第109話 文化祭が始まりました 1
新年あけましておめでとうございます。
今年も何卒よろしくお願いいたします。
「おはよう。京里」
「おはようございます。修君」
文化祭当日の朝、いつもの公園でお互いカバンを持たず制服姿で待ち合わせた俺たちは軽い挨拶を交わす。
互いに楽しみにしていた文化祭がようやく始まる、だというのに京里の表情は暗い。
「やっぱり生駒先輩とは連絡は取れなかったか?」
「……はい。メッセージを送っても既読マークもつきませんし、電話をかけても電源が切られているのか着信拒否されているのか分かりませんが出てもくれません」
今から2日前、俺たちと生駒先輩との連絡は全て途絶してしまった。
それまでは能力に関する雑談や推しの布教をされたりと順調に関係を出来ていたし、茨との関係も俺なんかとは比べ物にならないほど密接なものになっていた、と思っていたのだが……。
さらにどういうわけか追跡・探知魔法にも引っ掛からないでいる。
これはどう考えても異常状態が起きていると見るべきだろう。
……しかし。
「とりあえず茨を生駒先輩の家に向かわせたから今はその報告を待つしかないな」
「……そうですか。生駒先輩、何事もなければいいのですが」
……やれることが殆ど限られているとはいえ、この暗く落ち込んだ状態は良くないな。
俺はこの重い空気を変えようと京里の手を握ってこう言った。
「し、修君……?」
「改めて言うけど今の俺たちに出来るのは茨からの報告を待つことくらいだ。だったらそれまでの間はできる限り文化祭を楽しもう」
「……そう、ですね。折角の文化祭ですし、少しでも楽しまないと損ですよね」
ようやく京里にいつもの雰囲気が戻ったことに一安心すると俺たちは駅へ向かって歩き出した。
◇◇◇
「おお、こりゃ凄いな……」
学校に着いて早々、俺は派手に彩られた校舎を見て思わずそう呟く。
グラウンドや駐車場には模擬店などが立ち並び、校舎自体には横断幕や風船などが取り付けられカラフルなものとなっており、そして出歩く生徒はこれまたド派手な仮装をしていた。
「凄いですね。皆さん本当に楽しそうで……、まさにお祭りという感じですね」
「だなあ。こういうイベントに出るのは初めてだけどここまで派手だとは……」
俺が再び感嘆の声をもらすと、京里は首を傾げる。
「修君はこれまでこういったイベントに参加したことがなかったんですか?」
「ああ、俺の親は少し前まで転勤族で文化祭とか運動会の時期は引っ越しの準備とかで出られたことがなかったんだよ」
「ではこの町にずっと暮らしていたわけではないと?」
「えーっと、引っ越してきて大体2年ちょっと、かな?」
「そうだったんですか。ちょっと意外です。修君、クラスの人とすぐに馴染んでいましたから」
「あれは廉太郎とよく一緒にいるからそう見えるだけで素の俺は結構な陰キャだよ」
「インキャって何ですか?」
「……京里とは一生縁がないものだよ」
「???」
そんな他愛のない雑談をしている内に俺たちは3年生がやっているホットドッグの模擬店へとたどり着く。
ホットドッグというハズレのない味と片手で食べられる利便性が人気を博したのか屋台の前には結構な行列ができていた。
普段であればこれほどの行列ができている店はスルーするのだが……。
「……!」
テスト勉強会でピザを頼んだ時と同様に顔を輝かせてソーセージが焼かれる様子を眺める京里を見てしまった以上、ここをスルーするわけにはいかないだろう。
「どうする? 結構な時間並ぶことになりそうだけど?」
「……その、出来れば並びたいです」
「じゃ、並ぶか」
「はい!」
俺がそう答えると京里は気持ちのよい笑顔を浮かべて頷く。
とはいえ店員の3年生もてきぱきと作業しているが、この調子だと10~15分くらい掛かりそうだな。
まあその間は京里と雑談でもしていればいいか。
……あ、そういえば。
「物凄く今さらな質問をしていい? 生駒先輩って何年何組なんだ?」
「……確か2-Bだったと思います」
「2-B……」
多分、というか間違いなく偶然なのだろうが、あの事故に巻き込まれたクラスと同じクラスに在籍しているということを知り何とも言えない感情が湧いてきた。
「あの、どうかしましたか?」
「ああいや、何でもない。それより空いたから先に進もう」
そんなことを考えていると京里が不安そうにこちらの顔を覗いてくる。
しくじったな、そこまで心配させるような顔をしてしまったか。
と、内心反省しつつ、京里とまた他愛ない雑談をしながら行列を待ちようやくホットドッグを買う。
業務用のパンにソーセージを挟み、市販のケチャップとマスタードをかけただけのシンプル極まりない普通のホットドッグ。
作ろうと思えば家で簡単に作れるようなものだが。
(材料とか腕とか関係なくこういうイベントで食うやつは大抵旨いんだよなあ)
列を出た俺はアルミホイルに包まれたホットドッグを一口食べて心からそう思う。
「おいしい……、これ本当においしいです!」
京里も大満足だったようで、ホットドッグを夢中で食べ進めている。
そんな京里の姿に「これを見られただけでも来た意味はあった」と感じながら俺は文化祭のパンフレットをポケットから取り出した。
さて次にどこに行こうかなと眺めていると、校舎2階のある模擬店が目に留まる。
「修君。次はどこに行きますか?」
「京里さえ良ければ2-Bが出してるお化け屋敷の模擬店に行ってみたいかな」
「……それは生駒先輩の能力の調査も兼ねて、ですか?」
「それもあるけど本命は生駒先輩の人間関係を知ることかな」
「人間関係?」
「クラスの中でどう思われているのか。普段どう過ごしているのか。それが能力の暴発に関与しているのどうかを知りたくてさ。先輩の教室に行ける機会なんて早々ないし行ってみたいなと思ったんだ。ダメかな?」
自分で言うのもアレだが俺と京里が付き合ったことは学校中で結構な騒ぎになった。
にも関わらず茨からの報告によれば生駒先輩はそのことを“知らなかった”ようだ。
「単純に生駒先輩がその手の話に興味がなかった」は話題の中心が同じ同好会に所属している後輩である以上、その可能性は皆無と言っていいだろう。
となれば残る可能性は教えてくれる人間が周りにいなかったというもの。
それが人付き合いの悪さからくるものなのか、それとも虐めなどでクラスで孤立しているからなのか。
そういったことを確認して普段の生駒先輩が抱えているストレスがどういうものかを確認しておきたい、それが俺の目的だった。
「わかりました。それなら早速行ってみましょう」
ホットドッグを食べ終えた京里は、俺の説明を聞くと納得したように頷く。
というわけで俺たちは次の目的地、2-Bでやっているお化け屋敷に向かって歩き出した。
◇◇◇
―――同時刻。
「確かここでしたね」
伊織修に命じられて茨は生駒樹里が住むマンションを訪れていた。
マンションはオートロック方式で部外者はエントランスで弾かれてしまうのだが……。
「この程度造作もありませんね」
茨は自らに付与された『設計』『鍛冶技巧』を使いオートロックを解除するための道具を作成し、堂々とマンションの中へと入っていく。
そのまま茨は障害らしい障害に出くわすことなく生駒樹里の部屋へとたどり着いた。
そうして茨はまた同じように部屋に入るための鍵を作成して中へ入る。
「これは……」
生駒樹里の住む部屋は完全に無人だった。
それだけなら単に住人が外出していったとしか思わないだろう。
問題は本当に直前まで生活の痕跡があったということだ。
テーブルに置かれているティーカップの注がれたコーヒーや朝食なのだろうトーストからは湯気が立っており、テレビやエアコンの電源も切られておらず、財布やスマホも室内に置かれたまま。
それは本当に突然この部屋の住人が消え失せたようだった。
茨は部屋中をくまなく探索して生駒樹里の痕跡がないかを探すが全て空振りに終わってしまう。
これ以上ここにいても意味はない。
茨の思考回路はそう判断し主である伊織修にそのことを報告しようとする、が。
「……繋がらない?」
まず『感覚共有』で思考回路を繋げようとしたのだが、どういうわけかスキルが遮断されてしまう。
次に電話をかけるがこちらも『自動メッセージ』が流れるだけで繋がる気配はない。
最後に『追跡・探知魔法』を使って主たちが今どこにいるのかを調べるが……。
「これも繋がらない?」
茨はこの部屋の住人と同様に前触れもなく突如として消失しまっていた。




