3話
それは怒りを込めた強い言葉でその幽霊は言った。
「私を殺した人を捕まえてほしいんです」
「え?」
幽霊の言葉に反応したのは涼香だった。
「お姉さんを殺した人を捕まえて欲しい? え? すみません少し理解が追い付かないんですが……」
状況を飲み込めず、混乱している涼香に対し、幽霊は優しそうに声で
「ああ、ごめんね。ちゃんと説明しないと分からなかったよね」
と言った後、今度はオレの方を向いて話し始めた。
「私の名前は田辺美帆と言います。殺されたのはたぶん、今月の15日金曜日の深夜だと思われます」
「思われます? 失礼ですが、田辺さんは殺されたときのことを覚えていますか?」
殺した人を探してほしいという割には、曖昧な情報を話してくる田辺さんに違和感を覚えた。
「いえ、殺された衝撃のせいなのか、誰に殺されたのかも、どこで殺されたのかも覚えていません」
「殺された場所も分からないんですか?」
「はい、どうやら私の死体が見つかった場所と殺された場所が違うみたいなのです。私が目を覚ましたのは、ここからそう離れていない山の中でした」
話から察するに犯人が田辺さんを山に埋めたってことだろう。あとは、何故殺害現場と遺体遺棄の場所が違うと気づいたのかについて聞こうとした。けれど、先に口を開いたのは涼香だった。
「あの~、何で田辺さんは殺された場所が違うと分かったんですか? どこで殺されたかは分からないって言ってませんでしたっけ?」
「ええ、私が目が覚めたのは自分が埋められていたと思われる場所の上よ。そしたら、周りに警察の人が居て話をしてるのを聞いちゃったのよ。殺害場所がココじゃないって」
「他の人には田辺さんの姿って見えてないんですか?」
「ええ、見えていないわ。見えているなら警察の方に捜査してもらっているわよ」
「それもそうですね」
警察が田辺さんの姿が見えているならわざわざ探偵事務所に来ないだろう。いや、そもそも何故ここに来たのだろうか。オレ自身幽霊が見えると公言したこともなければ、そういう系の依頼を受けたこともない。辺りの探偵事務所を総当たりしたのだろうか?
「でも、なんでここに来たんですか? 普通、幽霊なんて見える人なんてほとんどいないわけじゃないですか。それなら、霊媒師のところへ行った方が良かったんじゃないですか?」
オレが質問したいことを涼香が全て代わりに言ってくれている。おかげで静かに考えをまとめることが出来る。予想以上に涼香は使える存在かもしれない。雇って正解だったな。
「私も最初は近所で有名な霊媒師やテレビで取り上げられている霊媒師に会いに行ったわよ……」
「なら、なんで?」
「それが、全く私の姿が見えないペテン師どもだったのよ」
だろうな。じゃなきゃオレのところに来る必要はないはずだ。
「ペテン師?」
「ええそうよ。ほんと無駄足だったわ」
「大変だったんですね」
「でも、そのあとは運が良かったわ。私のことが見える人が居たのよ」
「どんな人なんですか」
「かなりの年をとった神社の神主さんよ」
神社の神主さんなら見えていてもおかしくはないだろう。現に神社で働いてやオレはもちろん、じじいだってしっかり見えていたんだからな
「その人に事情を話さなかったんですか?」
「ちゃんと話したわよ。でも、その人は私のことを警察に話しても信じてくれないから自分じゃ力になれないって言われたのよね」
幽霊を見て話を聞きましたと言われても警察は戯言としか思わないだろうしな。他の国では霊能力者のおかげで解決した事件もあるらしいが、ここは日本だしな。本当になにも他に手段がないとしたら、一プ信じてくれるとは思うが、事件があってから数日しか経っていないし、その神主さんが下手に引き受けなかったのは正解だったな。
「それでね、そのおじいさんがね行ったのよ私に。
『伊神探偵事務所にいる伊神真也という男を訪ねればよい。そいつはお前さんの姿も見えるじゃろうし、力にもなってくれるじゃろう』
って言われたから、ここへ来たのよ」
おい、まさかその神主って……
「真也さんって神社の方まで名前が届いてるほど凄い人なんですか?」
涼香がそんなことを言ってくるが、伊神真也の名はそこまで有名じゃないはずだ。オレは耐え切れず、田辺さんに1つ質問した。
「その神主さんってオレと面識がある方ですよね?」
「ええ、おじいさんは言ったわ。
『その真也っていう男はな、わしの神社で鍛錬を積んでいたんじゃ。あいつに任せておけば何とかなるぞ』
ってね。だから私は真っすぐこの事務所に向かったわ。そしたらあのおじいさんの言う通り、私のことが見えてるみたいで安心したわ。まさか、この可愛い女の子のあなたまで私を見えているなんて驚いたわ」
あのじじい……やってくれたな。面倒事を押し付けやがって。あのじじいだって探偵の真似事ぐらいできるだろうに。推理力だって警察なんかよりもあるんだから。
「真也さん、もしかしてそのおじいさんって」
どうやら涼香も気づいたらしい。
「ああ、間違いなくオレが住んでいた神社の神主だな」
「なるほど、それで田辺さんが真也さんのところへ訪ねて来たんですね」
久しぶりに会いに行こうと思ったらこれだ。今度じじいに会いに行ったら苦手な物を一緒に土産に持って行ってやる。
「それで伊神さんは私の依頼を引き受けてもらえますか?」
引き受けるかか……、本音を言うなら引く受けたくはない。伊神真也は平凡な探偵でありたいからだ。ただ、この場には涼香がいる。ここで下手に断るのは後々めんどくさいことになるだろう。
「この事務所は、今まで殺人事件の依頼を一度も受けたことがない。それでも田辺さんはいいんですか?」
これは、確認しとかなければならないことだ。後から経験ないのならやっぱり依頼を取り下げますなんて言われてしまうのは正直ごめんだ。そちらの世界に足を踏み入れれば二度と引き返せない。だから、田辺さんにここで選択してもらう必要がある。
「それでも構いません。今から他の探偵を探していたら犯人を捕まえるのがより困難になります。なので伊神さん、どうか私を殺した人を捕まえて下さい」
自分を殺した人を捕まえて欲しい。そんな依頼が今まであっただろうか。田辺さんは幽霊となった身でも頭を下げ必死にオレに協力を求めてきた。
「真也さんどうしますか?」
ここまでされてしまったら田辺さんの依頼を断ることはできないだろう。
「オレ個人としては引き受けても良いと思う」
「なら、私もついて行っても良いですか?」
「え?」
「私も田辺さんの役に立ちたいんです」
オレ個人で動くならまだ良い。ただ涼香を巻き込んで良いものなんだろうか。正直、女子高生が殺人事件を調査するのは気が引ける。人間の醜い部分をたくさん見えてくるだろうし、場合によっては、死体を始めとした嫌なものも見てしまうことある。
「無理に付き合うことはない。殺人事件を調査するってことは何かあった時にオレだけの責任で済まない可能性もあるし、何より嫌な場面に遭遇する可能性も考えられなくはない」
「でも……」
オレは二度と同じ過ちをしたくない。だからこそ、涼香のついて行きたいという言葉には素直に了承できない。
「涼香は今日から雇ったバイトだ。この依頼はオレが仕事紹介の時にしたものと比べものにならない程厄介だが、それを理解して言っているのか?」
興味心というだけでは絶対に任せられない仕事。やるからには覚悟を持ってもらう必要がある。
「重々理解しているつもりです。生半可な気持ちでやろうとは思っていません。だから、私も事件の調査に協力させてください」
涼香の目からは強い意志を感じた。決して面白半分でやろうとしているわけではなさそうだ。
「分かった。涼香もこの事件の調査を一緒にやっても良い」
「ありがとうございます」
「ただ、何かあった場合にはすぐに手を引かせさせるから、それだけは覚えておいてくれ」
「分かりました。足を引っ張らないように頑張ります」
オレたちが話し合っているのを何故か微笑ましそうに田辺さんは見ていた。少しの間放置してしまったのは申し訳がない。
「すみません、お待たせしました。この依頼を伊神探偵事務所が責任持って引き受けさせていただきます」
「よろしくお願いします」
「では早速ですが、事件について教えてもらっても良いですか?」
オレはこの事件を調査することに決めた。
4話は明日の12:00頃投稿予定です。です