幕間 異世界に召喚された者たち 3
「総員、訓練場に集合せよ」
休息日の早朝、教育係の騎士に叩き起こされ、そのように命令された生徒たちは目をこすりながら訓練場に整列していた。
整列では成績優秀な者が前列に、反対に成績が優秀でなく素行不良と判断された者が後列に並ばされる。
より単純に言えば、天城に好かれている者は彼の周りに、そうでない者は後列に回されているといった具合だ。
「……なあ、何で集められたか知ってるか?」
「……知らね。誰かが何か物を壊したんじゃねえの?」
生徒たちが小声で様々な憶測をしていると、突然騎士がラッパを取り出して吹き始める。
それと同時にこれまで開かれることのなかった訓練場最上部に設けられた観覧席の豪華な扉が石畳の床と擦れ合う音を立てながら開かれた。
「総員、国王陛下に敬礼!」
召喚された最初の1週間でトラウマになるほど叩き込まれたその命令に、生徒たちはほぼ反射的に従う。
そしてそれに遅れて生徒たちは騎士が「国王陛下」と言ったことに気付いてざわつき始める。
「ああ、よいよい。皆、楽にしてくれたまえ」
扉の奥から現れたのはプリシラを引き連れ杖をつきながら歩く小太りの老人だ。
彼の名前はサルース・エル・センティエル8世。人類最後の国家、センティエル王国の国王であり、同時に人類軍の最高司令官でもある人類側にとって最大の要人だ。
サルース8世はどっしりと一際豪華な観覧席に座ると、手でプリシラに前に出るよう指示する。
「勇者の皆さん。長きに渡る訓練、本当にご苦労様でした」
プリシラは生徒全員を見るようにそう言うと深々と頭を下げた。
そして彼女は、最前列に立つ【勇者】天城聖也の顔を一瞥して笑みを浮かべると、一転して引き締まった表情で顔を上げて話を続ける。
「地下迷宮での魔物討伐、騎士団員を相手にした集団戦闘訓練。これら全てを成した皆様は間違いなく人類を守る最高の騎士へと至ったと言えるでしょう」
(……ああ、そういうこと。ついに始まるってことね)
プリシラのその言葉の真意をいち早く察したのか、嘉山凛は笑みを浮かべて続きの言葉を待つ。
「―――本日を以て全訓練を終了。皆様には現在魔王軍の攻撃を受けているトルートの町へと出発していただきます」
一瞬の静寂の後、天城は光輝く黄金の聖剣を鞘から抜くと、それをサルース8世とプリシラに向けて掲げた。
「了解しました、プリシラ殿下。勇者一同、これより人類を救うためトルートの町へ進軍いたします!」
「「「うおおおおおーっ!」」」
天城の言葉に、同じく前列に並ぶ彼に心酔する者たちは大きな歓声を上げる。
一方、後列に並ばされていた天城に歯向かった者、あるいは早々に戦力外通告をされた者たちは忌々しげにその光景を眺めていた。
「……前列組だけ知らされてたってことかよ」
「……多分な。くそっ、腹が立つ」
「……おい、あんまり大きい声出すなよ。前の連中に聞かされたらどうなるか――」
そんな彼らを余所に、サルース8世はプリシラの助けを借りて立ち上がると、気味の悪い笑みを浮かべて召喚された生徒たちを一瞥する。
「では改めてよろしく頼みましたぞ。勇者殿」
「――はっ、万事この僕にお任せください」
そして最後に天城にそう話しかけると、老王は扉の奥へと消えていった。
後列の生徒が彼らが交わした言葉の意味が分からずざわつく中、天城はいつもの笑みを浮かべてこう言う。
「では皆、出発しようか」
◇◇◇
「うぉえ……」
生徒の1人が蹲り木陰で胃の中の物を吐き出す。
トルートの町へも近づくにつれ、街道跡は地獄絵図の様相を呈していた。
恐らく魔王軍から逃げる際に積める限りの荷物を詰め込んだのであろう馬車の周りには、持ち主とその家族の腐乱死体が散乱しており、近くの木にはこの馬車を引いていたと思われる馬の死体が横たわっている。
そしてその50メートル先には凄まじい形相で石のように固まってしまった男の死体が、そしてそのさらに50メートル先には全身が黒く焦げ付いた人間だったと思われるものの集団が生徒たちに向かって手を伸ばしていた。
「クソ……! なんだよ、これ!?」
「いやぁ……! おうちに帰りたい……!」
その光景に後列組の生徒たちは吐き気を催したり、目に涙を浮かべて帰還を求めたりと阿鼻叫喚な状態に陥っている。
一方、天城ら最前列組はその光景を見ても全く動じることなく、燃える町とそこで暴虐の限りを尽くす魔王軍の様子を観察していた。
「どうやら一足遅かったようだな」
「ですが火の手から見て魔王軍はまだトルートの町に留まっているようです」
「ならチャンスだ。調子に乗ってる連中をここでぶっ倒しちまおうぜ!」
「ええ、そうね。奴らを逃がすわけにはいかないわ」
天城は同行していたプリシラや自分と特に仲の良い者たちと話し合うと、未だ死体の山に震えている後列組の生徒へと視線を向ける。
そして天城はいつものようにニコリと笑みを浮かべると1人の男子生徒を指差した。
「君、魔王軍を誘き出すためにあの町へ走って行ってくれないか?」
「……ぁ、え?」
指命された男子生徒は天城の言ったことの意味を理解できないのか、あるいは理解したくないか狼狽した様子を見せる。
「ぉ、おれですか?」
「ああ。君は『高速移動』のスキルを取得していただろう? なら敵に見つかってもすぐに逃げられるさ」
「ぃ、いやでも、あの敵を相手に1人で逃げ切るのは……」
「―――なるほど、つまり君は僕の考えが間違っていると言いたいんだね?」
天城のその言葉に、男子生徒の顔は恐怖で固まってしまう。
「ちっ、違います! おれはそんなつもりで言ったんじゃ――」
「そうなのかい? 君は今朝、僕の陰口を叩いていただろう? だから僕に決闘を挑んできた彼らの同類だと思ったんだけど」
「い、いいえ! そんなことは決して! 僕は天城様の陰口など決して――」
男子生徒は天城の足元に縋りつくと必死に弁明する。
だが天城の男子生徒を見る目は変わらない。
「うーん、そう言われても証拠を見せてくれないと信用できないなあ」
「証拠、ですか……?」
「そう。僕や僕たちの結束を壊すようなことを考えてない証拠を見せてくれないことには、いくら喋られても信用なんてできないよ」
そう言うと天城は笑みを浮かべながらも冷たい目で足元の男子生徒を見下ろす。
「ど、どうすれば、信用していただけますか……?」
「簡単なことだよ」
天城は黄金の聖剣を鞘から抜き、その剣先を燃えるトルートの町へと向ける。
「今さっき僕が言った通り、あの町に1人で走っていって魔王軍を誘き出してよ。そうすれば僕も君のことを信用するよ」
「ぁ、ああ……」
最早逃げ道などない。
そのことを察したのか、男子生徒は項垂れながら「わかりました」と力なく答える。
その言葉に天城は今までとは違う、本心からなのだろう笑みを浮かべた。