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01 月夜を疾走する半裸

『舞台は明かりを消し、カーテンも締め切った自室。部屋中を漂う埃は、窓から差し込む日の光を反射して一筋の帯を描き、皺のよったパイプベッドのシーツを照らしている。唯一強い光を放つモニターにはノートパソコンのデスクトップ画面、メモ帳アプリのウィンドウが開かれている。パソコンの置かれた机の前には、これまたこの部屋にお似合いの清潔感のない男が一人座っていて 』


 文字列はそこで止まる。

 さっきまで滑らかにキーボードを叩いていた指は真冬の川に浸した後のように動かない。

 たっぷり数十秒間文末の展開を書きかえた後、俺は


「....飽きた」


 とりあえず気分転換でもしよう。ネットに繋がらない今の状況では出来る事が限られる。

 大したこともしていないのに丹念に伸びをしてから俺は部屋を振り返った。


 見慣れた六畳間だ。大学に入ってからの四年間で溜めに溜めたガラクタが部屋中に転がっている。

 机の上だけでもひどい有様だ。空き缶空き瓶ノート漫画ボールペン爪切りライタータバコ枯れた草等々、自分の部屋だというのに机に触るのにも若干躊躇する。


 それでも、掃除するよりはましだが。


 俺は部屋の数あるガラクタの中からエレキギターを引っ張り出すと、軽く埃を払ってからアンプにも何にも繋げずに弾き始めた。錆付いた弦、ずれたチューニング、反ったネックとこの上なく手入れされていないギターを、コードも何も知らないままに弾く。

 なんとなくでっぱった所で弦を押さえて、親指でかき鳴らしていく。他人が聴いたら多分ひどい音だが、誰もいないから関係ない。こんな事ならアコースティックを買っておくんだった。何にも繋げていないエレキギターでは、目論見どおり鳴らして近所迷惑になる事はなくても、こうやって遊ぶには物足りない。


 せっかくご近所さんもいないのに!


「酒が欲しい!電気欲しい!ネット欲しいもっともっと欲しい~♪」


 歌ってみるのはいいけど、替え歌だと流石に演奏の酷さが分かるな。


「タバコをー、ふかしーって部屋の中!なかーみ減ってくバッテリー♪へってくばかりで何も無い♪それ先がない♪」


 段々楽しくなってきた。俺、オンステージだ。


「ない!ない!記憶も無い!飯も無いけど欲も無い!外に出たって石ばっか!貰ったチートはどこですか~♪私の寄る辺はどこですか~♪」


 盛り上がってきた、最後は路上に飛び出してフィニッシュだ。


「俺のお城は俺の墓!死んでたまるか帰せ馬鹿!黙ってないで出て来いよ!俺のお墓は石の街!ヘイ!」


 ギター片手に勢い良く飛び出した先は玄関の外、本来ならばマンションの廊下がある。


 でも、そこに広がっているのは石の街。恐ろしく無機質で冷たい街だ。


 異世界召喚に喜んで外に飛び出した俺を自室に引きこもらせる程に。








 俺が石の街と呼ぶ外の世界は、基本石とセメントで出来ている。

 見渡す限りが白い、多分コンクリートのような固い平坦な床材で隙間無く覆われていて起伏も何も無い。

 俺の住んでいる部屋は、元のマンションとは似ても似つかないねずみ色の石造りの壁で出来ていて、外観からではとても内装がマンションの一部屋とは想像できないようになっている。

 似たような外観の石造りの小屋は、人が通る道や広場といった区画が無いかのように白い地面にぽつぽつと建っていて、内壁も外観から想像できるとおりの簡素な石造りになっている。

 ただ、家具の類は一切置いていないようだ。昔に俺が街を歩き回って確かめた限りだと、小屋の中は全て仕切りも何も無い、納屋のようなだだっ広い空間が広がっている。


 そんな光景が地平線まで続く。

 この街にはそれしかない。


「たまには散歩でもするかな」


 部屋に戻ってギターを置き、ぼろぼろになったスニーカーを履いて散歩をすることにした。

 適度な運動は、健康な生活の為に必要なのだ。

 さっきまで後世に託すための自伝、もとい暇つぶしの日記を書こうと思っていたがそれは帰ってからでもいいだろう。


「もう書くことも出来ないんだけどね....」


 残り少ない電池を節約する為にパソコンを消そうと思ったら、遂にバッテリーが切れていた。ギターで遊ぶのに思ったより夢中になっていたようだ。

 大きなため息を一つついて、改めて俺は散歩を始めた。


 見知った、ほぼ同じ造りの建物を横目に見ながら、俺は街を歩いていく。


「これでたまには変な建物でもあれば、まだやる気も出るんだけどな」


 たまに目に入るものといえば、マジックペンで記号が書き込まれたガムテープが建物の壁に時たま貼られているくらいだ。

 これも過去の自分が探索のために貼り付けた目印である。


「N-13地区、異常なしであります!」


「よし、引き続き巡回を続けろ!」


「隊長、日が落ちてきました!一旦撤退しましょう!」


「駄目だ、成果を得られない限り撤退は許さん!」


 半年ほど引きこもっていたお陰か、以前のように街を見るだけで気分が悪くなる事はないようだ。

 トラウマになるほど眺めた夕日が沈んだ後も、俺は街の散策を続ける事にした。

 久々の夜歩きは思ったよりも心地がいい。夜風になぜか懐かしさを感じる。


 全くの暗闇であれば歩いている内に石の壁に頭をぶつけたかもしれないが、この世界は街の奇妙な造りと比べると、空はいたって常識的な姿を見せてくれる。

 月の柔らかな光が、白くて平らな地面を照らしてくれるのだ。

 朝に同じ方角から太陽が昇り、夕に沈む。そして夜には星と月が出る。天動説だなんだとファンタジーな設定が飛んでこなければ、ここは星なのだろう。


 もっとも元いた世界との違いは空にもある。


 まず、晴れしかない。

 この街に雨が降ってくれればまだ景色の移り変わりを楽しめたかもしれないが、ここの天気は生憎と七日七晩雲ひとつ無い快晴だ。


 更に風も一定だ。

 暖かい穏やかな風が時折広場を吹きぬけ、石小屋と俺を撫でていく。壁に貼り付けたガムテープが時折なびくのがなんとも物悲しい。


 そして最大の違いが月だ。

 この世界の月はデカい。多分直径で五倍くらいある。お陰で夜もそこそこ明るい。

 さっきは月の柔らかな光が~なんて言ったが、ここに来て初日の俺は月の大きさと明るさに大層びびった。

 空にあいた白い穴みたいだった。

 あそこをくぐれば元の世界に帰れるかも、なんて本気で思ったものだ。


 まあ、それも数日経って満ち欠けがあることを実感してからは幻想だと気づいたのだが。





 しばらく歩いていると流石に暇になってきた。ここに来て俺は本の一冊も持ってこなかった事を後悔していた。周りの景色が一切変わらないと気が滅入る。これではいままでの探索となんら変わりが無い。

 それどころか探索用の鞄も持ってきていない。あれにはコンパスだの地図だの双眼鏡だのが入っていんだが。


「まあこんなもんか。今日はこれくらいにしておくかな」



 何の用意も無くこれ以上進むのは危険かもしれない。

 以前のようなノイローゼが再発するかもしれない。

 そういえばまだあの本は三周しか読んでいなかった。

 そうだ、今度はあの本を持ってこよう。

 大体、あれだけ探索して何も見つからなかったのだ。

 今回は最初から散歩しに来ていたわけだし。

 心なしか足も疲れて棒のようだ。



 しかたなく引き返そうと家に向かって数分歩いた俺は、ふと思いとどまって振り返った。


 本当に気まぐれだったと思う。大層な動機やきっかけなんてどこにも見当たらなかった。

 ただ、遂に風に負けて吹き飛ばされたガムテープの目印が俺の目に入ったから。

 目印を貼っていた自分を思い出してしまったから。


 一年以上この街に留まっている事が、馬鹿らしく思えたから。



「てんてーーてててててんてんてててて」


 運動会のあれを口ずさみながらクラウチングスタートの姿勢をとる俺。

 思いついてしまったからには運動不足でも解消しよう。

 適度な運動は、健康な生活に必要なのだ。


「さー、一枠一番は俺!第一回ストーンカップを制すのは誰なのか!」


 一人の男が大声で喋っている


「走者準備が出来たようです。3、2、1、パァン!!」


 月の明かりで一層白さを際立たせた地面を、男が一人駆けてゆく。

 次々と建物を抜き去りながら男が駆ける。

 きしみながら動き始めた肉体に熱い血が廻り、心臓は高らかに悲鳴を上げる。

 灼熱のような空気を肺が吸い込めば、焦った赤血球が我先にと酸素を奪い合う。

 我慢できなくなって着ていたジャージ一式を脱ぎ捨てれば、月夜を疾走するパンイチの成人男性が完成だ。


「さあ!始まりました1000kmマラソン!ゴホッ!実況のゴホゴホッ!そっ、走者の様子は!どうでしょうか!」


「走者はスタートダッシュを決めすぎたようです!ゴホッ!疲れました!!」


 種目は移り変わる、どんなときも。現代社会には対応力が求められているのだ。

 隙を見せればリタイヤしようとする足に懸命に鞭を打ちながらパンイチ男は走る。


「あ"あ"---!!!!ぎもちいいいいいい!!!!!ゴホッ!!」


 言ってはみたが全然気持ちよくない。

 辛い。肺が痛い。走るの止めたい。止めるか。


「いや!!!!走る!!!!!!!!」


 理由は無い。無性にそうしたい。心のどこかで自分が望んでいる。


「でもほんとに段々気持ちよくなってきたあああああああああああああ!!!!!!」


「すごい!今なら飛べる!!天まで!!月まで!!!!!!!」


「うおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 勿論飛べるわけは無いが、風のように走れてはいる気がする。頭真っ白だ。ランナーズハイ最強。


「ここまできたらぶっ倒れるまで走ってやるああああああああああああああ!!!!!!!」


 石の街を男が半裸で駆けて行く。

 何も無い街に、男の足音と叫びだけが響く。




 頭のねじが外れてしまった成人男性は、その後七日間全力疾走を続けた。




 え、俺なんかやっちゃいました?



読んでいただきありがとうございます!

そのうちヒロインもでてきます。


創作初めてですがなんとかなるといいなあ

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