第42話 林間学校が始まりました 3
話は俺がまだ中学生だった頃に遡る。
俺はこれまで自分の『水魔法』スキルをただ魔力、もといMPを代償に水を発生させ、それを多少自由に操作できるだけのものだと考えていた。
しかし一言に『水』と言っても触れただけで火傷するような熱湯、あるいは寒冷障害を引き起こすほどに冷水、塩水、淡水、その水の色、さらには硬水に軟水とその種類は様々だ。
それまで俺は水=真水と無意識に考えて『水魔法』を発動させていたわけだが、それ以外の水を意図的に発生させることはできるのではないか。
そう考えた俺は連日連夜、風呂場で『水魔法』の実験を行った。
そうして1ヶ月が経った頃、俺はついに熱湯や冷水といった様々な種類の水を生成することに成功したのだ。
その結果に最初は俺も大喜びしたわけだが、時間が経ち思考が冷静になっていくうちにこんなことを考えるようになった。
はたしてこれに利用価値はあるのか、と。
まず初めに真水以外の水を生成しようとなると、通常よりも多くのMPが必要になる。
さらには『水魔法』を発動する際に「その水がどんな水か」を考える必要があるから、何も考えずに発動するのと比べると余計な手間が掛かってしまう。
そして何より使い道が限られている。
熱湯に関してはキャンプとか災害時などで役に立つかもしれないが、他は正直どう使えばいいか分からないものばかり。
興味半分で始めたこととは言え、利用価値が少な過ぎることに落胆を感じながら俺はそれを期に『水魔法』の実験を止めた。
斯くして俺は『水魔法』の応用発展への意欲を失っていたのだが……。
◇◇◇
念のためにと部屋の中央にブルーシートを引くと、俺は『水魔法』で灰色の水球を発生させる。
そして俺はその水球に強くイメージしながらMPを送り込み、その形を猫の姿へと変化させていく。
「ふぅ……」
とりあえずこれで基礎となるものは完成した。
後はこれの水温を上げ、表面に小さな波を発生させることで猫の毛皮に限りなく近い触り心地を再現してと。
「……よし」
俺は出来上がった猫に似せた水球へと手を伸ばす。
ほんのりと温かさを感じさせるそれは、直接触れられたにも関わらず崩壊することなく腕の中に収まる。
『にゃー』
『水魔法』で生成した猫は内部の水の流れを応用することで猫のような鳴き声を上げると、俺の顔に向かって前足を伸ばす。
「……ふぅ、ようやく5分以内に生成できるようになったか」
その完成度と生成に掛かった時間に満足すると、俺は『水魔法』の発動を解除する。
すると猫はまるで最初から存在しなかったかのように腕の中から消えた。
流体の水で固形物を生成する。
そのアイデアの元となったのは先の戦いで九尾の尾が変化していた一つ目のマネキンのような怪物だ。
久遠曰く、あれは霊力によって生成した鎧のようなものらしい。
最初にそれを説明された時は「そんなこともできるのか」としか思わなかったが、それから暫くして俺はあることを思い出した。
霊力とは人の体内を絶えず流動している赤血球のようなものである。
かつて久遠が話した言葉を信じるならあの九尾の尾は流体の『霊力』で固体の『鎧』を生成していたということになる。
だったら俺の『水魔法』でも同じようなことが出来るのではないか?
『氷結魔法』なら比較的簡単に物を生成することが可能だが、あちらは氷のため拡張性が低い。
対して『水魔法』は色々と応用が利くので幅広いものが作れるだろう。
そう考えた俺は早速風呂場にてそれを試み、そして見事触れても崩れることのない見た目も手触りもほぼガラス珠な水球を生成することに成功したのだ。
そしてレベルとステータスが上がった今の俺なら消費されるMPも特別気にするような量ではない。
というわけで俺はそれ以来さらに複雑なものを『水魔法』で生成できないか実験を重ね、ついには殆ど動物と変わりないものまでも生成できるようになった。
『水魔法』で生成された物品、特に動物を模造した物は色々と役に立っている。
「『ステータス』」
―――
伊織修 Lv115 人間
称号【名を冠する者を撃破せし者】
HP33000/33000
MP800/900
SP680
STR140
VIT145
DEX140
AGI160
INT150
エクストラスキル スキル貸与
スキル 鑑定 万能翻訳 空間転移魔法 認識阻害魔法 アイテムボックス 氷結魔法 治癒魔法 風魔法 水魔法 追跡・探知魔法
身体強化 身体強化(中) ディスペル マジックカウンター 感覚共有
―――
新たに習得したスキル、『感覚共有』。
これは対象にしたものと視覚や聴覚を共有できるというものなのだが、これを『水魔法』で生成した動物に対して発動することでより安全に、そして詳細に調査や追跡などを行えるようになった。
そして一度『水魔法』で生成したものは発動を解除するまで消えることがない。
今の所は佳那の護衛に使っているくらいだが、林間学校の時は件の妖刀伝説とやらの調査に大きく役立ってもらおう。
そのためにも今は必要な時間をより短く、そしてより精度の高いものを生成できるようにしておかないとな。
そう考えると、俺は再び『水魔法』のさらなる応用発展の研究と練習を再開する。
そうして1週間後、ついに林間学校当日がやってきた。