第45話 肝だめしが始まりました 1
「やっと戻ってこれたぁ……」
「い、意外と怖かったわね……」
林間学校3日目の夕方。
肝だめしのチェックポイントを全て周って来た女子生徒のペアが冷や汗をかきながらスタート地点に戻ってくる。
彼女たちは持たされていたスタンプカードに最後のスタンプを押すと、安堵の表情を浮かべながらクリア組の列へと向かっていく。
ある意味この林間学校で一番の目玉イベント、それがこの肝だめしだ。
生徒は2人1組でチェックポイントを周りスタンプを集めながらスタート地点でありゴールでもあるここを目指すことになっている。
各チェックポイントの手前には肝だめし係が用意した様々な仕掛けが設置されているらしく、クリア組の感想を聞いた感じだと中々のクオリティらしい。
「次はおれらか」
「頼むから僕の足を引っ張らないでくれよ」
「お前こそビビっておれにしがみつくんじゃねーぞ」
順番が回ってきた廉太郎と小林がスタンプカードを手に取りコースに入っていく。
あと1組が戻ってきたら次は俺たちの番か。
今のところ大した問題は起きていないようだし、気楽に楽しもうかねえ。
「――伊織君」
「うおっ、く、久遠? どうかしたか?」
そんなことを考えていると、隣に座っていた久遠が俺に話しかけてくる。
「……すみません。今回の肝だめしで寄りたい場所があるんです。それでその……、手伝ってもらえないでしょうか?」
寄りたい場所というのは十中八九あの石碑だろう。
しかし肝だめしのコースには遭難防止のために先生やガイドが所々に立っているので、バレずに抜け出すのはかなり難しい。
そして石碑は微妙にコースから外れた場所にある。
となると俺が手助けしないといけないのだろう。
「……わかった。なら抜け出すタイミングがきたら教えてくれ」
「お願いします」
そう話していると、ついに俺たちの番が回ってくる。
「こちらスタンプカードと懐中電灯です。何かあれば近くに先生やガイドの方がいらっしゃるので声をかけてください」
受付に向かいスタンプカード(裏に今回の肝だめしコースの地図が書かれている)と懐中電灯を受けとると、俺たちは薄暗い森の中へと入っていく。
「そういえば肝だめし係は仕掛けがどこにどんなものが配置されてるか知ってるんだよな。なら肝だめしにならないんじゃないか?」
「いえ、肝だめし係はクラスごとに1つの仕掛けしか担当していないので、他のクラスの仕掛けについては何も知らされてないんです」
なるほど、それなら係の生徒も肝だめしを楽しむことが出来るということか。
妖刀伝説の話を聞かされていなければ、よく考えられているんだなと素直に感心できただろう。
「でも場所は知ってるんだよな? だったら抜け出せそうな場所は分からないか?」
「出来そうな場所はいくつか見つけたのですが、ただやはり先生方の監視を完全に出し抜くのは私だけでは厳しそうで……」
そう言って久遠はスタンプカードの裏の地図に持っていたボールペンで丸印をつける。
「赤い丸印が先生やガイド、黒い丸印が抜け出せそうな場所です」
「……確かに出し抜くのは厳しそうだな」
山や森の中では何が起こるか分からない。
それを考えて何か起きた時にすぐに生徒の元へ駆けつけられるようにと考えられた布陣なのだろう。
これを何の小細工もなしに出し抜くのは確かに難しい、というより不可能に近い。
だがそれは普通の人間だったらの話だ。
「よし、ならこの3番目のポイントから石碑に向かおう。直線距離だと一番短いし」
「わかりました。それでどう向かいますか?」
「ま、いつも通りに誤魔化させてもらうよ」
俺は久遠の問いかけにそう答えると、彼女の手を引っ張りながらスキル『認識阻害魔法』を発動させた。
◇◇◇
「どうかしましたか、円山先生」
「ああいえ、何かが近くを通りすぎたような気がしたんですが、自分の気のせいだったようです」
そんな話をしている先生を尻目に、俺たちは森の奥へと進んでいく。
暫く歩き、ついに目的の慰霊碑の前に到着した。
「……大丈夫か?」
「は、はい! 私は大丈夫です!」
固まったままな久遠に思わず不安になり声をかけると、彼女は何故か少しテンパった様子で返事をする。
……本当に大丈夫なのだろうか?
「そ、それにしても伊織君の能力はいつ見ても凄いですね……!」
「褒めても何も出ないぞ、と」
そうこうしている間に俺たちは目的の慰霊碑があった場所にたどり着く……はずだったのだ。
「あの、本当にここですか?」
「そのはずなんだけど……」
着いた場所には石碑はなく、代わりに粉砕された土台のようなものと何かを掘り起したような穴があるだけだった。
(『鑑定』)
―――
対象:慰霊碑
状態:シャベルやハンマーなどによって完全に破壊されている。
補足:450年前にこの地で死亡した侍と姫君の鎮魂のために農民によって建てられた。
―――
『鑑定』の結果は間違いなくここがあの慰霊碑があった場所だと表している。
ならこの穴は一体何なんだ……?
「……この穴の底に妖気の残滓があります」
「妖気の残滓?」
「はい。この穴には強い妖気を放つ何かが埋められていたようです」
予想外の事態に困惑していた、まさにその時。
「「うわあああああああ!?」」
突如、森の奥から悲鳴から聞こえてくる。
「今の声って朝間君と小林君……?」
「恐らくな。また大変なことが起こりそうなことで」
俺たちは顔を見合わせると、『認識阻害魔法』を掛け直して声が聞こえた方向へと急いだ。




