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幕間 異世界に召喚された者たち 4

 あちこちで火の手が上がり、むせ返るような血の匂いが充満した戦場。


「はぁ……はぁ……」


 そんな地獄のような地を、その少年―――異世界から召喚された男子生徒は魔導杖を両手に抱えて必死に走っていた。

 体力は殆ど残ってはいない。全身がこれ以上走るのは無理だと悲鳴を上げる。

 それでも彼が走るのは単純に「死にたくない」という至極単純なものだ。


『ギャギャギャ!』

(で、出た……!)


 そんな少年の目の前にゴブリンの群れが立ち塞がった。

 少年は今にも逃げ出したい思いに駆られながらも、その先にある末路に恐怖してその場に立ち止まる。


「っ、我に立ち塞がりし者を滅却せよ! 『炎魔法』!」


 少年は魔法スキルを発動するために必要だとされている詠唱を行い、生成された火球をゴブリンの群れ目掛けて発射した。


『ギャ、ギャギャ!?』

『ギャヒィ!』


 火球は先頭に立っていた大柄な個体、ホブゴブリンの頭髪と何処かの町で誰かから奪ったのであろう服に着火し、その場でのた打ち回る。

 そのホブゴブリンの行動によって火は周囲のゴブリンにも燃え移る。

 そうして最後に残ったのは吐き気を催す煙を上げる黒焦げになった小鬼共の屍の山だ。


「や、やった……! そうだ、『ステータス』を確認しないと……」


 少年は戦果を上げられたことを喜びながら、自分の現在のステータスを閲覧しようとする。


 もしこれでレベルが40以上になったら、もうこんな雑魚狩りを命じられずに済む。

 だからどうか、あのゴブリン共にそれだけの経験値がありますように。


 少年の心の底からそう願いながら、自分のステータスを恐る恐る覗く。


『福谷 倫也 レベル37 人間族』


 ステータスに記されたレベルの数値は37、この戦場に放り出された時はレベル36だったから確かにレベルアップはしている。

 しかしそれはこの少年、福谷倫也が望んでいたものからすると微々たるものだった。


(今日の戦闘でレベルを上げてアレ(・・)を免除してもらうことは叶わない。だったら少しでも戦果を上げないと――)


 レベルアップによってMPと体力を回復をさせた福谷は辺りを見回し、自分と同じようこの世界に召喚され、そして魔王軍配下のホブゴブリンを後一歩というところまで追い詰めている孤立した槍使いの男子生徒に狙いを定める。

 そして男子生徒がホブゴブリンの脳天に槍を突き刺さそうとした、まさにその時。


「我に立ち塞がりし者を滅却せよ! 『炎魔法』!」

「なっ……!?」


 福谷は男子生徒の手柄を横取りせんとばかりにホブゴブリンに火球をぶつける。

 男子生徒が体力をある程度削っていたこともあり、ホブゴブリンはその一撃で地面に倒れ伏す。


「おいてめえ! 俺の獲物を横取りしたな!」

「おれは敵を見つけたから攻撃しただけだ! おれがお前の獲物を横取りしたっていう証拠はあんのかよ!?」


 福谷が取った行動に男子生徒は激昂して掴みかかるが、それに福谷は「証拠はあるのか」と逆ギレする。

 男子生徒はそれに反論しようと“一連の戦闘を見ていた生徒”を探すが、福谷の目論見通りそのような人間は近くにいない。


「さ、さあ! どうするんだ!? 根拠もなくおれが妨害してきたとあいつら(・・・・)に告げ口するのか!? それともその槍でおれを突き刺すのか!? そんなことをしたらどうなるか、わかってるよなぁ……?」

「っ、クソ!」


 槍使いの男子生徒は苛立たしげに槍を福谷の爪先近くに叩きつけると、その場から立ち去っていく。

 それを見届けると福谷は緊張の糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちる。


(こ、ここまで戦果を上げたんだ。少しくらい休んでも許されるよな……?)


 福谷は近くの岩陰に移動するとそこで息を整え、この戦いの終わりを知らせる音を待つ。


『光の精霊よ、我が剣に力を! 【天聖覇断】!』


 拡声魔道具により戦場全域に響き渡る【勇者】天城聖也の声、そして魔王軍陣地の最奥部で輝く黄金の聖剣。


 福谷は一連の光景を眺めてホッと安堵の吐息をもらす。


(これで戦闘は終結、か。今回は戦果をあげられた……。ホブが2体にゴブリンの群れ1つ、これなら次の戦いは免除(・・)させてもらえるよな……?)


 恐らく、いや確実に今の一撃で魔王軍を率いていた上級魔族は天城に討ち取られた。

 残党も王国の騎士団が討伐してくれるはずだ。


 福谷は支給された疲労回復用のポーションを飲み干すと、魔導杖を支えに自分たちの陣地へと戻るために歩き出した。


「てめえがオレの邪魔をしたから――!」

「ふざけんなよ! お前こそ!」

「あなた! よくも私の手柄を横取りしたわね!」

「はあ!? 難癖つけないでもらえる!?」


 その道中、戦場のあちこちで召喚された生徒たちの罵詈雑言が聞こえてくる。

 最早見慣れた、聞き飽きたその光景に福谷は何も感じることはない。

 今、彼が考えていることは2つ。

 陣地に早く戻ってベッドにダイブし、疲れを取りたいということと、先ほど獲物を横取りした槍使いの男子生徒と鉢合わせしませんようにという願望、それだけだった。



◇◇◇



「聖也様、今回も見事な完勝でしたね!」


 とある町で徴集し、魔道具で無理やり従わせているペガサスに乗って陣地の中心にある広場へと舞い降りた天城を、プリシラは出会った頃と変わらず無邪気な笑みを浮かべて出迎える。

 それに天城は恥ずかしそうに笑いながらこう返した。


「そんなことないさ。これも皆が雑魚を片付けてくれたおかげだよ」

「そう謙遜しなくてもいいでしょ、聖也。へたれて使い物にならなくなってたあいつらを使い物になるようにしたのは聖也じゃない」

「そうだぜ。オレたちが実力を発揮出来たのも聖也が名案を思い付いたからだ」

「凛、それに皆……」


 駆竜に乗って戻ってきた嘉山凛率いる主力部隊もまた口々に聖也と彼が思いついた名案を称賛する。


「と、そうだ。今回の戦闘でノルマを達成できた人はどれくらいいる?」

「福谷さんと井上さんですね。福谷さんはホブゴブリン2体の討伐に成功、井上さんは40レベル、補助部隊の方々と同程度まで上がり、また聖也様への忠誠心を示しました」

「わかった。それじゃその2人は前線部隊から補助部隊に栄転させてあげて。それと補助部隊でノルマを達成できなかった人は何人いた?」

「10名、全員がレベルや前線部隊での実績と比べると微々たる戦果しか上げられていません」

「ならその人たちには前線部隊で一から頑張ってもらおう」

「わかりました。そのように伝えておきます」


 プリシラは一礼すると自身の護衛騎士に指示を出す。


 天城が思いついたという名案、それはレベルや実力、そして天城への忠誠心が足りない者を強制的に最前線部隊に編入させて雑魚狩りを行わせ、天城や主力部隊の力を温存させるというもの。

 最前線部隊から脱出する方法は2つ。

 前線で戦果を上げるか、【勇者】天城聖也の現在レベルの半分に達した上で忠誠心を示すか。

 これにより最前線部隊から脱出した者は補助部隊に栄転し、より安全な生活を行うことが許されるが、そこで戦果を上げるのを止め、天城への忠誠心が足りないと判断されれば最前線部隊へと逆戻りさせられてしまう。

 無論、これに異議を唱えようものなら天城の持つ聖剣が振るわれることになっている。

 つまるところ、天城聖也の実力至上主義が反映された制度というわけだ。


 閑話休題。


「ねえ、聖也。折角だからこのまま2人で静かに祝勝会でもしない?」

「ちょっ、凛」


 プリシラがいなくなったタイミングを見計らったかのように凛は天城の右手に抱きつき、甘えた声で囁く。


「あらあら、抜け駆けされるとはいい度胸をお持ちのようで」


 それに天城が顔を赤らめていると、背後で起こっていることを察したプリシラはもう片方の腕に抱きつき凛を牽制する。


(……クソ、なんでこんなものを見せられなきゃならねえんだ)


 一方、やっとの思いで陣地にたどり着いた福谷はそれをヘドが出るような思いで眺めながら水筒の水を飲み干す。

 自分たち底辺組が生き死にを駆けて蹴落とし合い、罵り合っている中、スクールカーストのトップにいた者たちは虫酸が走るような恋愛劇を繰り広げている。

 これほど苛立たしいものが果たして他にあるだろうか。


(……クソ!)


 福谷は物に当たりたい衝動を何とか我慢しながら自分に割り当てられたテントへと戻る。

 自分をこんな世界へ呼び出した存在への怒りと何故こんな目に遭わされるのかという恨みを心に抱いて。


 これが今の2-B生徒たちの、ごくごくありふれた日常だった。

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