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第100話 文化祭の準備が始まりました 3

「あっ、えと、あの、お話したいことがあり、ますので、その部屋に入ってくれませんか……!」


 生駒先輩は明らかににおどおどした様子で俺に『文芸同好会』の部室に入って欲しいと懇願してくる。


「いや、でも部員でもないのに勝手に入ったら―――」

「だ、大丈夫、です! 私が部長なので……!」


 そう言って生駒先輩はポケットから部室の鍵を取り出す。

 というか生駒先輩が部長なのか……。失礼な言い方だが、あまり人の上に立ちたがるような人とは思えないのだが。


「ど、ど、どうぞ……!」


 そうしている間に部室の鍵を開けた生駒先輩が俺に中へ入るよう促す。

 俺に話があると言っているし、元々ここに来る予定はあった。ならここは大人しく生駒先輩の望む通りにしよう。


「失礼しまーす……」


 というわけで俺は春に京里に呼び出された時以来となる『文芸同好会』の部室に足を踏み入れた。

 部屋の中は前回来た時と殆ど変わっておらず、俺と生駒先輩以外に人の姿はない。


「よっ、よければ、これ、どうぞ……!」

「ああ、ありがとうございます。いただきます」


 生駒先輩は自販機で買ってきたのであろう缶コーヒーを俺に差し出す。


 さて、俺はどうしていればいいのだろうかと考えてながら缶コーヒーを飲んでいると―――。


「えと、まずはあの時助けてくれて、ありがとうございました。それと、その、あの場でお礼を言えてなくて、申し訳ございませんでした……」

「いえいえ、俺が勝手にしたことだから気にしないでください」

「……ち、違います! 違うんです! あれは、その、全部私のせいで起きたというか、貴方はただ巻き込まれただけなんです!」


 私のせいで起きた? 巻き込まれただけ?

 気を遣っての発言……にしては引っ掛かるものが多いな。

 少し深掘りしてみるか。


「私のせいで起きた、というのはどういうことでしょうか?」

「……あの、あれは私が妄想したことなんです!」

「はあ、それはどういう……」

「その、多分、というか絶対信じられないでしょうけど、私は自分が妄想したことを本当のことに出来るんです……!」


 自分が妄想したことを現実に……。

 それが本当なのだとしたら生駒先輩は俺と同じ異能持ちということになるけれど。


「……それを自覚するようになったのはいつですか? それと何か変化はありましたか? 例えば変なものが見えるようになったり、突然声が聞こえるようになったりだとか」

「なっ、夏休みが入ってから、です。変化と言えるようなことは、と、特には……」

「さっき自分の妄想したことを現実に出来ると言っていましたが、それはどういう手順で起こしているんですか?」

「て、手順、ですか?」

「例えばそうなるように念じるとか、ゲームでキャラクターに指示を出すようにコマンドを押すとか」

「……そ、そういったことも、ありません」


 自発的に何かをしているわけでもない、と。そう聞かされるとやはり「気のせいでは?」と思ってしまうのだが。


「その『自分が妄想したことを現実にしている』というのは単なる偶然の重なりとかそういうのでは――」

「ち、違うと、思います。私も、その、最初は偶々だとは思いましたけど、何度も自分が妄想したことが現実になりましたし、その内容も普通だとそう起こらないようなことばかりで……。それに、えと、最近は妄想が現実になるまでの時間が早くなって……す、すみません、上手く説明できなくて。私、その、コミュ障ですから……。というか殆ど初対面の方にこんなこと言って、私気持ち悪い、ですよね……」

「そんなことないですよ。俺は貴女のことを悪く思ったりしていませんから」

「あっ、ありがとう、ございます……」


 とは言ったものの、『妄想したことを現実に出来る』という発言については正直まだ信じられない。

 例えば妄想が現実になるまでの時間が早くなっているという発言。俺に当てはめて考えてみればレベルが上がって能力を熟知したということになるのだが。


(でも先輩は異能について完全に無自覚なんだよな)


 俺は同じような異能を持った人間はヒーロースーツ事件の黒幕だった加藤としか会っていないが、生駒先輩の鑑定結果にはあいつのようなレベル表記などはなかった。

 そして何より本人には能力を発動したという自覚はないらしい。


(うん、やっぱり異能関係のことはアリシアに聞くのが良さそうだな)


 何にせよ、今の俺に考えられるのはここまでだ。そこから先は異能関係に詳しそうな者に相談した方がいいだろう。

 そう考えた矢先―――。


「すみません、生駒先輩! 遅れてしまい……え?」


 慌ただしくドアが開かれ、部室に入ってきた少女――久遠京里は謝罪の言葉を述べようとするが、俺の存在に気づいて固まってしまう。


「えーっと、お邪魔してます?」


 とりあえず軽く挨拶をしておきながら、俺は修羅場になりかねないこの状況をどう切り抜けるか脳をフル回転させるのだった。




◇◇◇



「えと、あの、2人は知り合いなのかな?」

「はい、同じクラスで仲良くさせていただいております」


 おどおどした様子の生駒先輩に京里はいつもの『学園の天使様』モードで対応する。

 ……この状態だと怒ってるかどうか判断できないんだよなぁ。そもそも京里っていつも笑顔でいるし。


「あっ、あの、私と彼……って、ああああ!?」

「ど、どうしました?」

「ごご、ごめんなさい! 私、自己紹介すらちゃんとせず命の恩人に馴れ馴れしく話しかけて!?」


 言われてみればこれまでお互い自己紹介も何もせず話し合い、というかお悩み相談に乗ってたんだよな。

 俺も『鑑定』で名前を知っていたから自己紹介したつもりでいたわ。


「く、久遠ちゃん、ちょっと待ってて……!

その、自己紹介が遅れました、生駒樹里(いこまじゅり)と申します……! じ、自己紹介が遅れて、本当にすみませんでした……!」

「ええと、伊織修です。こちらこそ紹介が遅れてすみません。あと自分の方が年下なんで敬語はよしてください」

「い、命の恩人に対して、そ、そんな失礼なことは……」

「あの、命の恩人とはどういうことでしょうか?」


 そんなやりとりをしていると、生駒先輩の口から出た『命の恩人』という言葉が気になったのか京里が質問してくる。


「えと、あの、今朝ガラの悪い人たちに囲まれていたところを、その、伊織さんに助けてもらったんです」

「! 大丈夫ですか!? 2人共怪我とかしていませんか!?」

「いっ、いえ。伊織さんがすぐに駆けつけてくれたので、わ、私は何も……」

「俺もどこも怪我してないよ」

「……そうですか。良かったぁ」


 生駒先輩と俺の言葉を聞いて京里はほっと胸を撫で下ろす。


「ところで伊織君はどうして生駒先輩と一緒にいたんですか?」

「あー、京里のメッセージに『都合が良ければ部室棟に来てください』って書いてあっただろ? だけどいつ始まっていつ終わるのか分からなくて困っていたところを生駒先輩が話しかけてくれて、それで折角だからと部室の中に入れてくれたんだよ」


 “妄想を現実にすることが出来る”という話はあまり公言しない方がいいだろう。

 本当に異能かどうかも分からない、もし仮に異能だったとしてもそれを発動している人間が生駒先輩とは限らない。つまり現状何を言ってもそれは全て憶測でしかないというわけだ。


 俺がそう説明すると京里は「失礼します」と言って自分のスマホを取り出して何かを確認すると、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「ご、ごめんなさい……。時間について連絡するのを忘れていました……」


 まあ、あれだけの短時間であんな長文メッセージを書き込んだのだから文章漏れがあってもおかしくはないか。


「いいよ、気にしてない。それで何時くらいに終わる予定なんだ?」

「ええっと……」


 京里は気まずそうに生駒先輩の方をチラッと見る。


「あっ、その、今日の集まりは毎年の方針を伝えるだけですので、5分もかからない、かと……」

「分かりました、それじゃ俺は部室の前で待ってますね」

「あの、本当にごめんなさい……」

「いいって気にしなくて。生駒先輩、コーヒーご馳走さまでした」

「はっ、はい!」


 そう言って部室を出た俺はスマホのチャットアプリを開く。

 加那からは『わかった』というシンプルな返事が、アリシアへ送ったメッセージにはまだ既読マークがついていない。


(……まあいいか、送ってしまえ)


 俺はアリシアに『状況が変わった。夜9時に電話させて欲しい』と新たにメッセージを送る。

 それから残った缶コーヒーを一気に飲み干すと、空き缶を捨てに部室棟入り口にあるゴミ箱へ捨てに行く。

 

(……にしても、また何か大変なことが起こりそうだな。俺って厄介事を呼び寄せやすい体質だったりするのか?)


 そんなことを考えながら深くため息をつくと、俺は再び部室棟の中へ戻る。


「そ、それじゃあ、中間テストが終わったら、その、よろしくお願いします……」

「わかりました。他に何か指示があるようでしたら」


 と、どうやらちょうど話し合いが終わったようだ。

 生駒先輩は京里に頭を下げると、やや駆け足気味に部室棟の外へ出ていく。


「……終わったのか?」

「はい。文芸同好会が毎年出してる雑誌と文化祭のパンフレットの手伝いをして欲しいと頼まれました。それと雑誌は文化祭のパンフレットと一緒に出すらしいので、当日は好きにしていいとのことです」


 文化祭当日は自由にしていいと言質を取れたからなのか、京里はとても満足そうに話す。

 一方、俺はというと罪悪感に心を蝕まれていた。


「そ、そうか。それは良かった」

「……あの、どうかしましたか? 何だか不安がっているように見えますが……」

「え!? そ、そういう風に見えるか?」

「はい、とても」


 どうやらスキルを使っていない時の俺は自分が思っている以上に感情が顔に出てしまうらしい。

 これはもうどうしようもないか、そう諦めた俺は白状することを決めた。


「……付き合ってまだ1日も経ってないのに他の女の子と2人っきりでいるって、とんでもない裏切り行為だよなって考えてたんだ」

「? どうして裏切りになるんですか?」

「いやだって、普通浮気とか疑うもんだろう? もちろんそんなことは断じてしてないけど」

「うわき……?」


 京里は俺が言っていることの意味を本当に理解していないようだ。

 ……あ、もしかして!


「あのさ、京里って少女漫画とか恋愛ドラマを見たことってあるか?」

「いえ、これまでずっと『立派な久遠の当主にならなくてはならない』と考えていたので、そういった娯楽物には一切触れてきませんでした」

「マジか……」


 京里が浮気を疑っていないというのは安心できたが、それはそれとしてまた別な不安要素が出てくる。

 思い返してみれば、彼女の部屋にテレビや漫画は置かれていなかったし、連休最終日の話の内容的に高校に上がるまで箱入り娘状態のようだった。

 それに久遠家の婚姻は政治的なものが強いようだし、そういったことを考えると京里は恋愛に関しては何も知らない、のかもしれない。


「わかった。今度妹が持ってる少女漫画を何冊か貸すよ」

「ありがとうございます……?」


 京里はあまりよく分かっていない様子でお礼を言う。

 これが京里の人生の役に立つかどうかは分からないが、もう自由の身なのだからこれからはもっと気楽に生きてもいいはずだ。


 そんな会話をしている内に俺たちは部室棟を出てしまう。

 生徒はもう殆ど残っていないが、それでも下校中のクラスメイトに鉢合わせてしまう可能性はあるので京里とはここでお別れだ。


「それじゃ、この辺で。明日の朝はどうしたらいい?」

「……出来ればまた一緒に登校したい、です」

「わかった。なら今朝と同じ場所で」

「はい!」


 そうして京里と別れた俺はそのまま真っ直ぐ家路につこうとして―――。


「ん?」


 突然スマホが振動したのでポケットから取り出してみると、スマホの通知に新着メッセージが届いたことを知らせる表示が出ている。

 何だろうと思いながらアプリを開くと、そこにはアリシアからの簡潔なメッセージがあった。


『貴方にお願いしたいことがある』

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