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第15話 学園の天使様に誘われました

「ふあ、ねっむ」


 学校について席に座るや否や大きな欠伸が出る。

 昨日は夜更かし過ぎたからなあ。昼休みになったらさっさとメシ食って後の時間は全部昼寝に捧げよう。


「またデカい欠伸だな」

「んあ? ああ、昨日色々とやっててな」


 と、前の席に座っていた男子生徒が話しかけてきた。

 こいつは朝間廉太郎、入学以来そこそこに仲良くなり適当に雑談する程度の関係の友人だ。


「なんだ? 何かエロいビデオでも見つけたのか?」

「ちげえよ。今まで使ってた腕時計が壊れて必死に直してたんだよ」


 そう言って俺はカバンの中から緩衝材などで包まれた腕時計を取り出しそれを見せる。


「んー? パッと見どこも壊れてなさそうだけど」

「見た目はな。こいつ設定してない時間に勝手にアラームが鳴り出すんだよ」


 昨夜、風呂に入ってベッドで寝ていると突然この腕時計のアラームが鳴り響いた。

 その時は寝惚けて変な操作をしてしまったのだろうと考えたのだが、それから数十分もしないうちにまた鳴り出したのだ。

 最終的にこの腕時計は一晩のうちに十数回も部屋中にアラームの音を鳴り響かせ、俺は満足に寝ることが出来ず登校することになった。

 まあこうして壊れてしまった原因は、昨日あの化け物をぶっ飛ばした時に過度に衝撃を与えてしまったせいなので完全な自業自得なのだが。


「で、どーすんだ。それ」

「店に持っていって修理できそうなら直す。無理なら買い替えかな」

「時計としては使えるんだよな? 買い替えるならそいつ譲ってくれないか」

「いいぜ。3000円で売ってやるよ」

「金取るのかよ……」

「当たり前だ。それにこれでも相当割引してやってんだぞ」


 そんな雑談をしていると、クラスメイトがざわつき始める。


「京里さん、その包帯どうしたの!?」

「足を挫いてしまって、大したことではありませんのでご心配なく」


 教室に入った久遠は膝や足首に包帯を巻いていた。

 それを見て彼女と親しい生徒たちは心配そうに声をかける。


 今や久遠京里はこの学年の、いやこの学校の『天使』となっていた。

 その美貌と人当たりの良さ、しかも入試の成績はトップで、スポーツも万能、さらには名家のご令嬢ときたものだ。

 結果、久遠京里はたった1週間でクラスカーストどころか学園カーストのトップに君臨した。

 そんな彼女が膝や足首に包帯を巻いて登校してきたとなれば騒がしくもなるだろう。


(……それにしても、昨夜のあれは一体なんだったんだろうな)


 あれがコスプレの撮影会か何かではないことは明らかだ。そもそもあの久遠がそんなことをするとは思えない。

 何よりあの鬼は紛れもなく人ではなく怪物だった。それは『鑑定』スキルの結果が証明している。

 しかし。


(『鑑定』)


―――


久遠京里 人間 15歳

状態:腕と膝、肩に軽度の切り傷と打撲 

補足:本家の命で行った鬼との戦闘で負傷し、疲労状態にある


―――



 人間を対象にして『鑑定』したことで分かるのは、その人間が今どんな『状態』にあるか、そしてその『状態』に関する『補足』とだけ。

 犯罪歴がある人間なら別途それに関する『補足』も追加されるが、久遠に関係のないことなのでスルー。

 まあ何が言いたいかというと久遠が一体どんな生まれなのか、本家が何なのかはさっぱり分からないということだ。


 本人に直接聞ければこのモヤモヤは解消されるのだろうけど、生憎と俺と彼女は住む世界が違う。

 何よりあの夜、俺は自分の顔を覚えられないように『認識阻害魔法』のスキルを発動していた。

 それなのに突然話しかけでもしたら、久遠からは怪しまれるし、クラスで悪目立ちすること間違いなしだ。


 やっぱりあの日のことは完全に忘れるべきなのだろうか。

 いやでもあれを忘れるって……。


「……ーい。おーい、シュウ」

「ん?」

「ん、って。途中から意識がどっか行って固まってたぞ。大丈夫か?」

「悪い悪い。眠気やら何やらが押し寄せてきて……」


 深く考えているとどうしても眠くなってしまう。今日と明日の家事当番は俺じゃないし、帰ったらぐっすり寝ようかな。


「にしても久遠さん大丈夫かな」

「本人が足を挫いただけって言ってるし大丈夫だろ。それに俺たちじゃ久遠と話すなんて夢のまた夢なんだしあまり気にしても意味ないと思うぞ」

「うっ……、それは確かに」


 自分と彼女の立場の違いを理解したのか、廉太郎は大きく肩を落として項垂れる。

 そして俺も実際に自分の口で話したことで諦めがついた。

 それに彼女は藤澤さんと違って犯罪の被害を受けて苦しんでいる訳ではない。

 だったら俺がどうこうする必要もないだろう。


 そう考えていると。


『ビー! ビー!』

「うわぁっ!? なんだ!?」


 腕時計のアラームが突然鳴り出して、廉太郎が飛び起きる。



◇◇◇



「!」

「みゃーちゃん、どうかした?」

「い、いえ。少し驚いてしまっただけで……」

「そうなの? それで――」

「……ごめんなさい。少し離れます」

「みゃーちゃん!?」「久遠さん!?」



◇◇◇



 何とかアラームを止めて周りのクラスメイトに迷惑をかけたことを謝罪すると、俺は再び席につく。


「思ってたより酷いな、それ」

「どうする? 3000円で買うか?」

「丁重に断らせてもらう」


 腕時計の音が漏れ出ないようにポリエチレンの緩衝材などで包み込むとカバンの中にしまう。

 これは多分店に持っていっても買い替えを勧められるだろうなあ。


「……!??」


 そんなことを考えていると廉太郎の顔色が変わる。

 何かあったのか、などと呑気に考えていると。


「――伊織さん」


 絶対に聞こえるはずのない声が聞こえてくる。

 恐る恐る振り返ると、そこにはあの(・・)久遠京里が真剣な表情で俺を見下ろしていた。


「えーっと、何か?」

「すみません。今日の放課後、会うことはできますか?」

「……ああ、大丈夫だ」

「そうですか」


 腕時計の修理に行くつもりだったが、特別急ぐ用事でもない。

 そう考えて返事すると久遠はポケットからメモ用紙を取り出して何かを書き込むと、それを畳んで俺に渡してくる。


「放課後、そのメモの場所でお待ちしております」


 それだけ告げると彼女は友人たちの下へ戻っていく。


「シュ~ウ~?」


 一体何だったのだろうか、と考える暇もなく周りの生徒(主に男子)からの視線が突き刺さる。


「ははは……」


 これはすごく面倒くさいことになりそうだな。

 直感でそう感じ取りながら、俺はこの修羅場を切り抜ける方法を考え始めるのだった。

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