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第97話 一難去って 7

「ど、どうぞお入りください」

「お邪魔しまーす……」


 牛鬼討伐でぶっ倒れて運び込まれた時以来となる京里の部屋は相変わらず清潔かつシンプルなものだった。

 俺は京里に促されるがままリビングに向かい、中央に置かれてあるガラステーブルの近くに座る。


 ――もし時間が取れるようでしたら、今日の放課後、私と会っていただけないでしょうか。どうしてもお伝えしたいことがあります。


 彼女のメッセージを俺のスマホのチャットアプリが受け取ったのは今朝、学校に向かう準備をしている最中のことだった。

 うちに門限はないし、今日の家事当番は俺ではなく佳那。17時にアリシアに一連の報告をするという約束があるが、それも1時間かからず終わるだろう。

 そう考えた俺は『18時以降でも大丈夫なら』と送ったところ、京里は即座に『それで構いません』と返信してきた。

 とまあ、このような理由で俺と京里は会うことになったわけだが。


「すみません。今はこれしか用意できなくて」


 少し遅れてミネラルウォーターのペットボトルを2本持った京里がやって来て、その内の1本を俺に差し出す。


「いやいや、そこまで気を遣わなくていいよ」

「……そう言っていただけると助かります」


 笑いながらそう言うと、俺はペットボトルのキャップを外す。

 それにしても……。


「大丈夫か? 何だか緊張してるみたいだけど」

「え!? そ、そう見えましたか……?」

「ああ、うん。何となくだけど」

「あ、あの、私のことは全然気にしなくていいので……!」

「……」


 俺はペットボトルに口をつけながら、改めて京里を観察する。

 何というかそわそわしてるんだよな。学校にいる間はこんな様子じゃなかったし、登校する前か放課後に何かあったんだろうか。それか単純に体調を崩してるって可能性もあるな。 ここ数日間働きっぱなしだったわけだし。


「やっぱり別の日にしないか? 何だか本調子じゃなさそうだし」

「いえ! 今日でお願いします!」

「お、おう。わかったよ」


 思っていた以上にぐいぐいと迫られたので押し切られてしまう。

 というかそこまでして俺に伝えたいことって一体何なんだ……?


「あの、まずは色々と助けていただいてありがとうございました!」

「俺から首を突っ込んでいったことだからお礼なんかしなくていいよ。ところで今日登校したってことはこれからも学校で会えるんだよな?」


 京里視点では俺とアリシアには席が近く林間学校で班が同じになった以外の接点はない。加えてアリシアからも自分の素性をバラさないようにとキツく言われているので、その辺りを注意しながら話を振ってみる。

 

「は、はい! 久遠家に新しく来た代表? という方の取り計らいでこれからも学校に通わせてもらえることになりました」


 京里はまた学校に通えることを心の底から喜んでいるようだ。


「そいつは良かった。うちのクラスの連中も京里が学校を辞めるんじゃないかと心配してたからな」

「その話、佳音ちゃんからも聞かされました。皆すっごく心配してたよって」


 佳音……、ああ上島さんのことか。

 というか京里って上島さんと下の名前で呼び合う仲なんだな。


「そういえば上島さんと一緒に帰っていったけど、どこかに遊びに行ったりしたのか?」

「誘われはしたんですけど色々話して今週末に改めて遊ぼうってことになって別れて、その後に伊織君と会ったという感じです」

「あれ? ということは京里も帰ってきたばかりなのか?」

「ええと、そうですね」


 ああ、いつも『空間転移魔法』で文字通り瞬間移動してるから気づかなかったけど、ウチの学校と京里の住んでるマンションは結構離れてるんだった。

 それで上島さんと話ながら帰ってきたとなると、到着するのはこれくらいの時間になるだろうな。

 しかし久々に再会した大親友からの誘いを断ってまで伝えたいことか……。本当に何なんだ? ただお礼を言いたかっただけ、とは思えないが……。


(最悪、『鑑定』を使うことを考慮しないといけないかもな)


 それから無音の時間が続き、俺のペットボトルに入っていた水が半分を切った辺りで京里は意を決したかのように話し始めた。


「……本当に今さらなことですが、謝らせてください。今日貴方をお呼びしたのは本当に身勝手で個人的な理由なんです。ごめんなさい」

「さっきも言ったけど俺に気を遣う必要はないよ。俺だって身勝手で個人的な理由で京里を呼び出したことがあるんだからさ。それで、その理由ってのは?」

「……伊織君は林間学校で亡霊と対峙した時のことを覚えていますか?」

「そりゃもちろん覚えてるよ」


 今、といってもあれから2ヶ月程度しか経ってないが懐かしく思えてくる。

 熊と戦ったり、結界に閉じ込められたり、怪しげな商売をしていた男たちと戦ったり、そして京里が言ったように亡霊武者と戦うことになったり……。

 あれ? よくよく思い返してみるとロクな思い出がないな?


「あの時、貴方は相手をただ倒すだけでなく純粋な善意からあの亡霊武者と姫の魂を救ってみせました。力が全てな久遠家で育った私にはそれがとても新鮮で……」


 京里はそこで一度深呼吸をすると、俺の顔を真っ直ぐ見て再び喋り出す。


「貴方はいつだって困っている人を笑顔で助けてくれる。悲しんでいる人、苦しんでいる人に優しく手を差し出してくれる。私はそんな貴方の優しさや強さに憧れて、それで……」


 京里が語るその言葉がお世辞じゃないことは彼女の顔を見ればすぐに分かった。

 不安でどうしようもなくて、それでも言わずにはいられず勇気を振り絞った、そんな表情をしていたからだ。


 だから俺も真剣に彼女の、京里の言葉に耳を傾ける。


「貴方が暗闇で蹲って泣いている私を見つけて笑顔で優しく話しかけてくれた時、ようやく分かったんです。貴方を見る度に感じる思いの正体が」


 京里は緊張と不安で震えながらも、必死に声を振り絞る。


「私は伊織君のことが好きです……! 私と付き合ってくれませんか……!」


 予想は出来ていた。だけど実際に告げられるとどうしても思考回路がおかしくなってしまう。

 この俺が誰かに好きだと思われている?

 何かのドッキリじゃないか? それかもしくは『認識阻害魔法』をかけて京里に自分を好きだと思わせるように仕向けてしまったんじゃないのか?

 などと様々な屁理屈を捏ねるが、京里の恥ずかしさから真っ赤に染まりながらも真剣な表情を見て杞憂であることを理解したその時―――。


(―――!?)


 心臓がバクバクする。

 あんなにも可愛らしくて、愛おしくて、愛らしくて、健気な女の子が俺のことを好きだと言ってくれた。

 それが本当に本当に嬉しくてしょうがない。これが人を好きになるということなのか。

 しかしその一方で罪悪感のようなものが俺の心に影を落とす。


「……俺の力は、あんな余裕のある言動が出来たのは全部このチート染みた力があるおかげだ。本当の俺は君みたいな立派な人と肩を並べられるような、そんな人間じゃない。ズルくて、卑怯で、自分だけの力じゃ何も出来ない。そんな奴なんだ。だから君に相応しい人はきっと他に―――」

「だけど伊織君はその力を自分のためじゃなく誰かのために使った! 私を助けてくれた! そんな伊織君だから私は貴方のことが好きになったんです!」


 忠告、いや単なる言い訳だな。とにかくそんな意気地のないことを聞かされても、京里は俺のことを好きだと言ってくれた。自分の思いを正直に告白してくれたんだ。


 なら、俺もそれに応えなければならない。


「俺にとって京里、君は健気で、義理堅くて、勇ましくて、可愛らしくて……、自分のようなズルをして力を手に入れた奴なんかが触れてはいけないと思って、踏み込むことを恐れていたんだ。だからただ力の貸し借りをするビジネスライクな付き合いで満足しようとしていた」


 これまで多くのならず者を相手にしてきた。多くの恐るべき怪物と戦ってきた。

 だけど今この瞬間ほど勇気を振り絞ったことはないと思う。


「でもそれは今日終わりにする。もう自分の気持ちに嘘をついたりしない。能力に頼らずとも君と一緒にいても胸を張れるような、そんな人になるって約束する。だから――」


 俺はその場に立ち上がり、京里に頭を下げ震える手を差し出す。


「俺からもお願いします。久遠京里さん、俺と付き合ってください……!」

「……はい! よろしくお願いします!」


 京里は一瞬驚いた様子を見せるが、すぐに暖かい笑みを浮かべて俺が差し出した手をその両手で優しく包み込む。


「……!」


 俺は京里をそっと自分の元へ抱き寄せる。

 京里はそれに抵抗することなく、むしろ彼女自身から俺の胸に顔を埋めた。

 俺は彼女の背中に手を回し、何処かへ行ってしまわないよう抱き締める。


「これまでの分を取り返すくらい楽しい思い出をたくさん作ろう、京里」

「……はい! 楽しみにしてますね!」


 俺たちは時間も何もかもを忘れて抱きしめ合い、互いの温もりをこれでもかと味わう。


 斯くしてその日、俺と京里の関係は恋人という特別なものへと発展したのだった。

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