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第104話 文化祭の準備が始まりました 7

「ふぅ、こんなもんでいいかな」


 土曜の朝、家の掃除を済ませた俺は冷蔵庫から取り出した麦茶をコップに注ぎ一服する。

 やはり父さんは仕事で帰ってこれないようで、佳那については昼飯代を奮発して渡し、夕方まで帰ってこないようにと言いつけてから剣道の道場へ見送った。


(そろそろ出るか)


 現在時刻は朝の8時30分。

 待ち合わせ時間は9時だが、このまま家にいても京里のことが気になって落ち着けない。

 なら少し早いけど待ち合わせ場所に行ってしまおう。

 俺は早速外着に着替え、スマホと財布をポケットに押し込み外に出る。


「あっちー……」


 暦の上ではもうとっくに秋なのだが、外の気温は真夏日とそう大差のないものだった。

 俺は『風魔法』と『氷結魔法』を発動して服の中を冷房を効かせた部屋と同じ状態にすると駅に向かって歩き出した。




◇◇◇



 京里が手を繋いで登校したあの日、俺たちが付き合っていることは瞬く間に学校中の生徒に知られ、校内のあらゆる場所で視線を感じるようになったり、お互い同性の生徒からどうやって付き合うようになったのか、いつからそこまで親しい関係になったのかなどとひたすら質問責めに合うことになった。

 何せ才色兼備で人当たりの良い性格から学園の天使様と呼ばれ、一部の男子生徒が非公式のファンクラブを結成するほどの美少女と、パッとしないモブキャラ同然な奴が突然付き合い始めたんだ。あいつらが気になるのもある意味当然のことだろう。

 しかし関係を持つようになった理由を正直に説明することは出来ないので、俺たちは質問の嵐を受け流すしかなかった。


(あれは本当に大変だったな……)


 もう二度と経験したくないトラウマにげっそりとした気分になりながら歩いていたら、いつの間にか駅前にたどり着いていたようだ。


 一応休日の朝ということもあってか、駅前の広場にはデートの待ち合わせてでもしていたのであろう男女がイチャイチャしていた。

 つい先週まではあんな人たちを俺のようなモブとは生きる世界が違う生き物だと思っていたんだよな、なんてことを考えながら待ち合わせの目印にした駅前広場の時計が埋め込まれたモニュメントに向かって移動する。

 ……まだ待ち合わせの時間まで少しあるな。今のうちに英単語でも覚えておこう。

 そう考えてスマホを取り出そうとして――。


(ん? あれは……)


 モニュメントの前、そこにはやや大きめなベージュの手提げカバンを持ち、透け花柄のワンピースにショートブーツと夏らしい格好をして腕時計をチェックする見慣れた女の子の姿があった。


「京里? 待ち合わせまでまだ時間があるぞ?」

「えっと、その。家にいても何だか落ち着かなくて……。修君は?」

「えーっと、大体京里と同じ理由、かな?」


 どうやらお互い待ちきれなくて早めに待ち合わせ場所に来てしまったようだ。

 それを理解してお互い思わず笑みが溢れる。

 

「ならちょっと早いけど家に行こうか。それにこんな暑い場所にいつまでもいたくないし」

「そうですね。案内お願いします」

「と、そうだ。カバン持つよ。こんな暑い中、重いもの持って歩くのはキツいだろ」

「でもそれだと修君に迷惑が――」

「こんなの迷惑でも何でもないって。……あと俺にも格好くらいつけさせてくれよ」

「……じゃあお願いしますね?」


 京里は申し訳なさそうな顔をしながら俺にカバンを手渡す。


「あ、中にお菓子が入ってるので乱暴に持たないでくださいね」

「お菓子?」

「はい。修君とご家族の皆さんで食べていただこうかな、と」

「おお、わざわざありがとうな。それじゃ、改めて行くとするか」



 俺は京里と手を繋ぐと、一緒に自宅に向かって歩きだす。

 監視用ドローンから『感覚共有』で送られてくる映像に異常はない。それならあまり肩肘を張らなくてもいいか。


「あの、今さらなんですけど今日修君のご家族の方は」

「みんな出掛けてるから夕方の5時まで俺たちだけだよ。と、そうだ。これも今さらな質問だけど昼飯どうする?」

「……どうしましょうか。修君の家の食材を勝手に使うわけにもいきませんし……」

「それは別に気にしなくてもいいんだけど……。でも料理して後片付けするのは面倒だし、かといってまたこの暑い中食べ物を買いにいくのは面倒だよな……」


 いや待て。せっかくの機会だし久しぶりにアレを頼んでみるのもアリじゃないか?

 ちょうど今UMA退治のアルバイト代が手元にあるし。


「……出前でピザでも頼んでみるか? 待ってるだけでいいし、後片付けも楽だし」

「ピザですか!? あの生地にチーズと具材を乗せた!?」

「あ、ああ、そのピザだけど……。もしかして嫌いだったか?」

「い、いえ。苦手ではありません。というかその、今までそういったジャンクフード? を口にする機会がなくて……」


 ああ、あの家じゃジャンクフードとか食べる機会なんてなさそうだし、牛鬼退治の後に介抱された時に出された食事も健康にめちゃくちゃ気を遣ったものだったもんな。

 

「だからその、あの家から解放されたからかピザやハンバーガーに凄く興味がありまして……」

「わかった。なら今日の昼飯はピザで決定だな」


 そんな雑談をしている内に俺たちは目的地に着く。

 うん、父さんの車はないし、佳那が帰ってきた痕跡もないな。


 家に誰もいないことを確認した俺は玄関の扉を開く。


「ほんと何もない家ですけど、どうぞお入りください」

「お、お邪魔します……」


 俺も京里もかなりギクシャクした様子で家の中に入る。

 ここに引っ越して2年弱。自分の家だとそれなりに思えるようになっていたのだが、普段いない人がいるとまるで他人の家のように思えてしまう。


「とりあえずリビングで休んででくれよ。あ、飲み物何がいい?」

「えと、何でも大丈夫です」

「わかった。なら麦茶でも持ってくるよ」


 そう言って俺はキッチンへ向かうと冷蔵庫から冷やした麦茶が入ったポットを取り出してコップに注ぐ。

 にしても自分の家に彼女を呼ぶってこんなにも緊張するものなんだな……。

 というかそもそも家に友達を呼ぶこと自体いつぶりだ?

 廉太郎たちと遊ぶ時も基本外だったし……。


 そう考えながら麦茶が載った木目調のトレーを持ってリビングへ向かうと、京里は行儀よく正座していたが隅に置いてある物が気になるようだった。


 あぁ、そりゃあんなのが置いてあったら気になるわな。

 というか普段視界に入れないようにしていたからアレを隠すという考えが頭からすっぽり抜け落ちていた。

 

「京里、お茶持ってきたぞ」

「ぁ、ありがとうございます。いただきます」

「……やっぱアレ気になる、よな」

「正直に言えば……」


 京里が気にして、俺が視線を向けたもの。

 それは仏壇と遺影だ。

 遺影には穏やかな笑みを浮かべた30代頃の女性が写っていた。


「あの、こちらの方は……」

「俺の母さん。5年前に交通事故に遭って死んだ」

「す、すみません。無神経な質問をしてしまって……」

「もう気にしてないからいいよ。それより勉強会を始めようぜ。中間テストまでもう時間はないんだから」

「……そうですね」


 これ以上このことには触れないで欲しいという俺の気持ちを察してくれたのか、京里は視線を勉強道具が広げられたテーブルへと向ける。

 そんな京里の気遣いに感謝しながら、俺は仏壇を遺影ごと白いカーテンで覆い隠した。


 もうあの事故は、いやあの時期(・・・・)のことは二度と思い出したくない。

 そう心の底から強く願いながら、俺は京里の元へ戻った。



◇◇◇




「あー、頭を働かせ続けるのはやっぱ疲れるわ……」

「ですね。そろそろ休憩を取りましょうか」

「賛成。このまま勉強を続けても何も頭に入らなさそうだわ」


 勉強会を始めて大体4時間、物理の範囲をどうにか頭に叩き込んだ俺はシャーペンをテーブルに置くとギブアップを宣言する。

 一方の京里はまだまだ余裕がありそうな様子だが俺に合わせてそう言ってくれた。


 というか教え合いを目的にこの勉強会を開いたわけだが、実際には京里に教えてもらってばかりだ。

 どうやら京里は1年先まで履修内容を先取りしているらしく、テスト勉強も実際は復習のようなもので、京里が欠席していた間に取っておいた俺のノートもその復習のための不足の確認というものにしかならなかった。

 反対に俺はというと京里に付きっきりで分からないところを教えてもらうという到底負担が釣り合わないものになってしまっている。しかもその教え方はとても丁寧なもので、学年最下位の奴でも京里に勉強を見てもらえれば成績上位に入ることもできそうなものだった。

 しかしこれだとノートを見せただけの俺とは到底割に合わないな……。

 ……下手ではあるけど昼飯を奢ってみるか。

 


「ちょっと遅いけど昼飯頼むか。京里、本当にピザでいいんだな?」

「はいっ! それでお願いします!」


 チラリと時計を見てから京里に改めて確認を取ると、よほどピザを楽しみにしていたのか彼女はとても元気よく返事をした。

 それを聞いて俺は宅配アプリを開いてピザ屋の注文ページを開き、それを京里に見せる。


「さ、どれにする?」

「色々とメニューがあるのですね。このハーフやクォーターというのは?」

「別々の味を1枚のピザで楽しめるってやつだよ。ハーフだと2種類、トリプルで3種類、クォーターだと4種類になるって感じだな。あと生地の種類もふんわりした食感のものかサクッとした食感のものか選べたりできるぞ」

「なるほど、これは色々と試されそうですね……」


 真剣な様子でメニューを見入る京里という微笑ましい光景を見ながら俺は思う。


 俺は今もうこれ以上ないくらい幸せを謳歌しているんだ。だから……。



『あの人や佳那と離れてお母さんと一緒に暮らすこと。それが貴方にとって一番の幸せな生き方なのよ』


 だからもう、俺にあの時のことを思い起こさせるな。

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