第101話 文化祭の準備が始まりました 4
「終わったぁ……」
宿題とテスト勉強を終えた俺は伸びをすると、勉強机に置いてあるデジタル時計に目を向ける。
時刻は夜の8時55分。
アリシアに送ったメッセージに対する返信が届いたのはちょうど家についた頃で、電話しても構わないというものだったのだが。
(あと5分……、勉強するにしても暇潰しするにしても微妙な時間なんだよな)
早く伝えておくに越したことはない内容だし、ここはもういっそのことかけてしまおうか?
そう考えた矢先にスマホが着信音を鳴らし始める。そして画面にはアリシアの文字。
向こうも同じ事を考えていたのだろうか、そんなことを思いながら俺は画面をタップする。
「もしもし? わたしだけど、今大丈夫かしら?」
「ああ、問題ないよ」
「良かった、それで相談したいことがあるようだけど?」
「とりあえず俺の話は後でいいよ。それよりお願いが何なのか先に教えてくれ」
「わかった。今チャットアプリに画像を送ったから確認してもらえる?」
言われた通りチャットアプリを開いてみると、そこには夜中に木々をなぎ倒していく巨大な赤い蛇のようなものの画像があった。
「……なんだ、これ?」
「夏頃から一部のオカルトマニアを騒がせている巨大生物の一部。久遠家は大蛇の妖魔だと思っているみたいね」
「大蛇ね、それで俺にこいつをどうしろと?」
「久遠家は元々この妖魔を【選定の儀式】の結果関係なく久遠京里に退治させようとしていた。だけど久遠家の再編が決まったことで予定は白紙に、代わりに退治してくれる退魔士も見つかってないのよ」
「つまり俺にその大蛇を退治してこいって言いたいわけだな?」
「ざっくり言うとその通り。もちろん十分な謝礼を用意しているわ」
十分な謝礼、ね。
京里と付き合うことになったしこれから金が必要になると思いバイトでもしようかと考えていたところだから、アリシアの提案は魅力的ではある。
「わかった、やるよ」
「話が早くて助かるわ。じゃあ討伐日時は―――」
「この電話が終わったらすぐ退治しに行く。思い立ったが吉日って言うだろ?」
俺は宿題を後回しにしたくないタイプなんでな。
終わらせられるなら早めに終わらせるに越したことはない。
「そ、そう。今日ね、了解。わたしの話はこれで全部よ」
アリシアは即断即決即実行にやや引きながらそう返す。
さて、アリシアの話が終わったのならこちらの話をさせてもらうとするか。
「それじゃ俺の方から異能について報告というか相談したいことがある」
「異能について?」
「ああ、単刀直入に言うと異能を持ってそうな人と知り合った。当人曰く妄想を現実にすることができるらしい」
「妄想を現実に……、それはまたとんでもない能力の持ち主ね」
「だけどその人は自分でその異能を発動しているつもりはないし、むしろ勝手に力が発動して迷惑に思っているらしいんだ。こういった意図せず自覚なく能力が発動することってあるのか?」
「普通にあるわよ」
俺の問いかけにアリシアは間髪入れずさらっと答えてみせた。
「というか貴方のように最初から能力を発動できる人の方が少数派。異能力者の大半は無意識に能力を発動していて、自分に特別な力があること、その力の内容について気付くことなく一生を終えるの」
「そういうもの、なのか?」
「ええ、だって大半の異能者はその異能を発動するのに必要なトリガーが何なのか分からないのだから。仮に偶然異能を発動できたとしても、それをもう一度再現することなんて不可能に近いわ」
「なるほど……」
言われてみれば俺はこのゲームのような力を扱うためのヒントを奴から与えられていたようなものだからな。
もし何の前触れもなくそんな力を与えられたところで自力で気付くにはかなりの時間が必要だっただろう。
……いや待てよ?
「その人の能力が暴走? 暴発? するようになったのは夏休みに入ってかららしいんだ。さっきの説明だと自覚なく能力を発動するためのトリガーを何度も引いているってことになる。それっておかしくないか?」
「……確かに不可解ではある。直近でその能力が暴発したのはいつか分かる?」
「■■町駅で時間は……、確か7時20分くらいだったと思う」
「前後含めて確認してみるわ。ちょっと待ってて」
そう言ってアリシア側の音声がミュートになる。
本当に今さらだけどこれだけの情報で確認できるのな。
単に全国あちこちに諜報網を張り巡らしているのか、それとも俺のような異能が協力しているのだろうか。
どっちにしろおっかないことには変わりないな。
なんて考えていると、ミュートが解除されてアリシアの声が聞こえてくる。
「映像を見てきたわ。貴方が言っている異能を持っているかもしれない人は生駒樹里で合ってるかしら?」
「そうだけど今の一瞬でよく分かったな」
「本職だもの、これくらい出来て当然よ。それで今朝のことだけど、確かに異能者が関与している可能性は高いわね。ただ、それが生駒樹里によるものとはまだ断言できないわ」
「というと?」
「異能を持った別の誰かが生駒樹里の妄想が現実になるよう能力を発動している可能性もあるってことよ」
「ああ……」
思えば茨も自分自身が異能力を持っていたわけではなく誰かが異能で操っていた人形だったな。
そうなると誰かが嫌がらせ目的、あるいは余計なお節介で生駒先輩に異能を発動しているっていう線もあるのか。
「他にはこれまで無意識にストッパーをかけていたけど、それが外れて暴走しているってのもありそうね」
「考え出したらきりがないな……」
「まあ、とりあえず生駒樹里についてはわたしたちの方で暫く監視しておくから貴方は気兼ねなく京里さんとイチャイチャしてればいいわ」
ぐっ、やっぱり知られていたか。
というか今朝の出来事を聞いてすぐに確認できるくらいなんだから、俺たちが付き合ってることなんて簡単に把握できるよな。
「……それ他の連中にバラさないでくれよ。絶対に面倒くさいことになるから」
「しないわよ。そんなことしたらわたしたちの仕事が増えるだけだもの」
「なら安心した。他に言いたいことは……その大蛇についての情報が欲しいかな」
「了解、すぐに資料を送るわ」
「助かる。今日は色々とありがとうな、それじゃまた」
「ええ、幸運を祈ってるわ」
そうして通話を終えると、次に俺はスマホに表示された時刻に視線を移す。
(夜の9時25分、案外時間は経ってないな。これなら余裕を持って化け物を退治できそうだ)
現在時刻を確認した俺は部屋の鍵を閉めると、念には念をと自分そっくりの水人形を生成してそれをベッドに寝かせる。
「『空間転移魔法』」
そうして準備を整えた俺は、自分の体をこの部屋からあの山の広場に転送させた。
◇◇◇
「ここに来るのも久しぶりな気がするなぁ……」
牛鬼を倒し、そして色々なスキルの実験場に使っていた頃はあちこちにクレーターがある雑草すら生えないような状態だったのだが、今は一面雑草どころか花すら生えている。
しかし最も俺の関心を引いたのはこの広場に点在する巨大な、それこそタンクローリーが丸々入れそうなほどの大きさの陥没穴だ。
さて、噂の大蛇は山の中でその巨体の一部を目撃されたこと、体は血のように赤く染まっていたこと、そして目撃場所が山の中腹に集中しているということ以上の情報はない。
しかしこの山はそれほど巨大な生物が常に隠れていられるほど広くはない。
となると探すべき場所は……。
「うん、この辺がいいかな」
俺は陥没穴の中でも特に深く抉れているものの近くに立ち頷くと、周囲の石などを素材に『設計』『鍛冶技巧』を組み合わせて生成した先端部にドリルがついたドローンを複数穴を通じて地下トンネルへ潜らせる。
それから少し時間を置いてから破裂機能と、鉄も貫通できる氷の刺を同時に発射する機能を持たせた『水の目』をドリルドローンの後を追うように穴へ忍び込ませた。
それらを確認すると俺はMPポーションの水球を口に含むと、仕掛けが発動するのを待つ。
例の大蛇がもし実在するのなら、奴はこの山の地中に潜んでいるだろう。恐らくあの陥没穴は大蛇が地上に姿を現すか、地下に潜った際にできたものだと思われる。
「お!」
そんなことを考えていると、『水の目』が捉えた地中に潜む赤く滑った巨体が『感覚共有』を通して俺の目に映った。
よし、では始めるとしようか。
俺は近くにいる水の目をその滑った胴体に密着させると、それを盛大に破裂させた。
同時に山全体に地響きが起こり地中から何か蠢くような音が聞こえてくる。
攻撃に驚いてパニックになったのか、それとも怒ったのか、どちらかは分からないが獲物は地下トンネルを猛スピードで移動して出入口を目指す。
だが他の出入口はドリルドローンを使ってその巨体では通過できない程度に埋めてある。
奴が外に出ることが可能な場所はただ一つ、俺の目の前にあるこの陥没穴だけだ。
「……そろそろだな」
地響きは俺の足下を中心により激しいものとなる。
『――――――!!』
そして次の瞬間、大量の土砂を巻き上げながらそいつは地上に姿を現す。
確かにそいつは噂通りその胴体はタンクローリーよりも巨大で、体表は血のように赤く染まっているし、体は細長く伸びている。
しかし奴はそれ以外は蛇とは全く似ても似つかぬ姿をしていた。
その体には蛇にあるべき鱗はなく、それどころか目も耳も鼻もない。
体が細長いこと以外の蛇との共通点はその頭部に口があることとそこから牙を生やしているということくらいだが、それもヤツメウナギのような形状をしておりやはり蛇とは思えない。
(『鑑定』)
―――――
モンゴリアン・デスワーム 530歳 性別:雄
状態:生息地から突然見知らぬ土地に移動させられたため、パニック状態に陥っている。
補足:軽度の栄養失調、また突然の攻撃で興奮状態になっている。
―――――
この山に潜んでいたのは妖怪でもなければ大蛇でもない。
未確認生物の一種、モンゴリアン・デスワームだった。




