Dr.
コン、コン。
来ることがわかっていなければ聞き逃してしまいそうなほどの小さな音で、扉が鳴った。
「はい、どうぞー」
できるだけ柔らかい声を心がけてゆっくり返事をすると、一呼吸置いてからキィ、と扉が開く。
静かに顔を出した馴染みの女の子。
「いらっしゃい。もうそんな時期だね」
ニッコリ笑ってから、どうぞ、と椅子を指すと、彼女はひとつ会釈をして入ってきた。
こちらの腰の高さ程しかない背丈でよいしょ、と椅子にのぼる様子を見守りつつ、広げていた前の患者の資料をしまう。
「最近はどう?元気にしてた?」
「……」
否定はすることなく、ただ黙って、じ、とこちらを見つめる視線。まぁ悪くはないってことなんだろうな、と理解しながらゆっくりと自分も腰掛けた。
「さて、じゃ、拝見しましょうかね、失礼」
くるりと椅子を回して彼女の背中をそっと捲る。
むき出しになった人工の皮膚には、小さな枠が刻まれていた。
ガコ、パカン。
ドライバーのような器具で力を入れると、その枠が開く。覗いたのは小さなハート型の装置で、あちらこちらから細い管が伸びて体内に繋がっていた。
「うん、うん。この感じなら……今日直せてしまえそうだ。もうちょっと時間はあるかい?この前みたいに大がかりな修理にはならないよ。ここをね、補強しておこうと思うんだけど」
モニターに映し出された、彼女のハートの隅を指差しながら言う。示した部分は鈍く変色して、ヒビが入っていた。
「……」
無言でこくりと頷く姿を見て、こちらもうん、と頷いた。キャビネットへ修理道具を取りに立つ。ええと、あれはあまり使わないからあっちの棚だっけ。
「……せんせい」
「んー?」
「……」
「気になること、あったかな」
「…………」
「ま、もう少しかかるし、気が向いたら教えてよ」
「…………」
「よいしょ。じゃ、始めるね」
そう言って座り直すと、ぽつりと彼女が呟いた。
「…………きたない」
見つめているのは、画面に映る自分のハート。
大きく映し出されたハートには、修理の跡が無数にあった。真ん中には一周ぐるりと継いだ跡があって、半分は後から換えた別の金属の色。その後にも何度も直したであろう腐食の跡や割れた跡、接着の跡がひしめき合っている。
「じょうぶに、つくってほしかった」
そっとそう言った彼女。
そのトーンに合わせて、同じように静かに言葉を返す。
「そう思うかい?」
「……」
あえて手は止めずに、返事を待つ。
でも結局修理が終わるまで、彼女から次の言葉が出てくることはなかった。
「……よし、こんなもんかな。今日は終わり!お疲れ様」
明るくそう言って、ハートを元通りに収めていく。
くるりと椅子を回すと、こちらに向き直った彼女は来た時と変わらない無表情だった。
「さて。さっきの話だけどね」
「……」
「丈夫でありたかったかい」
「……」
「でもこれはね、君の大事な宝物なんだよ」
ぼうっと首を傾げる彼女に微笑んで、そのまま言葉を続けていく。
「全然、汚くなんかないんだ。これはね、君がここまで生きてきた、っていう証なんだよ。だからたくさんの傷は誇っていいことなんだ」
「……」
俯いてふるふると首を振る彼女は、とても悲しそうだった。言葉にならない、たくさんの想い。いろんな気持ちを抱えて、心を割って、何度もここへ来て、それでも彼女は今日を生きている。一度もここへは来ずに人生を全うできる者もいるけれど、彼女はずっとここへ通って、何度も何度も修理して、それでもまた、日常へ戻っていく。
「君しか知ることのできないたくさんの気持ちを抱えて、時には抱えきれずに壊れてしまっても、それでも君はここにいる。何度もちゃんと修理して、存在を辞めずにここにいる。とても偉いことだ。今はそう思えなくてもいいからさ、だからまた、いつでもここへ……おいで。ちゃんと待ってるから」
彼女の表情は見えないままに、よしよしと上から頭を撫でた。
どうか彼女が、ここへ来ることを辞めてしまいませんように――いつか、自分でその心を抱えていける日が来ますように。そう願いながら。
弱くたっていい。
全然いいから、大事なのは弱くてもちゃんと弱さを抱えてまっすぐ生きていくこと、と思っています。
ダメだなんて思わなくていいから。
それに…つい弱いところに目が向いてしまうけれど、何に強くて、何に弱いか、が、違うだけ。
みんなきっと、それぞれがそれぞれの何かを抱えて生きているし
この子にも、誰にも、きっと強く輝く部分があるはず。必ず。




