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10話

 ――――4月23日土曜日


 待ち合わせの4時にコンビニに着くとメガネを掛けた、いかにも真面目そうな男が立っていた。


「あの人でしょうか?」

「たぶん、そうだろうな」


 眼鏡を掛けているため一瞬大人っぽく見えるが、24,5歳には見えない。高校生と言われても信じる人が多いのではないだろうか。オレたちが近寄ると三田さんらしき人はビクビクし始めた。


「こんにちは、伊神探偵事務所の伊神真也です」

「助手の影井涼香です」


 オレたちが名乗ると安心したのか、口を開いた。


「初めまして、三田寛也です」

「今日は時間をとって頂きありがとうございます」

「いえ、大丈夫です……警察の方からも話は何度か聞かれましたので、ここまで来たら何回聞かれても変わらないですよ」


 強気な言葉の割には三田さんはおどおどしている。渡会さんが年下のように扱ってしまうのも無理はないように感じる。実際三田さんはオレより2,3歳上だがそうは見えない。涼香と同じ年だと言われても信じられるぐらい童顔だ。


「立ち話は何ですので、近くの喫茶店にでも入りますか」


 渡会さんの時はバイトの休憩の合間であったが、三田さんはバイト終わりだ。なら、ここで話す必要はないだろう。


     *


「へぇー、田辺さんは三田さんに弁当を作ってあげてたんですか」

「はい、お金にちょうど困っていたときだったので本当にありがたかったです」


 田辺さんからそのことは聞いていたが、涼香は興味深そうに聞いていた。


「それで最近、何か変なことありませんでした?」

「へ、へ、変なこととは?」

「何でもいいんですよ? 田辺さんが亡くなる前、渡会さんと田辺さんに変わったことはありませんでしたか?」

「いえ、何も、何も無かったと思います」


 明らかに動揺をしている。さっきから、目を合わせようとしない。三田さんは何かを隠している。そのことを問い詰めようかとしていると、涼香が遠慮がちに手を挙げた。


「じゃあ、私からいいですか?」

「ええ、いいですよ」

「三田さんは、田辺さんと渡会さんが恋人であったということは知っていましたか?」


 三田さんは自分を落ち着かせるために飲んだコーヒーでむせた。


「え、あの2人って付き合っていたんですか?」

「知らなかったんですか?」


 どうやら、三田さんはそのことを知らなかったようだ。オレ自身は当然知っているものだと思っていた。だから、オレは絶対その質問をしなかっただろうから涼香の質問はナイスだ。


「ですよね、あんなに優しい方に恋人の1人もいないなんてあり得ないもんな……」


 さっきまで動揺していたのに、今度は1人で勝手に落ち込み始める三田さんを横目に、オレは涼風香に耳打ちした。


「良く気付いたな。三田さんが2人の関係を気付いてないって」

「三田さんの話し方が田辺さんに恋してるような感じだったので」

「オレは聞いててもそんなの気付かなかったけどな」


 オレの言葉を聞いて涼香はクスクスと笑った。思わず可愛いと思ってしまったが、すぐに首を振った。


「私、女子高生ですよ。そういうのを見抜くのは得意な年代ですから」

「凄いな、女子高生って言うのは。オレにもその力、身につけられると思うか?」

「可能だとは思いますが、真也さんには難しいかもしれないですね」

「どうしてだ?」

「真也さんは誰かに恋したことないでしょう?」


 勝手に決めつけないで欲しい。オレにもその経験の一度や二度……


「ないな」


 あるわけがない。高校生まではじじい達にしごかれて、それ以降はずっと仕事をしていた。そんな暇がどこにあるだろうか。いや、そんなことを考えもしなかったのが原因だ。


「やっぱりそうですよね。でも、今後女性と話す機会が増えれば自然に身につくと思いますよ?」

「そういうものなのか」

「ええ」


 女性って言っても涼香を除けば依頼人ぐらいとしか話していないからな。それもかなり年上の。


「そういうことだったのか。だから、急に……」


 意識を取り戻したかのように突然何かをつぶやき始めた。


「何か思い出したんですか?」

「いえ、そんな大したことでは。こんなどうしようもない男のただの失恋話ですよ」


 そこまで自分を卑下しなくても良いと思うが、こうなった人を励ますのは骨が折れるから慰めはしない。その辺は勝手に立ち直ってくれ。


「聞かせてください。関係ないと思っていたことが意外と事件に繋がったりしますから」


 その言葉に三田さんは一瞬ビクッとしたが、「絶対関係ないと思うからいいか……」とぎりぎり聞こえる声でつぶやいた。


「いやね、さっき僕は田辺さんから弁当を時々作ってきてもらったって言ったじゃない? でもね、ある時から急に弁当を作ってこなくなったんだよね」

「じゃあ、最近は全くもらってなかったってことですか?」

「はい、そうです。何の前触れもなく急に無くなったんですよ……。それ以降も普通に話すことはあったんだけど、なんで最近弁当を作ってきてくれないんですか? なんて言えないじゃないですか。だからずっと気になってたんですよ」


 何かがおかしい気がする。三田さんのことを聞いていたとき田辺さんはそんなことは一切言っていなかった。ただ、忘れていたのか、普通に作るのが飽きたのか、それとも……


「今思えば、あれは2人が付き合うことになったからだったのかな。彼氏持ちの子が他の男に弁当なんて普通作らないもんな。いい夢を見たと思って諦めるか……」

「すみません、田辺さんが弁当を作ってこなくなったのってどれぐらいの時期だったか覚えてますか?」

「半年ぐらい前だったかな?」

「え? それ本当ですか?」


 『半年前』という単語を聞いて机から身を乗り出して、三田さんに尋ねる涼香。その勢いに戸惑いながらも三田さんは答えた。


「1ヶ月のズレはあるとはしても大体その時期ですよ」

「そうなんですね。ありがとうございます」


 お礼を言い、自分がメモをしてきた手帳を開きだす。どうやら、涼香もオレと同じ違和感に気づいたようだ。


「あと、田辺さんが浮気をしていたというのは本当ですか?」


 その質問が可笑しかったのか、少し笑っていた。


「それはないと思いますよ。彼女がよく話すのは僕か、渡会さんぐらいだったので。僕が見てる限りではそんな素振りは見たこともないし、聞いたこともないですよ。それに付き合って半年で浮気なんてしますかね。僕に弁当も作んなくなったぐらいですよ」

「確かに付き合って半年で浮気する人は少ないですよね」

「そうです。それに浮気なんかしてたら大変ですよ」


 さっきまでおどおどしていたのに急にべらべらとしゃべりだした。


「渡会さんは、言っちゃ悪いんですけど、独占欲が強いんですよ。たぶん浮気なんかしたらただじゃすまないと思いますよ。大学時代に、それに付き合いきれないと何人も破局したとかそんな噂がありましたね」


 失恋のショックでヒートアップしていたが、徐々に冷静さを取り戻したようでこちらに頭を下げてきた。


「すみません、取り乱しました」

「いえ、有益な情報ありがとうございます」

「……有益、ですか? ……今の話に得られる情報なんてあったんですか」

「ええ、それもたくさん。ご協力感謝します」


 オレがわざとらしく、笑顔でお礼を言うと、三田さんの顔色が一気に悪くなった。


「大丈夫ですか、三田さん?」


 三田さんの様子が心配になったようで涼香が話しかけると、突然三田さんは席を立った。


「今日はこれで失礼します。代金はここに置いときますので……」


 お金を置いてここから去ろうとする三田さんにオレは最後に一つだけ聞くことにした。


「事件当日、三田さんは渡会さんと一緒にいたというのは本当なんですね」

「それは本当です。じゃあ、僕はこれで」


 そう言い残して店から出て行った。席から店を出て行った三田さんの様子が見え、どこかに慌てて電話していることが分かった。


 オレは確信した三田さんは何かを隠していると。しかも事件に大きく関わっていると。

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