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第36話 ある妹の回想 3

 ――side佳那


 聖奈の傍らに控えるその怪物は、口も鼻もないのにどこか笑った様子で私たちを見下ろしていた。

 しかし聖奈は怪物のことを気にも留めず、上着のポケットからスマホを取り出すと何か操作し始める。


「お、おい。なんだよ、なんだよ、それは! あたしらに何するつもりなんだよ!?」

「――これ、覚えてます?」


 泣きわめく長身の女子生徒に聖奈は私にも見えるようにその画面を見せた。

 それを見て女子生徒の表情は一転して青ざめたものになる。


 そこには彼女たちが違う学校の生徒を虐めたり、あるいは万引きを行っている所を収められた動画が写っていた。


「な、なんでお前が――」

「全部彼がしてくれたんですよ。この街には彼の目や耳になってくれる方が大勢いる。だからあなたたちがどこで何をしようとすべて筒抜けなんですよ」


 そう言って笑う聖奈だが、やはりその目は暗いまま。

 これはただの断罪劇なのか、それとも――。


「本当ならこれを見せて今後何もしないよう脅すだけで済ませるつもりだったんですよ。 でもこんなものを見せられちゃいましたから、ね」


 そう言って聖奈が再生した動画、それは彼女たちが軒下に集まって何事かを話している所を撮影したものだった。


『あいつ、マジでうざくね?』

『あのキモオタのクソ漫画をぐちゃぐちゃにした程度で突っかかってくるとか、沸点低すぎでしょ』

『いいこと思い付いた! あいつを犯罪者に仕立てあげましょう!』

『あんたとこの叔父さん、警察の偉い人なんでしょ。なら楽勝じゃん』

『そうね。キモオタの味方をした上にあたしの胸ぐらまで掴んできたんだもの。それくらいしないと気が済まないわ』


 それを見て3人組の顔はさらに真っ青になる。

 どうやら彼女たちは私にも何かしようと目論んでいたようだ。

 こんなものを見せられたら怒りと不快感で血が上るのは当然のことだろう。だけど、私はそれ以上に聖奈から伝わってくる冷たい感情により強い違和感のようなものを感じていた。


「こ、これは、その場の思いつきで言っただけで……」

「あ、あたしらはまだ何もしてない! だから――」


「――だから、なんですか? 私の最後の宝物を奪おうとしておいて?」


 次の瞬間、怪物から触手のようなものが伸びて弁明しようとした女子生徒の太ももを貫く。

 そして飛び散った血が他の女子生徒にかかり、彼女たちは一斉に悲鳴を上げた。


「動脈は外しましたよ? あなたたちにはこれからたくさん痛い思いをしてもらって、その上で私がトドメを刺す予定なんで」


 聖奈がそう話すや否や、怪物はまた触手を伸ばして女子生徒の太ももや腕を貫く。


「佳那ちゃんは私に残された最後の宝物なんです。それを奪おうとしたんですから相応の罰を受けてもらわないと」


 ……これはダメだ。こんなことを聖奈にさせてはいけない。


 私は考える間もなく聖奈を後ろから抱きしめた。


「どうしたんですか、佳那ちゃん」

「ダメだよ、聖奈。あなたがこんなクズ共のために自分の手を汚しちゃダメだよ。ご両親や警察に相談するとか他の手を――」


 それを聞いて聖奈は私の手を優しくほどくと、どこか悲しそうな顔で私を見て微笑む。


「佳那ちゃん、私の両親は聖也兄さんのことばかり気にかけて私をずっとほったらかしにしてきたんです。誕生日もクリスマスも、何一つ祝ってもらえなくてずっと除け者にされてきたんです」

「聖奈……」

「それでその兄さんが2年前の事故で死んだら、今度は私に『兄の後を継げ』とか言ってきて、余計なものだからと宝物を全て奪って、虐められていると知ったら私を責め立てたんですよ? そんな人たちに頼れるわけないじゃないですか!」

「……」

「そんな時に私を救って導いてくれたのが彼なんです。彼は私の元に現れて私が復讐するためのお膳立てをしてくれました。だから私はやり遂げないといけないんですよ!」


 それは聖奈の本心からの叫びだったのだろう。

 彼女はずっと苦しんできた。誰も味方がいない状況で1人孤独に生き続ける。

 それは父や兄、先輩に恵まれた私には推し量ることすらできない地獄だ。

 ――それでも。


「だったら私を頼ってよ! 聖奈が辛い思いをしたなら私が傍にいる! 私が何とかする! だから――」

「佳那ちゃん……」


 私の言葉が届いたのだろうか。聖奈をこちらに振り返った。


「本当に頼っていいんですか?」

「……うん」

「私なんかのために時間を割いてくれるんですか?」

「……うん」

「本当に、私なんかと一緒にいてくれるんですか?」

「……もちろんだよ」


 そして聖奈は歩を止めて、私に泣きながら抱きついてくる。

 聖奈を宥めながら彼女の背中越しに3人組を見ると、あいつらは恐怖で口から泡を吹きながら失神していた。


 これで一件落着かな。

 そう思った矢先。



『つまらん。くだらぬ情に絆されおって』


 突然、人間のものとは思えない声が聞こえてくる。

 その声の主――マリオネットのような怪物は軽蔑の眼差しを聖奈に向けると彼女の背に触手を伸ばした。


「きゃあっ!?」

「聖奈!?」


 怪物は聖奈を人形のように操りながらナイフを握らせると3人組の方へ向かわせる。


『汝の役目は儀式の完遂、百鬼夜行の成就のために我に血と憎悪を捧げることだ。その責務から逃れようとすることは我が許さぬ』

「か、佳那ちゃん……!」

「この、聖奈から離れなさいっ!」


 私は竹刀で怪物から聖奈を引き剥がそうと試みる。

 しかし。


『ふん、何と脆弱な力だ』


 怪物がその巨大な腕で振り払うと、私は勢いよく壁に激突した。

 口の中に鉄の臭いが充満し、思わず吐き出したくなる。


 ……約束したのに。私が何とかするって……。


『さあ我が眷属よ、その刃をこの娘共に突き立てよ!』

「いや……もうやめて……」


 そうしている間にも怪物は聖奈を気絶している3人組に近づかせる。

 止めないと、私は何とか体力と気力を振り絞って立ち上がろうとするが、それでも体はあの怪物への恐怖で動いてくれない。


 ……もうどうすることもできないの?

 そう、私まで絶望の淵に沈みそうになったその瞬間。


『さあ、その刃を――うおああぁああああ!?』


 カーテンごと窓ガラスを突き破って氷の船のようなものが怪物を壁に押し潰す。

 その衝撃で触手は切られ、聖奈はよろめく。


「聖奈!」


 何とか立ち上がった私は聖奈の体を支える。


「……佳那ちゃん?」

「聖奈、よかった。本当に……」


 その時、私はあの氷の船の上に人影がいることに気づく。


「ギリギリセーフってところかな」


 それは私のよく見知った人間、お兄ちゃんだった。

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