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第20話 怪物退治の果てに 1

 ――side久遠本家


「牛鬼が討伐されただと!? 間違いないのか!?」

「は、はい! 牛鬼の妖気が完全に消滅したことは確かです!」


 久遠家本邸、そこへ舞い込んできた「牛鬼討伐」の報は久遠とその一門に所属する退魔士に衝撃を与えた。


 退魔の名門「久遠家」、その次期当主候補者の1人である久遠京里に課されたお役目、「牛鬼討伐」は常識的に考えて達成不可能なものだ。


 牛鬼は古代より日本を荒らしてきた最高位の妖魔で、当代最高峰の退魔士が集まったとしても封印するのが関の山。


 その牛鬼が眷属と共に封印から抜け出した、それを知らされた時、退魔士たちは大いに悩んだ。

 妖魔そのものの減少、さらには有力家の断絶と退魔士全体の実力は牛鬼が封印された時より格段に落ちている。


 そこで考えられたのが巨大な霊力を持つ誰かを敢えて牛鬼に食わせることで活動を鈍らせ、その隙に封印を試みるという作戦だ。


 そしてその哀れな生け贄にされたのが次期当主候補者の中でも政治力が無く立場が弱い久遠京里だったのだ。


 彼女には「小鬼が逃げ出した」と偽りの情報を与えると共にその地域の責任を全て押し付け、後から牛鬼の情報を与えると共に討伐命令を下し、そして生け贄とする。


 そうする手筈だったのだが。


「それで、京里はどのように牛鬼を討伐したのだ?」


 久遠家現当主、久遠宗玄は報告に上がった退魔士の男におもむろに尋ねる。


「そ、それが京里様によると実際に討伐したのは協力者らしく……」

「協力者?」

「報告書にただそれだけしか。あ、ただいま現地に対応班が到着したようで……!?」


 そこまで言って若い退魔士の男はタブレット端末に表示された画像を見て言葉を失う。


「どうした?」

「す、すみません。届いた画像がその、あまりにも衝撃的なものだったので」

「……ふむ。その画像、こちらにも見せてもらえるか?」

「は、はい!」


 男は座敷机の上に自らのタブレット端末を置く。

 そこに映し出されていた画像を見て、ある者は吐き気を催し、またある者はそれが加工されたものではないかと疑う。

 そんな考えを抱かせるほど、そこに表示されていた画像は彼らにとって衝撃的なものだったのだ。


「これは、牛鬼か? しかし一体どんな方法で強固な外皮を持つあの牛鬼を真っ二つに……?」

「こっちの小鬼を見てみろ。何体かは術によって殺されているが、大半は高所から叩き落とされたようだぞ」


 上がってきたそれらの画像に老人たちが困惑と衝撃に包まれている中、1人の青年が「バン!」と机を叩いて立ち上がる。


「皆さん、我々が今考えるべき事は一体どうやって妖魔が討伐されたかではありません! 真に考えるべきなのは久遠京里が我々の絶対原則である【秘匿】を破ったことへの対応と処分についてです!」

「う、うむ……」


 青年の言葉に老人たちも押し黙ってしまう。

 【秘匿】、即ち自分たちの存在を公に晒さない。これは退魔士にとって絶対のルールであった。


「その協力者について京里はどう報告している!?」

「それがその、ただ協力者としか……」

「書いていないということは即ち素直に書くことができないということ! 久遠京里が【秘匿】を破ったのは明白です! お祖父様、ここは速やかに久遠京里を処断するべきかと!」

「――玄治」


 息巻く青年――久遠家次期当主候補筆頭である久遠玄治に宗玄は厳かに語りかける。


「確かに規則は遵守せねばならない。しかし我々は時として柔軟な対応をする必要がある」

「……それはどういう意味でしょうか?」

「これほどの腕を持ち、さらに我々に協力的な態度を持つ実力者は世界中を探しても二人といないだろう。我々が今考えるべきなのは京里の協力者と如何に友好的な関係を築くか、だ」

「それは京里が取った行動を不問にする、ということでしょうか」

「その協力者とやらの監視、それを京里への罰とする」


 玄治にそう告げると、久遠宗玄は式神の介護を受け、ゆっくりと立ち上がり部屋を去った。

 その場に集まった一同全員立ち上がってそれを見届けると、玄治は苛立った様子で廊下に出る。


(クソ、クソクソクソっ! あの狸爺とクソ女め!)


 玄治にとって京里はとにかく腹が立つ少女だった。


 見てくれも血統も一級品の退魔士の女、それを手に入れるのは自分を措いて他にいないはず。

 そう考えて玄治は1年前、京里にこう命令した。


『次期当主候補の肩書きを捨てて俺のものになれ。そうすれば好きなだけ可愛がってやる』


 そんな玄治の言葉に、京里はすんとした態度でこう返したのだ。


『私の人生は私が決めます。貴方に指図されてどうこう決めるつもりはございません。どうぞお引き取りを』


 その京里の言葉に、嫡流の血筋を笠に着て横暴の限りを尽くしてきた玄治は生まれて初めて「屈辱」というものを感じた。

 それと同時に玄治は、京里に自分が受けた屈辱の代価を支払わせることを誓ったのだ。

 そしてそれを果たす絶好の機会が今回の牛鬼の件だった。


 しかしその結果は玄治をさらに苛立たせるものとなってしまう。

 ――京里が牛鬼討伐という最大級の功績を上げたことによって。


(今に見ていろ、クソ女。お前にも必ずあの屈辱を味わわせてやる……!)


 玄治は腸を煮えくり返しながら、長い廊下を歩いていく。

 廊下に伸びる自分の影が禍々しいものへと変化していることに気づかずに。

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