6話
無事、警察の協力も得ることができ、俺達は田辺さんが埋められていたという場所に連れて行ってもらえることになった。
『KEEP OUT』と書かれたテープから歩いてすぐのところに田辺さんの遺体が見つかった場所に着いた。
「ここが、遺棄現場だ。それで聞きたいことはなんだ? どうせあるんだろう?」
もちろん、出なければここへ出向いた意味がない。一度協力すると決めたからであろうか、隠岐田さんはあまり嫌な顔を1つしなくなった。
「遺体を見つけた時間、死亡推定時刻、それから今警察が追っている一番の容疑者について教えてください」
「俺達から多くの情報を引き出すんだな」
「ええ、殺人事件は日が経てば経つほど犯人を見つけるのが困難になることが多いですからね。隠岐田さんたちが持っている情報を全て開示してもらった方が、早く犯人を見つけることに繋がりますから」
これらの情報を集めることはそこまで難しくはないんだが、時間が短縮できるならその方が良いからな。
「分かっているだろうが、ここで話すことは他言無用だぞ」
オレは頷き、隠岐田さんの話を聞いた。
「4月18日の朝に、平日このあたりを散歩するという70代の男性から通報が入った。我々がここに到着すると、明らかに掘り起こされたと分かる場所があった。男性から話を聞くと15日の金曜日の朝にはこのようになっていなかったと聞き、掘ってみると遺体が見つかった」
田辺さんが殺害されたのは15日の深夜だと言っていた。つまり、15日の深夜から18日の朝までの間に遺体が埋められたと考えられる。
「死亡推定時刻は、遺体の状況と通報者の男性の話から考えるに、15日の昼から夜にかけてだと考えられる。それと殺人現場だが、遺体がブルーシートにくるまれていて、血痕もそのシートの大部分に付着していたことから殺人現場はここと異なるだろうとして、今我々は殺人現場の特定にあたっている」
わざわざ、ブルーシートを敷いて殺害したのは犯行場所を特定されないようにするためだろう。つまり、田辺さんと繋がりがあり、犯人の自宅周辺などで特定されると捜査線上に名前が挙がってしまうからそれを防ぐためにブルーシートを敷いたと考えられる。
「それで、我々警察が今一番疑っているのは――渡会慎太郎、被害者の恋人だ」
ここまで、オレや涼香が隠岐田さんたちに怒られているときも何一つ反応していなかったが、渡会慎太郎という名を聞いた途端、一瞬だけ田辺さんが笑みを浮かべたように見えた。
*
「一番の容疑者がお姉さんの恋人ですか……」
事務所で帰り支度をしている涼香がそう呟いた。あの後、隠岐田さんたちから得られる情報を全て聞いたオレたちは時間が遅いこともあって今日のところは引き揚げていた。
「お姉さん、本当に誰に殺されたのか覚えてないんですか?」
「ごめんね、何度も思い出そうとはしているんだけど、どうしても事件前後の記憶がないの……」
「いえ、責めてるわけじゃ……」
「涼香ちゃん、大丈夫よ、ちゃんと分かってるから。ただ、渡会君が犯人だとしても証拠を見つけるのは大変そうね」
「そうですね、警察の方から聞いた話では渡会さんにはアリバイがあるそうですし……」
警察の捜査の結果、田辺さんを殺害する動機がありそうなのは渡会さんしかいないとのことだ。2人は3年前から付き合っていたらしいが、最近は不仲であったという噂が近所で広まっていたらしい。その不仲の原因がどうやら田辺さんの浮気性が問題ではないかとのことだ。
もちろん、そのことはすぐに田辺さんに確認した。けれど、そのような事実は一切ないと言われた。この噂の出所は渡会さんの知人かららしい。もし、浮気が本当なら、渡会さんが田辺さんの浮気を許せなく殺したと考えると辻褄が合う。逆に浮気が事実でなければ、渡会さんが田辺さんを陥れたとも考えられる。
そうなると、田辺さんとの関係を続けるのが嫌で殺したことになるが……この線は薄いだろう。動機にしては弱すぎる。ただ別れたいならもっと別の手段も採れるはずだ。わざわざ田辺さんと別れるために殺人を犯すというのは、考えにくい。
もし、それが目的なら相当いかれている言っても過言ではない。ただ、渡会さんの人物像を聞く限りではまずありえないだろう。
渡会さんは難関とも言われる大学を卒業し、司法試験の勉強をしながらコンビニでバイトをして生計を立てているらしい。真面目で誰にでも優しいのが渡会という男だ。
「真也さん、この事件解決できそうですか?」
「今持っている情報だけだとほぼ不可能といえるだろうな」
「渡会さんが犯人だとしたら、やっぱりアリバイがあることが厳しいですね」
「ああ、聞いた限りの話では間違いなく、渡会さんにアリバイがあると言ってもいいな」
何かあった時に連絡が取れるよう、部下の方の沢田さんには連絡先を教えていた。事務所に着いたぐらいに、新しい情報が届いた。田辺さんの死亡推定時刻が15日の夜10時から深夜1時だということが分かったということだ。それに関しては田辺さんの話を聞いているため大体は予想出来ていたが、その時間、渡会さんはどうやらコンビニでバイトしていたことが確認されているらしい。
コンビニには監視カメラがしっかりと設置されており、死亡推定時刻の間渡会さんはずっと監視カメラに写っていたらしい。つまり、監視カメラの映像を証拠とすれば、渡会さんが田辺さんを殺害する時間はなかったことになる。
このことが原因で一番の容疑者である渡会さんを犯人として逮捕できないみたいだ。
「これ、私たちがどうこうできる話なんでしょうか? 動機がありそうなのは渡会さんしかいなくて、その渡会さんにはアリバイがある。どう考えても、犯人を見つけるのは完全に不可能じゃないですか」
完全に不可能……確かにそう考えたくなるのも無理はない。だけど、オレたちは探偵だ。
「涼香、探偵になるうえで一つだけ忠告しておく」
「忠告ですか?」
「ああ、どんなに不可能だと感じても、最後まで事件解決に努めることだ」
「努力することでいいんですか?」
「途中で投げ出さない。それがオレが探偵になる時に決めたことだ」
「そうですね。しっかり捜査していないのに弱気になっていました。これじゃあ、探偵の助手失格ですね。私、めいいっぱい頑張ります」
胸の前でガッツポーズを両手でしながら意気込んだ涼香を見て、田辺さんがクスクスと笑った。
「2人はとても仲が良いんですね」
「そうですか?」
「ええ、結構長い期間一緒に過ごしてきたんですね」
田辺さんのその言葉を聞いてオレと涼香は目を見合わせて笑った。
「いえいえ、私が真也さんに出会ったのは今日の朝ですよ」
「え~、そうなの? なんか2人からは長い間お互いのことを考えていたような関係に見えたんだけどな~」
「そうですかね?」
キョトンとした顔で首をかしげる涼香。そしてポンッと手を叩いて、
「でも、それなら真也さんの助手として良い関係が築けそうですね」
こちらを見て、笑みを浮かべて来たのでオレも笑っておいた。
「私も渡会君と2人みたいに仲良くできてたら良かったのにな……」
そんなことをボソッとつぶやいた。それは、オレ達には聞こえるか聞こえないか分からない本当に小さな声だった。どうやら、涼香には聞こえなかったらしく、再び2人で話し始めた。オレはというと一人で事件のことについて考えることにした。
確かに、渡会さんのアリバイは完璧のように思える。だが、オレ自身が見たり、検証したわけではなく、あくまで警察が捜査した結果を聞いただけだ。もしかすると、警察が見落としてることがあるかもしれない。
どんなアリバイトリックも人間が作り出したものだ。だったら同じ人間であるオレに解けないはずはない。本当に渡会さんが白かどうかはオレ自身が捜査してから決める。
それに、オレには隠岐田さんたちの話の中で1つ気になっていることがある。それは、隠岐田さんから渡会さんの名前が出た時、確かに田辺さんは笑っていたことだ。田辺さんは犯人に心当たりがないと言っていた。だから、その犯人候補に恋人であった人の名前が出れば動揺してしまうか、自分を殺したかもしれない渡会さんに対し怒りを向けるかが普通であると思う。ただ、田辺さんは笑ったのだ。
それは無意識に笑ってしたものなのか、それとも……