずの岡島の手が、その懐に大事に抱き抱えられていた錆びついた刀へと伸ばされる。


 俺は咄嗟に『ディスペル』を発動しようとしたが時すでに遅く――。


「しまっ……」


 迂闊にも、刀に貼られていた最後の札を剥がされてしまった。

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