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プロローグ

「全員、配置についたな?」


 人気のない路地裏の十字路。

 その近くにある使われなくなって久しい廃ビル下部の駐車場の一角に陣取った作業着姿の男――ヴィーゴは、インカムで周囲に展開した仲間に連絡を取った。


「こちらガブリエル、配置完了」

「こちらギャレット、同じく配置完了」

「ミラー、狙撃可能位置に展開」


 それぞれの展開状況を確認すると、男は隠していた拳銃を取り出し、非殺傷弾頭を装填する。


「改めて作戦内容を確認する。我々の目標は対象人物を生存状態でクライアントに引き渡すことだ。非殺傷弾もしくはスタンガンで無力化し、待機しているワゴン車に対象人物を運び込む」

「作戦については了解した。しかし護衛のいないガキを連れ拐うのにここまでの重武装が必要なのか?」

「未確認の情報だが、某国の部隊もこのガキを狙っているらしい。ただの誘拐だと気を抜かない方がいい」

「にしても、このガキのどこにそれだけの価値があるんすかね。経歴を見た限りじゃジュニアハイスクール通いの普通の日本人にしか見えないっすけど」

「さあな。詳しいことはクライアントも話したがらねえ。噂だがこのガキは―――」

「全員、おしゃべりはそこまでだ。ターゲットが現れたぞ」


 ビルの上層に位置取った狙撃手からの通信に全員の顔つきが変わった。


「俺とガブリエルが先行する。ギャレットとミラーはその場で待機だ」

「「「了解」」」


 仲間にそう告げると、ヴィーゴは物陰からターゲットの姿を確認する。


 現れたのは学ランタイプの制服を着て、片手にスーパーのレジ袋をぶらさげた一般的な日本の男子中学生だった。

 その体格も大柄でもなければ小柄でもなく、太っているわけでもなければ痩せているわけではない、日本人としてごくごく平均的な少年だ。


(こんなガキに10億ドルの価値がつくなんてな)


 ヴィーゴはそんなことを考えながらも、慎重にターゲットとの距離を詰めていく。

 前情報通り、周囲に護衛や同業者の姿はない。

 そしてターゲットはこれっぽちも警戒することなく歩いている。


(最高の状況だ)


 ヴィーゴはターゲットの死角となる位置に着く。

 そしてガブリエルにハンドサインを送り、飛び出そうとしたその時。


「………は?」


 彼の視界で天と地がひっくり返った。

 

 即座に受け身を取ろうとするが、時既に遅し。


「がぁっ!?」


 強烈な衝撃がヴィーゴの背から全身に伝わる。

 それはヴィーゴから意識を刈り取るのには十分過ぎるものだった。


「クソ!」


 突如ヴィーゴを襲った異変にガブリエルは咄嗟に拳銃を構え、襲撃者を探し始める。

 しかし周囲には自分と、そして今そこで気絶しているヴィーゴ以外に誰もいない。


(まさか……!?)


 ――全ての不可能を除外して最後に残ったものが如何に奇妙なことであってもそれが真実となる――


 世界で最も有名な推理小説の一節を唐突に思い出したガブリエルは、その銃口をターゲットがいた位置へと向ける。

 しかし、狙っていたターゲットの姿はもうそこにはなかった。


(な!? ど、どこへ消えた!?)


 想定外の事態に戸惑いながら、ガブリエルはターゲットを探すためにその場から動こうとする。

 そこでようやく彼は自分の身に起きた異変に気づく。


「……なんだよ、これ」


 ガブリエルの下半身はずっぷりと泥のような何かに沈んでいた。

 

(あり得ない。オレが立っているこの場所は間違いなくアスファルトだったはずだぞ!?)


 ガブリエルは必死に抜け出そうと試みるが、それでも体は殆ど全く動かず、それどころか泥の中へさらに沈んでいく。


「クソ、クソ、クソっ!」


 足掻けば足掻くほど、さらに泥濘にはまりガブリエルの体力は奪われる。

 やがてガブリエルの意識もまた、目の前で倒れているヴィーゴ同様に刈り取られた。






「ギャレット、ヴィーゴとガブリエルからの連絡は? そろそろ引き上げないとまずいぞ」

「ダメだ! 全く応答しない!」

「クソ、何が起こっているんだ」


 ミラーは冷や汗をかきながら腕時計を見る。

 彼らはクライアントとその協力者によって周囲の防犯カメラ等々を止められるのは45分が限界だと伝えられていた。

 そして行動を起こして既に30分が経過している。

 これ以上ここに留まっていれば自分たちの姿をこの国の警察に晒してしまうだろう。


(だが何の手柄もなしに撤退することはできない)


 これが最後のチャンスだ、そう考えてミラーは狙撃銃のスコープを覗き込む。


「…………いた!」

「どこっすか!?」

「十字路から左に200メートル! 捕縛エリアギリギリのところだ!」


 ミラーはギャレットにそう叫ぶと、照準をターゲットの少年へと向ける。

 そして引き金に手をかけたその瞬間、ミラーは寒気を感じる。


「……んだよ、これ」

「ミラー! 何か起きたんっすか!?」

「オレの、オレのライフルが……凍ってる」


 ミラーが長年愛用してきたスナイパーライフルは、彼の指ごと氷に覆われていた。

 ミラーの体はゆっくりと氷のオブジェと化してゆき、やがて身動き一つ許されなくなる。


「逃げろ、ギャレット……! これは普通じゃない!」


 インカムに届いたそのうめき声を聞き、ギャレットはその場から駆け出す。


「クソっ! 何が起きてるんだよ!」


 ただの誘拐にしてはやけに報酬が高いとは思った。

 銃火器の使用が許可されていることに違和感も感じた。

 だから何か裏があるのだろうと容易に想像できた。


(だからってこんなこと予想できるわけないだろ!?)


 普通の男子中学生1人を誘拐するだけの簡単な依頼で、悪趣味なホラー映画をリアルに体験するだなんて予想できるわけがない。


 ギャレットは待機しているというワゴン車を目指して一心不乱に走る。


 しかしどれだけ走っても、ギャレットの視界に写る景色は彼が先ほどまで隠れていた場所から何一つとして変化していない。


「ぁあ、あああああああア!?」


 ギャレットは気づく、否、気づいてしまう。

 自分の身体が背後にいる巨大な何かに引っ張られていることに。


「クソ! クソ! クソ!」


 ギャレットは腰のホルスターから拳銃を取り出すと、背後にいるはずの何かを射ち始める。

 しかし拳銃から放たれた弾丸は、ただ宙を滑空してコンクリートの壁に弾痕を作るだけだった。


 やがて弾丸は切れ、ギャレットは膝から崩れ落ちる。


「イカれてる」


 その言葉を最後に、ギャレットは他の仲間たちと同様に意識を失った。




◇◇◇



 最後に気絶したそいつを念入りに拘束すると、俺はふぅとため息を漏らす。

 まったく、毎度毎度こういった連中の相手をさせられるこちらの身も考えて欲しいものだ。

 とりあえず治癒魔法で回復しておいたし、後は通りがかった誰かに任せておこう。


 そんなことを考えているとスマホに着信が入る。


「兄さん、まだ買い物終わらないの?」

「ちょうど今終わったところだよ」

「今日の家事当番は兄さんなんだから早く帰ってきてよね」

「へいへい、仰せのままに」


 それだけ伝えて通話を切ると、言われた通りそのまま家に帰ることにする。

 と、その前に確認しておかないとな。


「ステータス」


―――


伊織修 Lv110 人間

HP31350/31350

MP450/850

SP740

STR120

VIT125

DEX120

AGI130

INT120


スキル 鑑定 万能翻訳 空間転移魔法  認識阻害魔法 アイテムボックス 氷結魔法 治癒魔法 風魔法 水魔法 追跡・探知魔法 


―――


「……安全マージンは取れてるな」


 残りのMPを確認すると、改めて帰り道を歩き始める。


 これが俺、『異世界転移失敗者』伊織修のごくありふれた日常だった。

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