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第116話 宿願

「……」


 わたし(・・・)は組織から与えられている専用の端末でいつものようにデータベースへとアクセスする。

 この端末、そして全てのセーフティーハウスに監視装置が取り付けられていることはとっくの昔から分かっていたことだ。

 だからわたしは装置越しに見ている連中を欺くためにこうしてデータベースの記録全てを確認するということを習慣化させてきた。


(ADXX-40019de対処事案、これね)


 10年前に発生した異能力者の能力暴発の事件の事後報告書。

 わたしがこの組織に入ってエージェントとして働き続けた理由。

 わたしが上からのどんな無茶な命令にも従い続けた意味。

 それらは全てこの報告書を読み、あの日、あの時に何が起こったのかを知るためだ。


(監視装置には偽情報を流している。彼らがわたしがしていることに気付くには30分はかかるでしょう)


 わたしは端末の画面をスクロールして報告書の内容を読みながら、同時にこのデータをUSBメモリーにコピーする。


 さて、これでもうわたしがこの組織にいる理由はなくなった。

 ならさっさとここから退場するとしよう。


(さようなら、修、京里)


 わたしは心の中で別れの言葉を告げると、静かにセーフハウスを出ていった。




◇◇◇




「あれ、今日アリシアさん来てないね」


 文化祭の事件から2週間経ったその日、いつものように男友達とくだらない雑談をしていると、廉太郎がアリシアがまだ登校していないことに気付く。

 朝のHRまでもう1分もあるかないかという時間帯なのだが、これまで一度も遅刻したことがないアリシアが登校していないのは珍しい。

 組織の方で何か仕事が入ったのだろうか?


「皆さん、席についてください。HRを始めますよ」


 そんなことを考えていると輿水先生が教室に入り、生徒に自分の席へ戻るよう促す。

 先生は出席票を取ると軽く連絡事項を話していく。


「事前に伝えていた通り、今日のLHRでは来週の社会見学のオリエンテーションを行いますからこの前に配布した資料を用意しておくように。それと……」

「?」


 輿水先生は一瞬俺の顔を見るが、すぐに視線をクラス全体へと向ける。


「アリシアさんはご家庭の事情で転校されました。アリシアさんの班はそれを踏まえて社会見学での班行動を考えてください。それでは朝のLHRを終わります」


 輿水先生は淡々とした口調でそう言うとまた教室を出ていく。

 しかしクラスの方はというと突然のアリシアの転校に衝撃を隠せないでいた。

 そしてそれは俺や京里も同じだった。


(アリシアが転校? 組織の指示でそうしないといけない状況になったのか? いやでも彼女に課せられたミッションのことを考えると――)


 あれこれ理由を考えてみるがどれもピンとこない。


「修君、1限目の授業は移動教室ですよ」

「あ、ああ。そうだったな。教えてくれてありがとう、京里」


 京里に話しかけられてようやく意識を現実に戻した俺は授業の用意をすると彼女と授業が行われる視聴覚室へ向かおうとする。

 と、その時。


「久遠さん、少しいいですか」


 もう職員室に行ったと思っていた輿水先生が突然京里に話しかけてくる。


「はい。何でしょうか?」

「今日の放課後、部室に来てくれませんか? 大事な話がありますので」

「わかりました。生駒先輩にも伝えた方がいいですよね?」

「いえ、生駒さんにはこのことは伝えないでください。それと――」


 輿水先生は隣にいる俺を見るとどこか申し訳なさそうにこう続けた。


「伊織さんも部室に来てください。これはオモテでは話しにくい案件ですので」

「……俺、文芸同好会の部員じゃないですよ?」

「はい。それでもです」


 ますます意味が分からない言葉に困惑していると先生は引き止めてしまったことを謝りつつ、職員室の方へ歩いていってしまう。


「……どういうことでしょうか?」

「さあ……?」


 謎が謎を呼ぶばかりだが、1限目の時間が迫っていることから俺たちは視聴覚室へと急いだ。





 そして放課後、京里と文芸同好会の部室に向かうと既に輿水先生が待っていた。


「あの先生、俺たちを呼んだ理由は……」

「最初に確認させてください。あなた方は昨夜アリシアとお会いになられましたか?」


 輿水先生の言葉に首をかしげる。

 なぜ転校したということになっているアリシアと会ったのかと俺たちに尋ねるんだ?


「いえ、会ってませんけど……」

「私も会っていません」

「本当に会っていませんか? その会っていないという記憶に違和感はありませんか?」


 また妙な質問をされて困惑するが、どちらにせよアリシアと会ってないことは変わらない。

 それに俺の家の周囲は認識阻害を無効化するドローンを常時展開させているから記憶の改竄は行えないようにしている。

 だから俺がアリシアと会っていないという事実は変わらない。


「記憶に違和感はありませんし、彼女とは昨日のHR以降会っていませんよ」

「―――そうですか」


 やや語気を強めながら言うと、輿水先生はどこか安堵した様子で呟く。

 そして今度は引き締まった表情を浮かべ、俺たちに土下座したのだ。


「あなた方をお疑いして誠に申し訳ございませんでした。このような非礼を働いておきながらどうかと思われるでしょうが、私共の話を聞いていただけないでしょうか」

「え、あの……?」

「輿水先生……?」


 俺と京里が輿水先生の突然の豹変ぶりに驚いている中、先生は頭を下げたまま話を続ける。


「私はアリシアと同じ組織のエージェント、より正確には彼女の部下としてこの学校に潜伏していた者です。そしてアリシアは昨夜、組織の機密データを持ち出して脱走いたしました。伊織様、久遠様のお力はよく理解しております。どうかアリシアがこの国を害する者たちと接触する前に彼女の捕縛にご協力ください」

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