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第110話 文化祭が始まりました 2

「あそこが2-Bの教室か……」


 校舎2階。

 2-Bの教室の窓は全て黒いカーテンで覆われており、さらにカーテンにはジャックオランタンやデフォルメされたお化けを模したイラストが貼られ、黒板側の入り口にはお化けのコスプレをした女子生徒が受付として立っていた。

 パッと見の印象ではドラマや漫画に出てくるようなそこそこのクオリティのお化け屋敷なのだが、お祭効果なのかホットドッグの模擬店ほどではないが、ここもまた結構な行列ができている。


「うわー、怖かったねー」

「ほんとあの仕掛けにはびっくりしたよ」


 出てきた生徒の感想は概ね好評。どうやらそれなりに凝った仕掛けを用意しているようだ。


「とりあえず並ぼうか」

「そうですね。……不謹慎ですけど何だかワクワクしてきました」

「……実は俺もちょっと楽しみになってる」


 本物の幽霊や怨霊を目の当たりにした上に戦ったことがあるというのにこんなお化け屋敷にワクワクするとは。

 自分でもそのことに驚きながら自分たちの順番が来るのを待つ。


「2-B主宰ドキドキお化け屋敷へようこそ! こちらの名簿にクラスと名字を記載してください!」


 恐らく吸血鬼を模した仮装なのだろう、角と牙を生やして赤いマントを羽織った女子生徒が順番が回ってきた俺たちに笑顔で話しかけてくる。

 俺と京里は言われた通り名簿にクラスと苗字を記載し、中に入ろうとしたのだが……。


「あ、ちょっと待って!?」


 吸血鬼の仮装をした女子生徒が名簿を見ると慌てて京里の腕を掴んで話しかけてきた。


「えっと、私に何でしょうか?」

「その、君って文芸同好会の部員だよね? 生駒さんがどこにいるか知ってるかな?」

「生駒先輩、ですか?」

「そう。このお化け屋敷のお化け担当だったんだけど連絡が取れなくて困ってるの。何か知ってたら教えてくれないかな?」


 どうやら生駒先輩はこのお化け屋敷の当番だったらしい。そしてこの女子生徒は生駒先輩と連絡が取れないこと、そして彼女が学校に来ていないことに困っているようだった。


「すみません。私も生駒先輩とは連絡が取れなくて……」

「ああ、そうだったの。ごめんね、呼び止めちゃって」


 女子生徒は苦笑いを浮かべて俺たちから離れていく。


 ……あの反応を見るに文化祭を欠席することを伝えていたのは京里たちだけのようだ。

 だとしたら彼女らにだけ欠席することを伝えた理由は何だ? どうしてクラスメイトと京里たちを区別した?


「修君?」

「あー、悪い。ちょっと考え事してた。すぐ行くよ」


 京里に呼ばれて俺は思考を切り替えるとお化け屋敷の中へと入っていく。

 

「わぁ……」

「へえ」


 教室内は蝋燭を模したライトによって薄暗く、そして怪しげな雰囲気を醸しており、天井から吊るされた黒いカーテンによって出口まで1本道となるような構造となっていた。

 なるほど、確かにこれはお化け屋敷だ。

 そんな凡庸な感想を抱きながら道順に沿って歩いていくと、ふと近くから人の気配を感じる。


『バアアア!!』

「うおっ!?」


 目と口を模した穴を開けられた白いシーツを被ったお化けが突然俺たちの前に飛び出してきた。

 それに驚いて思わず声を上げると、お化けは面白がるような素振りをして黒いカーテンの向こう側へ消えていく。


 いやあ、ビックリした。

 あんなチープな仮装のお化けでも暗闇の中で突然現れたらビックリさせられるもんだな。

 そんなことを思いながら京里の方を見ると、彼女は全く動くことなくただお化けが消えた方を見ていた。


 ……驚いて動けないでいるのか? 京里もこういうドッキリ系には弱いんだな。

 などと考えた俺は彼女を安心させるため話しかけようとしたのだが―――。


「……あの姿は西洋のゴーストを模したもの? いえでも数年前に近畿地方で報告があった新種に似ているような……。やはり怪異と人の集合的無意識には何か関係が……」


 どうやらそれは俺の盛大な勘違いだったらしい。

 京里はカーテンの向こう側にお化けの仮装の元ネタをプロとして真剣に考察していただけだった。


「……京里、後ろがつっかえちゃうからとりあえず先へ進もう」

「あっ、そ、そうですよね。ごめんなさい」


 俺が小声でそう言うと京里はハッとなって頭を下げる。

 ま、まあ、ああいう楽しみ方もあるだろう。

 そう考えると俺たちは改めてお化け屋敷の奥へと向かっていった。










「ありがとうございましたー! よかったらアンケートへの回答お願いしまーす!」


 2-Bの教室を出ると今度はフランケンシュタインの怪物を模した仮装をした男子生徒が笑顔でアンケート用紙とペンを渡してくる。

 内容は「この展示物は満足できたか?」「どの仕掛けが一番ビックリしたか?」などといったものだ。

 俺は「とても満足できた」「最初に飛び出してきたお化けが一番ビックリした」とすらすら回答を埋めていく。


「書き終わったらこちらの箱に入れてくださーい」


 そして書き終わったタイミングを見計らって先ほどの男子生徒がデフォルメされたお化けが書き込まれた箱を突き出してきた。

 言われた通りそれにアンケート用紙を入れると俺は京里を見る。


「……ビックリした。……この場合のビックリしたは単純に驚いたという意味ですよね。……それだと……」


 お化け屋敷の中でずっと仕掛けの元ネタについて考察していた彼女はアンケートにどう答えればいいか悩んでいるようだった。

 それを見て「これは時間がかかりそうだなあ」と考えながら、俺は意識を周囲にいる2-Bの生徒へと向ける。

 俺は校内に予め展開しておいた『水魔法』で生成したドローン、それに仕掛けた聴音機能で彼らの会話内容を盗み聞きさせてもらうことにした。


「……ねえ、私たち模擬店とか屋台に行きたいんだけど」

「……生駒がいねえんだから我慢してくれよ。俺だって早く上がりたいんだから」


 やはりと言うべきか、彼らは生駒先輩の突然の欠席に若干パニクっているようだ。

 何の連絡もなく担当予定の人がいなくなればそうなるのも無理はない、が……。


「……生駒ちゃんに押し付けられたから文化祭は楽できると思ってたのに……」

「……しっ、他の人に聞こえたらヤバイよ。後輩もいるんだし」

「……でも実際キツいよね。面倒ごとは全部生駒にやってもらってたから」


 ……嫌な話を聞いてしまったな。

 どうやら2-Bの生徒は生駒先輩を便利な雑用係として扱っていたようだった。

 そしてその生駒先輩が無断欠席したことで彼らの間で若干の問題が発生しているようだ。


(お化け屋敷自体は面白かったんだけどなあ……)


 とりあえず知りたいことは知れた。京里がアンケートを書き終えたらさっさとここを立ち去るとしよう。

 そう考えていると、お化け屋敷の中から最初に出て俺たちを驚かそうとしてきたお化けの仮装をした生徒が現れた。

 お化けは白いスーツを脱ぎ捨てると中から女子生徒が現れ、フランケンシュタインの怪物の仮装をした男子生徒に詰め寄る。


「ねえ! 木寺たちまだ!? もうあたしの担当時間終わってるんだけど!?」

「お、おい、原田、ここで脱ぐなよ……。つか木寺たちなら仮装してさっき入っていったけど」

「はあ!? あいつらどこにもいなかったわよ!?」


 どうやらあの女子生徒はお化け役の交代予定の相手が来なくて怒っているらしい。

 しかし男子生徒によればその生徒たちはお化けの仮装をして入っていったようだ。


 まああの暗闇なら見失ってもおかしくはないか。


「あの、ごめんなさい。アンケートを書いたんですが……」

「ああ、すみません! こちらの箱に入れてください」


 と、そこでアンケートを書き終えた京里が男子生徒の元へ向かうと、彼は申し訳なさそうな表情を浮かべながら収集箱を持ってくる。

 女子生徒もようやく俺たちの存在に気づいたのか、やや恥ずかしそうに「もっかい探してくる」と小声で言って教室の中へ戻っていった。


 さて次はどこへ行こうか、と考えてパンフレットを取り出そうしたその時――。


『ズズズズズ……』

「きゃっ!?」

「な、なんだ!?」


 突然巨大な何かが引きずられるような音が聞こえてきて、それと同時に校舎全体も激しく揺れる。

 地震かと思いとっさに京里を庇いながら辺りを見回す。


「お、おい……! 何だよ、何が起きてるんだよ……!?」

「な、何よこれ……!?」

「修君……、これは……」

「っ……」


 やがて生徒たちの視線はお化け屋敷……だったと思われるものへと向けられる。


 公衆電話ボックスや道路標識や電柱に電車の踏切、本棚やバスケットゴールに滑り台やブランコやテレビが乱雑に融合したものが置かれた異空間。

 そしてその空間へと通じるゲートが教室と置き換わる形で出現したのだ。



◇◇◇



「やられたわね……」


 アリシアは自身が通う学校の前でそう呟くと、どうしたものかとその場で考え込む。


 生駒樹里の能力の暴発を未然に阻止する。

 そのためアリシアは文化祭に参加せず彼女を探すため部下と共に街を探索していたのだが、それ故に発生していたあまりにも規模が大きすぎるその“異変”に気づくことが出来なかったのだ。


「これはアリシア様。あなた様もお気づきになったようですね」


 考え込むアリシアの前に伊織修が鹵獲して改造運用している人形【茨】が現れる。


「……彼とは一緒に行動していなかったのね」

「はい。私は主様から生駒様の様子を確認するよう仰せつかっておりましたので」

「そう、それでこの異常事態に巻き込まれずに済んだと」


 伊織修は安全だと言ってはいたが元が出処不明の存在、油断することはできない。

 アリシアは警戒を維持しながら茨から情報を引き出すと、改めて自分の前にあるそれへと視線を移した。


 ――自分が毎日通っている学校の校舎。

 しかしそれは見せかけの姿でしかない。


「……」


 アリシアは改めて校舎へと入ろうとするが、その瞬間校門前へと強制的に戻されてしまう。


「学校そのものを異空間へと置き換える(・・・・・)。これほどの能力、主様でも発動できないでしょうね」

「あら、彼ならこの程度のこと出来そうな気がするけど」

「ふふっ、アリシア様は主様を大変高く評価されているのですね」


 茨にそんな軽口を叩くことで平静さを取り戻すと、とりあえずの対処プランを組み立てていく。

 

(まずは周辺地域の封鎖、それと関係者への記憶処理と情報改竄ってところかしらね)


 今の自分たちには住民の退避や情報偽装しか出来ない。

 この未知の異空間―――恐らく生駒樹里の能力の暴発の産物なのだろうこれは内部に取り残されてしまった伊織修にしか解決することは出来ないだろう。


「茨、あなたにはわたしに付いてきてもらうわ。現状あなたの存在でしか異空間内部の彼が生存しているかどうかは分からないから」

「承知しました」


 茨にそう告げると、続いてアリシアは自身の部下に隠蔽と偽装、隔離を行うよう指示する。

 この大異変が一刻も早く終結することを強く願いながら―――。

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