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第98話 文化祭の準備が始まりました 1

「あれ、もう出るの?」


 時刻は朝の7時を少し過ぎた頃、有り合わせの食材で作った簡単な朝食をとり制服に着替えた俺を、妹の佳那は目をこすり欠伸をしながら声をかけてくる。


「ああちょっと約束があってな。朝飯は冷蔵庫に入れておいたからそれを食べてくれ」

「わかった。それじゃ、いってらっしゃい」

「いってきます」


 靴紐を結び終えた俺は家を出ると、いつものように近くにある人気の少ない路地裏に移動し、そこで『空間転移魔法』を発動した。

 次の瞬間、俺は人気の少ない路地裏から昨夜京里と待ち合わせをした寂れた公園へと転移する。

 そのままベンチへと移動し、ソシャゲで時間を潰していると俺と同じ学校の制服を着た女の子がこちらに駆け寄ってきた。


「すみません、お待たせしました」

「俺が勝手に早く来てただけだから気にしなくていいよ。そもそもこれも俺のわがままから始まった話なんだし」

「……そういうものですか?」

「そういうもの。ほら、細かいことは気にしないで駅に行こうぜ。遅刻とかしたら厄介だし」

「は、はい!」


 俺はベンチから立ち上がると京里と連れ立って近くの駅へ向かって歩き出す。


 俺が早めに家を出た理由、それは至極単純で京里と少しでも多く一緒に過ごしたいからだ。

 今さら言うまでもないことだが、京里はうちの学校で一二を争う美少女。そんな彼女が俺なんかと一緒にいたら間違いなく厄介ごとに巻き込まれる。

 というわけでまず平日は登校時に少しでも多く一緒にいられるようにしよう、それが現状の俺たちの方針だ。

 この辺りはうちの学校の生徒も少ないから京里が俺なんかと歩いていても目撃されることはほぼない。

 仮に見つかったとしてもその時は『認識阻害魔法』で黙らせるだけだ。


「……伊織君と朝から一緒にいるのって、何だか新鮮ですね」

「言われてみれば学校以外で会うのは夕方とか夜とかが多かったな」


 そんなことを考えながら歩いていると、京里が恥ずかしそうにそう話しかけてきた。

 いやまあ付き合ってもなくて登校ルートも全く違う男女が朝から一緒にいる方がおかしな話なんだが。

 こうして互いに好きだということを自覚した上で一緒にいると、何というかこうIQが下がったような感じがするな……。

 

「ところで何だけど、その俺の呼び方はこれまで通り“伊織君”なのか?」

「駄目でしょうか……?」

「いや駄目っていうわけじゃないけど、俺は下の名前を呼び捨てにしてるのに京里は名字で、しかも君付けで呼んでるのはちょっと気になって……」


 自分でも子供っぽいことを言ってるのは理解しているが、それでも気になって気になって仕方がないんだ。

 そんな自分の抑えきれない感情に悶々としていると、京里は顔を俯かせて深呼吸をして―――。



「な、ならこれからは修君と呼んでもいいですか……?」


 と、頬を赤らめながら上目遣いで俺の名前を呼んだのだ。


 その時の京里があまりにも可愛らしくて、俺は完全に言葉を失ってしまった。


「―――」

「あ、えっと、流石に踏み込み過ぎましたかね!? ご、ごめんなさい!」

「いや、違うんだ! その、俺の名前を呼んでくれた時の京里が凄く可愛くてつい……」

「え、……え?」


 京里は驚いた、というよりも困惑した様子でその場に立ち止まってしまう。


 やってしまった、もうちょっと段階ってものがあるだろ! 俺!

 そう激しく自責しながら場の空気をどうにかしようとするが、どんな話を振ればいいか分からず互いにギクシャクしている間に、俺たちはとうとう駅にたどり着いてしまう。


「そ、それじゃ私は先に行きますね……?」

「あ、ああ。学校でまた会おう」


 一緒に登校すれば騒ぎになる。そのため京里が先に学校に向かい、俺は節約のため後から『空間転移魔法』で学校にむかうという手筈になっていた。


「はぁ……」


 京里が改札口へくぐり姿が見えなくなると、俺は大きなため息をつく。


 そして緊張の糸が切れたからなのか、俺は駅前ロータリーの近くにあるベンチに転ぶように座り込む。


(ああ、しくじったなぁ……)


 もうとっくに終わってしまったことなのに、次から次へと上手く会話を繋ぐための無数の「たられば」を思いついてしまい、気分は一層重くなる。

 いっそ『認識阻害魔法』を自分にかけてこの後悔の感情を消してしまおうか?

 そんなことを考えていると――。


「……あの、本当にやめてください……!」

「ちょっとくらいいいじゃん、オレらと一緒に遊ぼうぜ?」


 うちの学校の制服を着た小柄で長い黒髪の女の子が仲間を引き連れた別の学校の不良っぽい男子生徒に腕を掴まれているのが見える。

 流石にあれを見過ごすわけにはいかない、そう考えてベンチから立ち上がろうとして――。


(……いや、ちょっと待て。この状況おかしくないか?)


 彼女らの周囲にいる人々はそれを見ても何事もなかったかのように無反応で通り過ぎている。

 というかここから見える位置に交番があるというのにあんな行動をするなんてリスクしかない。むしろ狙いは警察を挑発することなんじゃないかとすら思えてくる。

 そしてその交番にいる警察官も彼らの行動にピクリとも反応していない。

 これはまるで女の子とそれに絡んでいる不良たちが見えていないかのようだ。


(ヒーロースーツの一件もあったからな。介入する前に一度調べておくか)


 そう考えた俺は早速女の子と不良、その両方に『鑑定』を発動してみる。


―――――


生駒樹里 人間 17歳

状態:見知らぬ人間に絡まれていて精神的に追い詰められている。また誰かに助けて欲しいと願っている。

補足:環境の悪化でストレスを感じている。


―――――

―――――


我妻 雄也 人間 17歳

状態:不良仲間と遊びの相手を探していたところ、偶然見つけた少女を誘っている。またこれ以上拒否をすれば力づくで連れていこうとも考えている。

補足:現在停学処分を受けている。補導歴あり。


―――――


 我妻以外の面々も『鑑定』してみたが、彼らもまた所謂不良でヒーロースーツの時のような異能で無理やり操られているというようなことはされていない。

 となるとどうしてこんな状況になっているんだ……?


(考察は後でいいか。今はあの人を助けることにしよう)


 とりあえず結論を先送りにした俺は不良たちのもとへ急いで近づくと、我妻の肩に手をかける。


「あん? なんだ、てめえは!

「あのー、その人困ってるようですからその腕離してくれませんか?」

「っ、てめえには関係ないだろ!?」


 なるべく穏当に挑発するような言葉をかけず話しかけたのだが、相当喧嘩早い性格なのか不良たちのリーダー格らしい我妻はすぐに殴りかかってきた。

 が、その動きは俺からするとスローモーションのようなもので、特別なことをしなくても十分回避可能なもの。

 だから――。


「ぐっ……、なんだよ、てめえ!」

「もう一度言います。困っているようなので離してあげてください。そうするまで自分も貴方の手を離しません」


 俺は敢えて避けるような真似はせず、その拳をほんの少し力を込めて掴み、改めてもう片方の腕を女の子――生駒先輩から離すように通告する。

 我妻は暫く俺に掴まれた拳を引き抜こうと試みるが、その努力が実ることはなく数分も経たない内に肩で息をするほど疲労困憊となっていた。


「クソがっ!」


 どう足掻いても敵わないとようやく悟ったのか、我妻は乱暴に生駒先輩から手を離す。

 それを確認すると俺は約束通り我妻の腕を――最後にほんの少し力を込めてから――離し、『認識阻害魔法』を発動して笑顔で圧をかけると不良学生は蜘蛛の子を散らすようにその場から立ち去る。

 俺はそれを見届けるとへたり込んでいた生駒先輩に声をかけた。


「あー、大丈夫ですか?」

「は、はい! 私は、大丈夫です……」

「そうですか。あの、一応交番に行ってさっきのことを伝えに行きます? 自分も一緒に行きますから」

「い、いえ! 見ず知らずの人にそこまでご迷惑をかけられません! あの、本当に大丈夫なので……」

「……、わかりました。では、失礼します」


 そう言って生駒先輩と別れた俺は改めて周囲の状況を確認する。

 あれだけの騒ぎがあったにも関わらず、誰1人として反応していない。

 救いの手を伸ばさないにしても、今の時代なら誰か1人くらいスマホで動画を撮っていそうなものだが。


(それに……)


 交番前に立っている警察官もやはり何事もなかったかのように親切な顔で道案内に応じている。

 これはもう事なかれ主義だとか、下手に関わりたくないというレベルじゃない。


(一応念のために後でアリシアに報告しておくか……)


 それはそうと……。


(なーんで見ず知らずの相手にはペラペラ喋れたのに京里相手だとあんなに緊張しちゃうのかなあ……)


 違和感と後悔、その両方が入り混じった複雑な感情で俺は人気の少なそうな路地裏を探し始める。


 ……次はお互い笑顔でにこやかに話し合いたい。そう、強く願いながら。



◇◇◇



(また、だ……)


 学校へ向かう電車の中で少女は思い悩む。

 自分の妄想した理想のシチュエーションが現実に起こる。それは二次元だからこそ許されるものだとこの2ヶ月の間で痛感させられた。

 にも関わらず現象は止まらない。

 今日もまた自分より年下の男の子を危険な目に遭わせてしまった。

 その罪悪感が少女の心を曇らせる。


(ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい……!)


 少女は鞄を強く抱き締めながら強く願う。

 もう二度とあんなことが起きませんように、と。

 しかしその心の片隅では、こんな自分を救ってくれるヒーローが現れることも強く望んでいたのだった。

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