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第113話 文化祭が始まりました 5

 ――微睡みの中で私は夢を見る。

 古い古い記憶。忘れ去りたかったトラウマ。


『どうしてあなたは私のようにやれないの!? あなたは私の娘でしょ!?』


 ――うるさい。私はお母さんじゃない。


『ごめーん、生駒さん。私たち家の用事があるから当番代わってくれなーい?』


 ――嘘つき。私はあなたたちが面倒ごとを押し付けてただ遊びに行きたいだけだということを知っている。


『……生駒? あいつは雑用係でしかないっしょ。あ、これ言わないでね。知ったらあいつぐずりそうだから』


 ――やっぱり。だったら裏で陰口なんか言わず直接それを私に言えばいあのに。


『やーい、お化け女! お前父ちゃんに捨てられんだってな!』

『お前気持ち悪いんだよ! その顔隠してこいよな!』

『うっわ、泣いてやんの。くそだっせーな』


 ――うるさい。そんなこと私が一番よく知っている。


 だけどだけど、何より一番許せないのはこれだけのことをされてもヘラヘラと苦笑いして怯えてばかりな、妄想に逃げることしか出来ない弱くて醜い私自身で……。


『あなたの憤怒、この私が晴らしてさしあげましょう』


 その時、私は翡翠色の結晶が禍々しい色に染まっていくのを見た。




◇◇◇



「はあっ!」

『ギ……ギギ……ヨロ……シ、シク……』


 残った1体の鳩尾に渾身のパンチを叩き込み沈黙させると俺は周囲を見回す。

 もう敵の気配は感じられない。だったらこれ以上ここに長居する必要はないな。


「京里、大丈夫か?」

「は、はい、私は大丈夫です」

「……わかった。ならこの奥へ進もう」


 京里の様子を確認した俺は念のためにお互いに『治癒魔法』を発動してから異空間の奥に向かって探査ドローンや式神を放ちながら歩いていく。

 そうして暫くすると、俺たちはこの異空間の端にたどり着き――本来教室の中に存在するはずがないものを目撃する。


「これは……階段、でしょうか?」

「だろうな。さてどこに繋がっているのやら」


 巨大な陥没穴の奥底に向かって伸びている石造りの階段にドローンのスポットライトを向けるが、その光は僅か10センチ程度先のものしか映せない。

 続いて『水魔法』で探索ドローンを飛ばしてみるが、10数メートル降下した時点で一切の反応を示さなくなる。

 ……他に道がない以上どうやら直接この階段を降りるしかないようだな。


「ここを降りて一番下に何があるか直接見てこないといけなさそうだ。大丈夫か?」

「私は大丈夫です。……行きましょう」


 俺たちは互いに暗闇の中で逸れてしまわないよう、手を繋いで慎重に一歩ずつ、ドローンのスポットライトで照らされた階段を降りていく。


「……修君はこの異空間が発生した原因は何だと思いますか?」


 一体どれだけの時間が経っただろうか。

 肉体的な疲労はないが真っ暗闇の中を延々と降りていくことに精神的な疲労を感じつつあると、唐突に京里がそう尋ねてきた。


「生駒先輩の能力の暴発が原因、だとは思うけどそれがどうしてこのタイミングで起きたのか分からない」

「と、言いますと?」

「……先輩は2日前から連絡が取れなくなっていただろう? もし能力が暴発するとしたらその前後に起きていたはずだ」

「それは……、生駒先輩が能力が暴発しないよう必死に抑えこんでいたけど限界がきたとは考えられませんか?」

「それが可能ならこれまでの能力の暴発の幾つかは防げたんじゃないか? 俺にはこの能力の暴発には何かしらの意図があるように思える」


 ――まあ結局はこの大穴の奥にあるものを直接見ないことには何も分からないだろうけどね。

 最後にそう付け加えて会話を一旦打ち切るが、俺の頭はなぜこの現状が発生したのかについての思考を止められずにいた。


 生駒先輩を悪意ある扱い方をしていた人間が大量に集まる文化祭のタイミングで「妄想を現実にする能力」でこんな異常現象を発動させたということは復讐としか思えないし、もしそれが出来るというのなら先輩は能力をコントロールする力があった、あるいは習得したということになる。

 実際にはコントロール出来ていたけどそのことを隠していたというのは考えにくい。

 仮にそうだとしたらもっと上手く能力を行使していたはずだ。例えば悪意ある扱い方をされないようにするとか。

 ではコントロールする力をここ最近習得したのかというとそれも微妙な感じがする。


(となるとアリシアが以前言っていた異能を持った第三者が生駒先輩の妄想を現実にしていたのか?)


 そんなことを考えているとドローンに搭載されたスポットライトは階段ではなく石畳の床を照らすようになった。

 ……どうやらこの大穴の一番底にたどり着いたようだ。


「京里、念のために戦闘の用意を……!?」


 そう警告を促してからドローンのスポットライトを前方へ向けようとすると、突然周囲の空間が一斉に発光し始める。

 それに反応して即座に空中に無数の氷の槍を生成しつつ、ドローンのスポットライトを消すとそこにあったのは……。


「ここは……マンションの部屋?」

「そうだと思いますけど、これは……」


 俺たちの前に広がっていたのは天井や床の一部が崩れたマンションの1室――恐らく玄関だと思われる――で、その隙間からは校舎を覆っていたものと同じ濃霧が見える。

 また照明は疎らではあるがそれなりの光量で灯っていてドローンのスポットライト無しでもある程度の視界は確保されていた。


「いつどこから奇襲されるか分からない。注意して進もう」

「はい」


 そうして俺たちはまずはリビングと思われる場所へと伸びている廊下の左右にある扉を慎重に開く。

 一方は物置、もう一方は洗面所で特別注意を引き付けるようなものはない。

 探査後は念のために『水魔法』でスライムを生成し、後から敵が現れて奇襲されることのないようそれぞれの扉を封鎖する。

 これにどれほどの効果があるかは分からないが、それでもやらないに越したことはないだろう。


(問題はここから先だな……)


 俺はいつでもドローンを盾に出来るようにしながら慎重に扉を開ける。

 扉の先は予想通りリビングで崩壊の具合は玄関とは比べ物にならないほど酷い状態となっていた。

 観葉植物は枯れ、カレンダーは破かれ、タンスは倒れ、ソファーは中の素材が全て溢れるほどぐちゃぐちゃに乱されており、テレビは文字通り木っ端微塵になっている。

 唯一原型を保っていると言えるのは濃霧に覆われた影響で外の景色を写していないベランダの窓ガラスとリビング中央にあるガラステーブルくらいだ。

 そのガラステーブルの上には紙が散乱していた。


「…………」


 俺は紙に対して『ディスペル』を発動してからそれを手に取る。

 紙には『どうして?』『いやだ』『やめたい』『逃げたい』といった文字がびっしりと書かれてあった。


(『鑑定』)


――――


対象:大学ノートから破り取られた紙

効果:紙に書かれた文字を視認した者に意識混濁の症状を引き起こす効果がある。

状態:『ディスペル』により不活性状態にある。

補足:効果はイカイ水晶【呪】によって付与されている。また文字は生駒樹里の思念を読み取り転写してある。


――――


 表示された『鑑定』結果に思わず目を見開く。

 イカイ水晶。あのヒーロースーツ事件で回収した起源不明のアイテム。

 それがこの事件に関わっているというのか?


「っ!?」


 そんなことを考えていると、突然ベランダの窓ガラスがひび割れリビングの半分が文字通り吹き飛ぶ。

 続いて周囲の濃霧が凄まじい勢いの風で急速に取り払われていく。


「……なんだよ、これ」


 霧が晴れて視界がさらに明瞭になると、ベランダの窓ガラスの向こう側にあったモノが露になる。


 無数の木の根のような触手で空間全体を覆い、見るからに禍々しいオーラを漂わせた巨大な翡翠色の水晶。

 そしてその中心にあったのは―――。


「生駒先輩!」


 それが目に入ると京里が悲鳴のような叫び声をあげる。

 ――水晶の中心には目を閉じて胎児の姿勢で浮かぶ生駒先輩の姿があった。


『……aaaaAAAAAAAA!!』


 水晶の中に閉じ込められた生駒先輩の視線が俺たちへ向けられると、水晶は激しく振動し甲高い声を上げ、触手を使ってこの異空間に入って最初に遭遇した巨大人形の化け物や黒い人型の実体をこの場に呼び出し、それらをマリオネットのように操り始める。


(『鑑定』)


――――


対象:イカイ水晶【呪】

効果:生成者にこれを直接所持している者の思考を読み取れる能力を与える他、所持者の周囲で遠隔でスキルを発動させることが出来るようになる。

また一定回数の遠隔でのスキル行使により水晶自体に自衛能力を付与できる他、所持者の自我をコントロールできるようになる。

補足:異界から魔力を抽出し、所有者のスキル発動に必要なMPを肩代わりする。

また水晶を喪失すると生成者と所持者とのリンクは遮断され、元々発動していた全てのスキルの効力は失われる。

状態:良。生駒樹里を水晶内に封じ込めている。

現在の所有者は【閲覧不能】。



――――


 なるほど。この異常現象を起こしている元凶はあの水晶ということか。


「京里! あの水晶が元凶だ! あれを破壊すればこの異常現象は収まる!」

「……あれが、元凶。私はどうすれば?」

「これまでと同じように援護を!」

「っ、わかりました!」


 ――さあて、多分これがこの異常空間でのラストバトルだ。

 俺は改めて気を引き締めると、巨大水晶に向かって走り出した。

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