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第96話 一難去って 6

「はぁー、連休明けでいきなり掃除当番とかおれたち本当についてないよな」

「本当にな。廉太郎が前に言ってたようにウチの学校も業者を入れるべきだ」


 連休明け初日の放課後、俺たちは教室を掃除しながら他愛のない雑談をして暇を潰そうとしていた。

 今日はスキルは一切使用していないからそこまで疲れていないはずなのだが、連休中に起きたこともあってヘトヘトだ。

 

(あー、さっさと家に帰ってベッドにダイブしたい)


 そんなことを考えながら気だるげに床を掃除していると―――。


「伊織君、朝間君、お疲れ様。また明日ね」

「久遠さん、また明日!」

「おう、また明日」


 今日久々に登校した久遠京里が教室を出る直前、俺たちに挨拶をした。

 廉太郎は有り余る体力で元気よく、一方の俺は疲れて若干ぶっきらぼうに返事をする。

 京里は先に教室を出ていた上島さんに呼ばれて駆け足で彼女の下へ向かう。


 京里も昨日の今日でヘトヘトなはずなのに全然疲れた様子を見せないんだからすげえな。授業にも平気で追い付いてたし、完璧超人にも程があるだろ。


「ねえ、今わざわざ挨拶してくれたのっておれに興味があるってことかな?」

「……俺が同じことをお前に言ったらどう思う?」

「うーん、夢見すぎだ現実なめんなって思うかな」

「それが答えだ。ほら、口動かしてる暇があるなら手を動かせ。俺はさっさと帰りたいんだ」

「へーい」


 そんな中身のない雑談をしていると、今度はこの学校で飛び抜けて目立つ明るい髪の女の子、アリシアがこちらに向かってきた。


「あ! アリシアさん、また明日!」

「ええ、また明日。それと伊織君」


 アリシアはいつもの明るい笑顔で廉太郎の相手をすると、次いで俺の方を見て―――。


「17時からの予定、忘れないでね」


 と、小悪魔のような笑みを浮かべながらそんなことを言い放ったのだ。


「おい、今の聞いたのか?」

「17時に予定ってもしかして……!」

「まさかあの2人、デキてたのか……!?」


 次の瞬間、教室や廊下に残っていた生徒はアリシアの発言にざわつき始める。

 あいつ……! 分かっててあんな爆弾発言しやがったな……!


「おい、シュウ……」

「ははは……」


 俺は周囲の生徒の突き刺すような視線に乾いた笑いを浮かべながら、猛スピードで掃除を終わらせようとするのだった。



◇◇◇



「ったく、余計な手間かけさせやがって……」


 生徒(主に男子)の追っ手を『認識阻害魔法』を使って撒いて、学校近くの路地裏から『空間転移魔法』でアリシアの今の隠れ家、セーフハウス6号へと飛んだ俺はそんなことをぼやきながらインターフォンを押す。


「いらっしゃい。随分と疲れているようだけど鬼ごっこでもしていたの?」

「……どっかの誰かさんのせいでえらい目に遭ったんだよ」

「あら奇遇ね。わたしもどこかの誰かさんが派手に大暴れした後始末で一睡も出来てないのよ」


 と、笑顔で語るアリシアだが、その目はこれっぽっちも笑っていない。

 あー、これはもうわざわざ『鑑定』を使わなくても分かる。マジでガチのぶちギレだ。


「……勝手に殴り込んだことは悪かったと思ってるよ」

「その言葉が聞けて何より。ほら上がって。聞きたいんでしょう? 久遠家のその後について」


 そう言って彼女は俺をリビングに案内する。

 ……アリシアと会った理由は決してクラスメイトが想像していたような浮いた話などではない。

 俺と京里が出ていった後の久遠家の顛末、それを聞くためだ。



「お待たせ。前と同じで麦茶にしたけどよかった?」

「冷たい飲み物なら何でも助かるよ。いただきます」


 リビングのソファーに座って少しすると、アリシアがよく冷やされた麦茶が注がれたガラスのコップを持ってやって来る。

 俺は彼女に一礼してコップを受けとると、麦茶を一気に飲み干す。


「で、だ。単刀直入に聞くけど久遠家はあの後どうなったんだ?」


 アリシアの組織にはお抱えの退魔士がいる。

 そして『水の目』を使っての『鑑定』で、あの場に彼女と同じ組織の人間が潜伏していることは把握済み。

 だから暴れる前にメッセージアプリでアリシアに「今から暴れてくる」と伝え、そして事が終わってすぐに「久遠家がどうなったか知りたい」と連絡し、その日の夜には放課後にどうなったかを教えてもらうことになった、というわけだ。


「ほぼ半壊、だけど組織を新生させることには成功したわ。久遠家当主は名目上のトップではあるけど権力は持たず、実権はわたしたちの組織を始めとした異能関連の公的機関を加えた合議機関『幹部会』が掌握、各組織と久遠家の重臣が輪番で代表を務める集団指導体制に移行したわ。腐り果てているとはいえ、曲がりなりにも退魔士を統制していた組織をいきなり廃止するわけにはいかないしね」

「待った。この状況で久遠の次期当主になりたがる奴なんていたのか?」


 自分がしたことではあるが、俺はあの場で久遠家の腐敗をそれはもう盛大に暴露した。

 その後で次期当主に名乗りを上げるだなんて罰ゲームでしかないと思うのだが。


「次期当主は幹部会が適格と判断した人間に打診する予定。つまりまだ決まってないわ」

「なら誰が当主になるんだ? 久遠宗玄は毒を盛られてマトモに身動きできるような状態じゃないし……」

「その久遠宗玄を当主に据え置く、それが合議機関が出した結論よ。さっきも言った通り実権は幹部会に移行されたから久遠宗玄が直接表に出る必要はない。彼にはわたしの組織が保有している医療機関で余生を過ごしてもらう手筈よ」

「なるほど……?」

「まぁ、上層部としては黒い噂のあった退魔士を一斉検挙できて、その上久遠を手中に収めることが出来たわけだから今回の貴方の行動をすごく喜んでいたわ。下っ端のわたしたちはすっごく苦労させられたけれどね!」

「ほ、本当に悪かったと思ってるよ……」


 政治などの話はよく分からんが、とりあえずはアリシアが所属している組織の思惑通り事が進んでいるということだけは分かった。

 なら俺の方から聞くのはあれだな。


「それじゃあ久遠京里は今後どうなるんだ? 命を狙われたりだとか、学校に通えなくなったりする可能性はあるのか?」

「彼女の身の安全と生活についてはひとまず大学を出るまでは保障することになっているからそこは安心して。というか何もせずほったらかしにする、なんて言ったら貴方絶対に納得しないでしょ?」

「ああ、盛大に暴れにいくな」

「……そこは嘘でもそんなことはしないって言って欲しかったわね。とにかく、彼女の身の安全は約束されてるから安心なさい」

「その言葉を信じるよ。俺から聞きたいことはこれで全部だ」

「なら次はわたしの方から質問してもいいかしら?」

「どうぞご自由に」


 俺がそう返すとアリシアはメモ帳とペンを手に取り、真剣な目付きで口を開く。


「今回久遠玄治を陰で操っていた存在、報告によれば何者かによって作成された人形のようだったけれど、貴方はそれにどんな印象を持った?」


 人形―――茨を作成した黒幕に対する印象、か。

 俺も結構必死だったから久遠家の屋敷で起きた一連の出来事でそんな余裕のあることを考えてはいなかったんだけど――。

 いや、待てよ?


「……手間暇かけた余興、本気でやる遊び、今思い返すとそんな感じがする」

「それってつまり遊びの感覚であれだけのことをしたってこと?」

「自分でもおかしいことを言ってるのは分かってるんだけど、どうもそんな印象があるんだよな……」


 茨が本気で鬼の腕を手に入れたがっていたのなら、それこそ久遠玄治を操って俺たちが来るよりも前に結界から脱出すればいいだけの話だ。

 なのに奴はわざわざ最奥部でRPGのボスかのように俺たちを待ち構えていた。

 そういったことを考えると、茨、もとい奴を作った黒幕は一連の出来事を遊びと捉えていたような感じがする。


「なるほどね。ありがとう、参考になったわ。わたしから聞きたいことはもうないわ」


 俺の話を聞き終えるとアリシアはペンを机に置く。


「これで終わりなのか?」

「ええ、現時点で他に聞きたいことはないし、貴方も大事な約束があるようだからね」


 夏休みのヒーロースーツ事件の時のように俺のメッセージアプリを覗き見でもしてたのか?

 ……そろそろこっち方面の対策も用意しないといけないかもな。


「理解があるようで助かるよ。ああ、それと誤解を解くのちゃんと手伝えよ」

「分かってるわ。それじゃまた明日」

「はいよ、また明日」


 俺はアリシアのセーフハウスを出ると、人気の少ない路地裏を探してそこで『空間転移魔法』を発動した。


 一瞬の暗転の後、周囲の光景はがらりと変わる。

 遊具が殆ど撤去されてしまった寂れた公園。そこからは京里が住むマンションがよく見えた。


「――ごめんなさい。お疲れのところお呼び出ししてしまって」


 とりあえず唯一残されたベンチで一休みしようかと考えていると、背後から申し訳なさげな声が聞こえてくる。

 振り返るとそこにいたのは―――。


「いや、全然平気だよ。み……久遠さん」

「京里のままでいいですよ、伊織君」


 見慣れた制服姿の女の子、久遠京里だった。

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