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第115話 成れの果て 2

 文化祭で事故が発生したその日の夜、私、生駒樹里は病院に検査入院することになった。

 事故がどういったものかは知らないけど、どうやら私以外にも多くの先生や生徒がこの病院に入院しているらしい。

 だけど私が気にしていたのは全く別のことだ。


『あなたに遊んでいる余裕なんてないのよ。分かったらさっさと勉強していなさい』


 最後にお母さんと会った時、あの人は私にそう言って文化祭に行かず勉強するようにと言ってきた。

 京里ちゃんには申し訳ないけれど文化祭は休んでお母さんに言われた通りに勉強しなくては。

 そう考えて机に向かったのが私が覚えている最後の記憶だった。


 なのにどういうわけか、私は学校の文化祭に向かって、事故に巻き込まれて意識を失い、そして今こうして病院のベッドに寝かされている。

 どうしてこんなことになっているのか、そもそも何故学校に行ったのか。全くと言っていいほど思い出すことが出来ない。


 とりあえずスマホで事故について調べてみよう。そう思って軽い頭痛を感じながらも何とか身を起こし、そしてスマホをお母さんに没収されていることに遅れて気付いた私はため息をつく。


 多分私がこうして入院しているということはお母さんに知らされているだろう。

 ということはどうして言い付けを守らずに文化祭に行ったのかと叱られるのは容易に想像がつく。

 ……どれだけ弁明したところでお母さんが話を聞いてくれるとは思えない。

 だから今回も余計に怖い思い、辛い思いをしないためひたすら謝り続けて怒りが収まるの待つだけ――。


(本当にそれでいいの?)


 そこまで考えて、ふとそんな考えが頭に浮かぶ。

 どう考えたってお母さんに下手に反抗せず言われた通りにした方がいいに決まっている。そのはずなのに……。


 ――夢の中で見た恐ろしい敵に勇気を振り絞って立ち向かい、私を助けようと必死に戦っていた誰か。

 そのことを思い返すと本当にこれでいいのかという葛藤が生まれた。


 自分でも馬鹿らしいことだとは思っている。

 夢でそんなものを見たから自分もあの人と同じように戦おうって? 余りにも馬鹿過ぎるし無茶にも程がある。

 それでも……。


(……やらずに後悔するよりもやって後悔する方がマシ、かな?)


 そんなことを考えていると病室の扉が勢いよく開かれる。


「樹里!」


 現れたその人――私のお母さん、生駒早苗は私の顔を見て大声を上げるとこちらに近づいてきた。

 それを見てぶたれるのではないかと思い、私は反射的に顔を腕で覆う。


 けれど予想していた痛みがやってくることはなく、まず感じたのはお母さんの香水の匂いと私を強く抱き締める感触だった。


「ごめんなさい……! 本当にごめんなさい……! あなたをここまで追い詰めてしまって……!」


 お母さんは泣きじゃくりながら私を強く抱きしめる。


 ―――これは後から聞いた話だけど私は夢遊病のような状態で学校へ向かっていったらしい。

 病院に意識不明で搬送されたことと同時にそれを知らされたお母さんは私を追い詰めていたことを強く自覚したそうだ。


 そんなことになっているとは露知らず、私は卑怯なことだと自覚しながらも今なら自分の意思を聞いてもらえると思い、勇気を振り絞って口を開いた。


「……お母さん。私はお母さんみたいになれない。男の人は皆怖いし、人と話すのも下手くそだし、それにあの人のことをそこまで見返したいとも思ってない」


 お母さんは私を抱きながらただ話を聞いている。

 ……今お母さんがどんな表情をしているのか分からないのは凄く怖い。それでもここで逃げちゃダメだ。

 そう考えて私は必死に言葉を続ける。


「だからその……、私はお母さんが望むような人にはなれません。ごめんなさ―――」


 そこまで言ってお母さんは私を自分の元へ抱き寄せて時折嗚咽しながらこう話し始めた。


「謝らなくていいわ、樹里。あなたの話をちゃんと聞いてあげなくて本当にごめんなさい……!」

「お母さん……」


 お母さんにこうして優しい言葉をかけられるのは一体何時ぶりだろうか。

 それを考えると自然と涙が込み上げてきて、私は泣いた。それはもう、大いに泣いた。

 それにつられたのかお母さんも泣いた。それはもう今までに見たことがないくらいに。


 それから私たちはこれからのことについて話し合った。

 感情的にならず、とてもとても穏やかに。


 そして話し合いが終わり、お母さんが病室を去った後、私はとても久しぶりにスッキリとした気持ちで眠りにつくことが出来た。





◇◇◇



「とりあえずこれで一段落ついた、かな?」

「そうですか。良かった……」


 時刻は夜の8時、場所は京里が住むマンションの部屋のリビング。

 俺の報告を聞いた京里はほっとため息をつく。


 あの後、現実世界へと戻ってきた俺たちは早速アリシアたちと接触して事態の収束を図った。

 まずは感覚共有が回復したドローンを使って俺と京里を除く校内の全生徒と教員を眠らせ、アリシアの組織が流布したガス漏れ事故に合わせた偽の記憶を植え込んだ。

 さらに周辺住民の記憶も同様に改竄し、アリシアたちによってSNSなどの書き込みも消され、学校の消失という異常事象は存在しないことになった。


 それとこれはお節介かもしれないが、生駒先輩を雑用係だとかそんな風に扱っていた人たちには多少の罪悪感を、そして生駒先輩のお母さんにはそれに加えて先輩の話を真摯に受け止めるという意識を植え込んだ。

 加えて後々厄介なことにならないよう茨についての記憶も消させてもらった。

 残る問題は生駒先輩と先輩のお母さんが上手く和解してくれるかどうかだったが、それもどうにかなったようだ。

 これで一連の事件の事後処理は粗方終わったと見ていいだろう。

 まあ当面の間は即座にフォローできるよう警戒は続けるべきだろうが。


「それでその、今回の事件を引き起こした原因は一体何だったんですか?」


 一段落ついたからか、京里は俺にそう尋ねてくる。

 それを聞いて俺はポケットからイカイ水晶だったものをリビングのテーブルの上に置く。


「それは……?」

「今回の事件を引き起こした元凶だよ。黒幕はこいつを使って生駒先輩の思考を誘導して遠隔で能力を発動させていたみたいだ」

「これが……。その、触っても大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ。かけられてた能力は全て解除しておいたから」


 俺の確認を取ると京里はテーブルに置かれた水晶を手に取り観察する。

 それにしてもイカイ水晶か。

 あのヒーロースーツ事件と似たような物体、それに生駒先輩に憑りついてたものを考えるとあの事件の背後にいた者と今回の事件の黒幕は同一人物ないし同じ勢力あるいは組織に属していると見ていいだろう。

 そうなるとヒーロースーツ事件についてもう一度調べ直さないといけないかもな。となるとアリシアにも連絡をしないとな。

 と、そうだ。


「ごめん、京里。文化祭を中止にしちゃって」


 あんな大事故が起きたということにしてしまったため、今年の文化祭は中止ということになってしまった。

 彼女があれだけ楽しみにしていたというのにこんな結果にしてしまい強く申し訳なく思う。


「いっ、いえいえ、気にしないでください! あんなことが起きたんですから仕方がないですよ!」

「いや、だとしても申し訳がつかないよ。何かしたいこととか、欲しい物とかはないか? 今回の件の埋め合わせをさせて欲しいんだ」 

「埋め合わせ、ですか……」


 俺の言葉に京里は考え込む。

 ……余計に迷惑をかけてしまっただろうか、そんな考えが頭に浮かんだ矢先。


「あの、それでは1つお願いしてもよろしいですか?」

「あ、ああ。何なりと」


 そう答えると京里はスマホを取り出して操作すると、その画面を俺に見せてくる。

 そこに表示されていたのは廉太郎たちに誘われて何度か行ったことがある駅前のアトラクション施設のホームページだった。


「ここに私と2人きりで行って欲しいんですけど、大丈夫でしょうか……?」

「あ、ああ……! それくらい全然構わないよ」

「ありがとうございます! それじゃ早速スケジュールの調整をしましょう!」


 京里はパッと顔を明るくすると、スマホのカレンダーを確認し始める。

 色々と大変なことはあったが、どうにかこうにかハッピーエンドと言っていい状態へと持ってこれた。

 だから今は京里とのこの2人っきりの時間を思う存分満喫しようじゃないか。


 俺はそんなことを考えながらカレンダーを確認するため自分のスマホを取り出すのだった。





◇◇◇



 ―――駅から程近い高層マンションの屋上。

 そこへ寒そうな素振りをしながら1人の少年が現れる。


「うへー。やっぱり夜になると結構寒いなあ」

『ならもっと暖かい場所を会合の場にした方がいいんじゃない? アナタとの付き合いも2年近くになるけどこの時期になると毎回その台詞を聞いている気がするんだけど』


 少年がそう呟くと、屋上に設置されたライトによりできた影が女性の形を取り、独立して動き始めた。


「キミと気楽に話し合える場所ってここしかないでしょ」

『アナタの家があるじゃない』

「ヤだよ。あいつらと同じ空間にずっと一緒にいるなんて」


 少年はそう言いながらコンビニで買ってきたらしい温かい缶コーヒーの蓋を開けると、その中身を口へ流し込む。


『それにしても本当に良かったの? イカイ水晶を2つもあげちゃって。アナタならもっと有意義に扱えたでしょう?』

「最初に言っただろ? 極限まで追い詰められた人間と完全に力に溺れ狂った人間、どっちが面白く壊れるかのゲームをしようって。これはそのための大事なピースなんだよ」

『……ふーん。それだけの価値があると信じて協力してあげたんだから期待を裏切らないでよ?』

「もちろん。そんな思いはさせないさ」


 影の女は少年のやる気のなさそうな返答を聞いて肩を竦めるような素振りを見せる。

 少年はそれに反応することなく、屋上の手すりへと近づく。


「それよりそっちの様子はどうなのさ。勇者様による支配体制が完成したって聞いたけど?」

『良い感じに溺れてるよお。この前のマオウ軍との戦いも思った通りザコを平気に盾にしてたし』

「へえ。それじゃオレの方もピッチを上げないとね」


 少年は影の女からの報告に口角を上げる。

 影の女はそんな少年の様子を見てどこか満足した様子を見せると、その形を少年の影へと戻していく。


『じゃあワタシは帰るよ。また何か動きがあったら来るね』

「うん。またね、アシェラ(・・・・)


 そして少年は影の女―――アシェラの気配が消えたことを確認すると、缶コーヒーの中身を飲み干し、缶を黒い炎で完全に消し去る。


「さあ、これからも面白いところを見せてくれよ。シュウ(・・・)?」


 その時、少年の目に宿っていたものは紛れもなく狂気そのものだった。

『クラスメイトは異世界で勇者になったけど、俺だけ現代日本に置き去りになりました』がコミカライズ化されることになりました。

https://kakuyomu.jp/works/16816927859778327897 (カクヨム版)

https://ncode.syosetu.com/n4886hw/ (なろう版)


これもひとえに拙作を応援してくださった皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

現在連載に向けて準備中ですが、素晴らしいキャラクターデザインの数々にとても興奮しております。

連載雑誌や時期、担当漫画家様については追ってお知らせいたしますので、今しばらくお待ち下さい。


改めて応援ありがとうございました。

これからも拙作を応援していただけますと嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

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