第121話 妹に紹介することになりました 3
「――」
完全にオフの状態でリビングに入ってきた我が妹は京里の姿を見るとその場で固まってしまう。
「お、おーい。大丈夫か……?」
「っ、こ、こっち来て!」
流石に心配になった俺はそう声をかけながら佳那に近づくと、ハッと意識を取り戻した彼女は俺の手を掴んで廊下へ連れて行く。
「だ、誰、あの人!? 何でお兄が女の人と一緒にいるの!? もしかして変なサービスでも使った!? いくら払っちゃったの!?」
「おいこら。お前は自分の兄を何だと思ってるんだ」
「いっ」
混乱して変な妄想をし始めた妹の額を軽くデコピンした。
「落ち着いたか?」
「……と、とりあえずは」
俺が確認を取ると佳那はやや赤くなったおでこを手でさすりながら、一先ずは落ち着いた様子を見せる。
「前にも話しただろ。彼女ができたって。それがあの子だ」
「えっ……え……? あれってお兄が妄想とか見栄を張ったとかそういうのじゃなくて本当にガチの話なの?」
「ああ、ほんとだよ。つか妹に彼女できたなんてホラを吹いても虚しいだけだろ」
「それはまあ、そうだけど……」
そうは言いつつも佳那は未だ俺の話に半信半疑という感じだ。
まあ俺も京里と付き合えてるのは奇跡のようなものだと思っているから佳那の気持ちはよく分かる。
「てかお前、今日道場じゃなかったか?」
「……先生が腰を痛めて休みになったから帰ってきたの。そしたらお兄……んんっ、兄さんが美人な女の人と肩を並べて仲良くしてて、本当に驚いた」
調子を取り戻した佳那は今頃になって自分が俺のことを「お兄」と呼んでいたことに気づいたらしく、素っ気ないように装いながら「兄さん」呼びに戻す。
それにしても道場が休みなのか……。なら丁度いい。
「と、とにかく! 大事な彼女さんを放って置いたらいけないでしょ! 私は2階に行ってるから、それじゃ――」
そう言って佳那は俺たちに気を遣ってくれたのか、そそくさと2階の自室へ向かおうとする。
「ああ、待った待った。ちょうどお前にも関係のあることを話していたんだ。暇ならちょっと付き合ってくれないか?」
「私にも関係のある話……?」
◇◇◇
「えー、改めて紹介するけどこいつが俺の妹の佳那だ。ほら佳那、挨拶しな」
「え、あ、うん……。伊織佳那です。はじめまして」
「はじめまして、久遠京里です。お兄様とはお付き合いしています」
俺が挨拶するように促すと佳那はペコリと頭を下げる。
それに京里は女神のような笑みを浮かべて返事をした。
「そ、それで兄さん、私にも関係のある話って何なの?」
「まあとりあえず座れ。ちょっと長い話になるからな」
「……わかった」
本心では佳那は俺の話なんかに付き合いたくないのだろう。
しかし今ここには京里がいる。それも実の兄の恋人という非常に厄介な肩書きを持った初対面の人間が。
そんな彼女の前でいきなりぶつくさ文句を垂れるのは良くない、というのは中学生になった佳那も理解しているようだ。
まあその不機嫌さは隠しきれていないのだが。
「それじゃまず確認するけど、合同社会科見学のことは知ってるか?」
「うん、知ってるけど。何か船? を見に行くんだっけ? 詳しいことは明日説明するって先生が言ってたけど」
……おお、まだ詳細を把握していないのか。
いや、もういい。このまま全部バラしてしまおう。
「単刀直入に言うとその合同社会科見学、俺とお前が同じ班になる。さらに付け加えるとその班長が俺になった」
「……え、ごめん。よく聞こえなかった。もっかい言ってくれる?」
佳那の耳にはがっつり聞こえていたはずなのだが、よほど受け入れたくないのか、不機嫌さがさらに増した状態で俺に聞き返す。
「社会見学でお前の班の班長は俺。これで分かったか?」
「は、え、いや、嘘でしょ? てかなんでお兄はそんなこと知ってるの!?」
「今日のHRで先に知らされた。それだけだよ」
「……最悪、めっちゃくちゃ恥ずかしいやつじゃん」
佳那はリビングの机に顔を突っ伏す。
俺だって実の妹と学校の授業で一緒になるなんて恥ずかしいし、変えられるなら変えてやりたい。
というか『認識阻害』使って変えてやろうかなと何度も思ったくらいだ。
……まあ、京里にした約束があるからやらなかったし、やるつもりもないけどさ。
「でまあ、もう1つ知らせておかないといけないことがあって……」
「うええ、まだあるの?」
「こちらにいる久遠京里……さん。この人も俺らと同じ班で、それとクラスメイトは俺たちが付き合っていることも知っている」
その言葉に佳那は天を仰ぐ。
クラスメイトの兄が社会科見学で同じ班で、しかもその彼女さんも一緒にいる。
多分、いや間違いなく佳那の同級生はそのことに興味を持つし、そのことについて後日からかわれたり質問攻めにあったりする可能性も大いにあるというわけだ。
俺にとっても佳那にとっても人生最悪の社会科見学となるのは間違いないだろう。
「だからある程度は事前にすり合わせをしておこうって提案だよ。当日行き当たりばったりで動くより先にどう対応するか決めておいた方が色々と楽だろう?」
「それは……そうかもしれないけどさ」
佳那はそうは言いつつもどこか不満そうだ。
「お兄……んんっ、兄さんは2階の部屋に行ってて。京里さんとその、話したいことがあるから!」
「は、いや、なんでお前が――」
「いいから出てって!」
そう言われて俺は無理やりリビングから追い出されてしまう。
……今後のためにもここは佳那に大人しく従っておいた方がいいか。
そう考えた俺はため息をつきつつ自分の部屋へ向かった。
◇◇◇
side.佳那
「ふぅ……」
とりあえずお兄を部屋から追い出した私は一息つくと、突然のドタバタに困った様子でいる京里さん? の元へ駆け寄った。
「あの、お騒がせして本当にすみません。どうしても聞いておきたいことがあって……」
「は、はい。なんでしょう?」
「その、京里さんは本当に兄さんとお付き合いしているんですか? 兄さんに無理やりそうしろと命令されたりとかそういうのは」
私の慌てながらの質問に京里さんはクスッと笑う。
「そんなことはされていません。私は真剣に貴方のお兄さんのことが好きで付き合っていますよ」
「あの、兄さんのどこが好きなんですか? 昔、その色々あって退院した後は変なことばかりしてましたし……」
「全部です。格好よくて、私の選択を尊重してくれて、私のことを守ってくださろうと強い意志があって。全て語り尽くしてたら時間がいくらあっても足りないくらい、私は修君のことが大好きなんです」
そう話す京里さんの言葉からは、本当に本当にお兄のことが大好きだっていう思いが感じられた。
だってこんな楽しそうに、嬉しそうにお兄の、誰かの好きなところを他人に話せるだなんて、とても演技だとは思えなかった。
だから私は……。
「……京里さん。もし兄さんが変なことをしたり、浮気なんかをしたら容赦なくぶん殴ってやってくださいね! それと……お兄のこと、よろしくお願いします」
「……はい、任されました」
そう言って私は京里さんの笑顔に眩しさを感じながら、自分の中の肥大化しているある感情に苛つきと寂しさと、とにかく複雑なものを感じていた。
(そっか、もう私だけのお兄じゃなくなっちゃったんだ……)




