第114話 成れの果て 1
「おらあっ!」
『『ギギャア!?』』
俺は両手に高温かつ加圧された水の剣を装備して黒い人型実体を纏めて斬りつける。
人型実体は悲鳴のような鳴き声を上げながら上半身と下半身を切断され、そのまま塵となって消滅していく。
『AAAAAAAaaaaa!!』
「っ!?」
一方の巨大人形の化け物は人型実体を囮に俺の背後に回ると、俺ではなく京里に襲いかかる。
「させねえよ」
俺は背中から巨大な氷の手を生成すると人形の長い髪を掴んで無理やり目の前に、それも残った黒い人型実体を巻き込む形で目の前に叩き落とす。
『aaaAAAAAAAA !?』
黒い人型を押し潰しつつ地に叩きつけられた巨大人形は悲鳴のような叫び声を上げる。
さらに俺は空間の底面から無数の氷の柱を生成して人形の化け物が動けないようにし、宙に一軒家に匹敵するサイズの巨大な氷の槌を生成すると、それを奴の頭に振り下ろして粉砕した。
『a、AAaaaaaaa……』
人形は割れ目から黒い液体を噴出させながら呻き声を上げ、やがて身動き1つ取れなくなると黒い塵となって消滅する。
「やあああっ!」
『『ギ、ギイイイ!!?』』
その横では残った黒い人の影が京里の札から放たれた炎に巻かれて消失していく。
これであの水晶と俺たちとを隔てるものは無くなった。
「今から生駒先輩をあの水晶から救出してくる。だからその、支援を任せてもいいかな?」
「……はい! 修君の背中は私が守ります!」
「わかった。じゃあ――」
行ってくる、と告げようとしたその瞬間、ガラスとガラスがぶつかるような音が水晶のあった方向から聞こえてくる。
振り返ると、生駒先輩を閉じ込めているそれ――イカイ水晶はどこか苛立ちを感じさせるように振動しており、周囲に伸ばしていた根をこの空間内に置かれていた物体ごと水晶本体に巻き付け始めた。
やがてそれは宙に浮かぶと、イカイ水晶だったものを頭部にしてあの人形の化け物よりも遥かに巨大な人の姿を取り始める。
『ゥゥゥゥ……』
そいつはどのような原理かは分からないが唸り声をあげ、木の根とコンクリートが混ざった巨大な足でまだ残っていた人形型の化け物の残滓を蹴散らすと、まるで目のように頭部から漏れ出るイカイ水晶の光を俺たちへと向けた。
「まだこんなものを残していやがったのか……!」
俺は冷や汗を流しながら『水魔法』で防御壁を形成しながら、イカイ水晶だったそれ――超巨大ゴーレムを見る。
大きさはあの人形の化け物とは比べ物にならない。多分20メートル以上はあるだろう。
だがその体を構成している材料などを見るに倒すこと自体は容易だと思える。
問題はそれが生駒先輩に何かしら悪い影響を与えないかということだ。
『ゥゥゥアアァァァァ!』
「っと」
そう考えている間にも巨大ゴーレムは自分を構成している体の一部を掴み取って俺たちに投げつけてきたが、それは水の防御壁で弾かれてしまう。
……これは影響を与えてしまわないかどうかと心配している余裕はないな。
下手に自壊させて生駒先輩が封じ込められているイカイ水晶を投げつけられる前に何とかしなくては。
『ァアアアァァァァ……!』
そう考えている間にもゴーレムは頭部を俺たちの方へ向けると、再び体を構成している物体を投げつけてくる。
……これはもしかして?
「し、修君……。これはどうすれば……?」
「京里。あのゴーレムの頭、というか光が漏れ出ている場所に目眩ましになるような攻撃を出来るか?」
「そ、それは出来ますけど……」
「なら10秒後にそれをやってくれ。それ以外のことは何も考えなくていいから」
「は、はあ……?」
俺は京里にそう指示を告げると自分に『水魔法』でポーションを生成してMPを回復させると、自分の足に『身体強化』をかける。
そして覚悟を決めてゴーレムの懐へと飛び込んだ。
『ウゥゥゥゥ……!』
ゴーレムは予想通り頭部を俺の方へ向けると、右手で叩き潰そうとしてくる。
「させません!」
『ゥアアァァァ!?』
しかしそれは京里が放った低威力の狐火が頭部にぶつかったことで中断されてしまう。
「ふっ!」
そしてその隙をついて俺はゴーレムの左腕に飛び移り、そのまま頭部へと駆け上がって行く。
さらに『水魔法』で両手に巨大な鉤爪を纏わせ、イカイ水晶を囲んでいる木の根とコンクリートを排除し本体を露にさせる。
『アアァァァァアァァ!』
イカイ水晶は怒り狂ったように振動して大声を上げ、今度は俺ごと巻き込みながら根やコンクリートで新しい頭を生成し始めた。
「させるかよっ!」
それを見て直ちに水の鉤爪を水の剣へと変化させ、俺を拘束しようとするそれらを破壊し、イカイ水晶へと手を伸ばす。
『アアァァアア………あぁ――』
「!?」
するとイカイ水晶は振動を止め、唸り声は収まり始め、そして眩い光を放ち始める。
俺はとっさに両腕を目にかざして光を遮ろうとするが、結局は防ぐことが出来ず意識は闇の中へと吸い込まれていき――。
◇◇◇
「こ、ここは……?」
気がつくと俺は薄暗いマンションのリビングに立っていた。
周囲にある家具などから恐らく先ほどまでいたあのマンションの部屋と同じ場所だと思われるが、あそこと違って壁や天井の崩壊は見られない。
(まずは自分に何が起こっているのか確かめないとな……)
そう考えて一歩踏み出そうとしたその時、俺は自分の真隣に幼い少女がいることにようやく気づく。
少女は顔を俯けにして正座をしながら、ひたすら「ごめんなさい」と謝り続けている。
続いて俺と少女の前には彼女の親と思われる女性や女子高生、そして少女と同年代と思われる男子の姿をした幻影が突然出現して、その口を開く。
「どうしてあなたは私のようにやれないの!? あなたは私の娘でしょ!?」
「……生駒? あいつは雑用係でしかないっしょ。あ、これ言わないでね。知ったらあいつぐずりそうだから」
「やーい、お化け女! お前父ちゃんに捨てられんだってな!」
「お前気持ち悪いんだよ! その顔隠してこいよな!」
「うっわ、泣いてやんの。くそだっせーな」
彼ら彼女らは口々に不愉快極まりない言葉を少女へと浴びせ始めた。
そしてそこで俺は理解する。
――これは生駒先輩のトラウマだということに。
俺が怒りを抑えられず、幻影を切ろうと水の剣を出現させたその時、また場面が転換して今度は俺の知る生駒先輩に成長した少女と先輩の母親と思われる女性の幻影だけがその場に残る。
「あなたは絶対に私の跡を継いで医者にならないといけないのよ!? あの人を見返さないといけないのよ!?」
女性はヒステリックにそう叫びながら、生駒先輩を責め立て始めた。
それに生駒先輩は先ほどと同じように顔を俯かせたままだ。
ああ、もう我慢できない。これは切り捨てなくては。
そう考えた瞬間――。
『あなたは何も悪くない。全てを破壊したいと心から願い、わたしに委ねたらいいのです。――まずはあなたの心を犯しているあの男を』
突然黒い人影が生駒先輩を抱擁するように現れ、女性の声で甘く囁きながら俺を指差す。
そしてその黒い人影の胸には翡翠色に輝く水晶が埋め込まれてあった。
(『鑑定』)
―――
対象:イカイ水晶【呪】埋め込み型思考誘導装置
効果:イカイ水晶【呪】の所持者のトラウマを想起させることで破壊願望を抱かせて力を最大限発動できるようにし、最終的に所持者をイカイ水晶【呪】本体と融合させる。
状態:良。
補足:対象を無力化するには所持者が対象の破壊を強く願わなければならない。
―――
こいつがこの異常現象を、そして生駒先輩をおかしくしている元凶か。
『さあ、あなたはただ願えばいいのです。あの男を壊したいと。そうすればわたしが全てを解決してあげますから……』
「……うん、そうだよね。あなたに全て任せたら……!?」
生駒先輩は心ここにあらずといった様子でぶつぶつと呟きながら俺の顔を見て、そして目を見開いて驚く。
『どうしたの? あれはあなたの敵。あなたの心を脅かす悪い敵なのよ』
「ち、違い、ます。あの人は私の身を案じてくれた……」
黒い人影は尚も俺を壊すように誘導するが生駒先輩はそれを拒絶しようとしている。
(……成功するかどうかは分からない。それでも賭けてみるだけの価値がある)
彼女らの様子を見てあるアイデアを思いつくと、俺は勇気を振り絞って生駒先輩へと近付き優しく声をかけた。
「生駒先輩。俺は先輩が抱えているものがどんなものか、どれほど辛いことを経験してきたのかは分からない」
「い、伊織……君……」
「でも俺も京里も茨も先輩の味方だ。だからこんな寂しいところじゃなくて日の当たる場所で心地よく過ごして欲しいと思ってる」
『あの男は耳障りの良いことを言ってるだけよ。さあ願いなさい。壊せと』
「俺は生駒先輩をただ破壊することだけを考えるような、そんな悲しい存在になって欲しくない! だから戻ってきてくれ! これ以上先輩を過去のトラウマに苦しませたりはしない!」
「わ、私は……」
人影と俺の言葉に生駒先輩は悩みに悩み、そして唐突に顔を俯かせる。
『さあ、イコマジュリ。願うのよ、破壊を!』
「……はい、私は願います。あなたの破壊を」
『―――――は?』
次に彼女が顔を上げた時、その視線の先にあったのは俺――ではなく黒い人影だった。
続いて人影の胸にある水晶がひび割れ、人の姿が薄れていく。
それを見て俺は黒い人影へ飛び掛かるとその水晶を引きちぎる。
「『ディスペル』!」
最後にこの異常現象を終わらせる言葉を放つと、水晶は白い光を発し俺の視界を埋め尽くしていき―――。




