9話
涼香が帰ってしばらくすると、田辺さんが事務所に戻ってきた。
「何度も聞くようですが、どこに行ってたんですか?」
「ただふわふわ飛んでいただけよ」
オレたちが捜査をしている間田辺さんが何をしているのか気になるが、そのあたりのことは教えてくれないらしい。
「まあ、いいです。それより、三田さんという方をご存知ですか?」
田辺さんは少し思い出す素振りをした後、手をポンッと叩いた。
「ああ、渡会君と同じバイトの子よね」
「ええそうです」
「彼がどうかしたの?」
「田辺さんが亡くなったあの日、渡会さんと同じ時間に三田さんがバイトをしていたみたいなんです。それで、今度話を聞くことになったのですが、田辺さんは三田さんと面識があるのか気になりまして」
「何度かは話したことはあるわよ。時々渡会君のバイト終わりを見計らって迎えに行ったりしたから、シフト交代になる前の三田君とは会ってたから」
どうやら、三田さんとも一応は面識があるみたいだな。その線は薄いが一応容疑者として入れておくことにしよう。
「三田さんは、田辺さんから見てどんな方でした?」
「どんな人か~。そう言われると難しいわね」
「何でもいいんです。話を聞く前にどんな人かを把握しておきたいので……」
「彼は大人しいけど真面目な子だね。ちゃんとバイトの10分前に来て私と話してたぐらいだから」
「真面目な子ですか」
「ええ、確か3回ぐらい大学受験に失敗しちゃって今は大学4年生とかじゃなかったかしら」
3浪して今大学4年生ということは24,5歳か。渡会さんて確か23歳とかじゃなかったか?
「三田さんの方が年上なんですね。てっきり渡会さんの方が年上なのかと思ってました」
「渡会君は誰とでも仲良くなれるのよ。だからあの子の前ではあまり年齢差とか関係ないわ。じゃなきゃ年が離れてる私と付き合ってくれないわよ」
渡会さんは三田さんのことを『君』付で呼んでいたから、渡会さんの方が年上だと思っていた。
「それでね、三田君は学費も自分で払っているみたいだから生活していくにも厳しいみたいなの。遅くまで一生懸命働いていたな……、それで時々弁当を作って渡してあげたっけ」
「優しいんですね」
「まあね、困っている子は助けたい性分だったから」
そんな優しくしてもらっているなら三田さんもシロと思いたくなってしまう。でも、優しくしてもらっているのは渡会さんも一緒だ。優しくしてもらってるから動機がないというのは=ではない。
「助かりました。これで三田さんと話すときも何とかなりそうです」
「そう? 捜査の助けになったら良かったわ」
意外と有益な情報だった。あとは三田さんと話して、田辺さんとの話で食い違いがあれば一気に疑いが増す。
「あと、1つ良いですか?」
「いいわよ」
「気のせいかもしれませんが、ひょっとして涼香のこと避けてませんか?」
田辺さんはどこかに行ったかと思えばここへまた戻ってくるが、それはオレが1人でいるときだった。
「バレた?」
「ええ、大した用もないのにわざわざオレ達から離れてましたからね」
「用はあったんだけどね……。まあ気づいちゃうよねよね、結局涼香ちゃんと会ったのは依頼に来た日だけだったし」
田辺さんは依頼初日以外涼香がいない時間に訪ねてきているからな。その日に涼香が田辺さんに失礼なことをした覚えはない。露骨に避ける理由に意味はあるはずだ。
「何か涼香が失礼なことしましたか?」
「いえ、そんなことはないです。涼香ちゃんは良い子ですよ。避けてしまっているのは私が2人が一緒にいるのを見たくないというのが1つの理由で……」
「それは前に言ってたオレと涼香が仲が良さそうに見えるからですか?」
「ええ、私は渡会君と最後は良好な関係じゃなかったから、仲いい姿を見てるとね、呪っちゃうかもしれないわね」
ニコッと笑いながら恐ろしいことを言ってきた。
「じゃあ、その時は強制成仏させますね」
悪霊化する前であればオレでも強制成仏ぐらいさせられるからな。
「それは嫌ね、あなたたちを呪うのはやめておくわ」
「助かります。オレも余計な体力は使いたくないので」
やり方は知ってるとはいえあまり使いたくはない。だからオレや涼香が危険な目に遭わない限りは使う気はない。
「あと気になってたんだけど、涼香ちゃんはここに住んでるの?」
何を言ってるんだろうかこの人は。女子高生と一緒に住んでたら問題だろ。探偵が警察の厄介になるわけにはいかないからな。
「住んでませんよ」
「そうなの?」
「当たり前でしょう」
「ふ~ん、初めて会ったのいつって言ってたっけ?」
「田辺さんが依頼しに来た日ですよ」
それはこの間言ったはずなんだが、この人は忘れっぽいのだろうか……
「それ、本当?」
急に真面目そうな顔つきになる。
「あなたを見てると特に感じるんだけど、初めて会ったのが昨日とは思えないのよね。あなたが涼香ちゃんを見る目がお父さん? というよりはお兄さんみたいな感じなんだよね。はっきり言ってしまえば、会ってそんなに経ってない子を見る目じゃない」
案外、この人鋭いんだな。素直に感心してしまう。
「もしかして、生き別れた兄妹的な感じだったり?」
「いえ、そういう感じではないです。もちろん血がつながった兄弟でもなければ親戚の子でもありません」
「あら、『初めて会ってない』ということは否定しないのね」
「否定したところであなたは信じないでしょう?」
田辺さんはクスクスと笑って、
「ええ、私は『自分で見たものしか信じません』から。だからあなたが否定しても私はそう思うだけ。でも否定しなかったことはやっぱり、涼香ちゃんと会ったのはあの日が初めてじゃないのね」
「かなり昔のことですよ、一度依頼を受けた時に会ったことがありますから」
「へ~、涼香ちゃんはそのことを知ってるのかしら?」
「いえ、覚えてないと思いますよ。この前会った時に涼香はオレのことを覚えて素振りはなかったからですから」
「可哀そうに……」
「まあ、涼香は当時小学生でしたからね。覚えてないのも無理はないですよ」
「そっか~」
「これでいいですか」
ほんの少しだけだが、オレと涼香とのことは話した。これ以上のことは話せないし、話したくもない。
「ええ、十分よ。話してくれてありがとう」
「一応このことは涼香に内緒にしといてもらえますか?」
「別にいいわよ」
てっきり普通に涼香に話してしまうかと思ったが、案外簡単に聞き入れてくれた。
「何か理由があるみたいだから深くは聞かないし、立ち入るつもりはないわ。それに私は犯人を捕まえてくれるだけで満足だからね」
涼香がオレとのことを覚えていないのであれば、どっちにしろ、いつかは教えるつもりだ。ただ、それはまだ時期が早い。理想としては涼香が大学卒業したぐらいに伝えるのがベストだろう。
「話はズレちゃったけど、もう一つ私が涼香ちゃんを避けている理由を言っとくわね」
「まだあったんですね」
「ええ、これが一番涼香ちゃんに近寄りがたい理由よ。私はあの子の目が怖いの」
「目?」
田辺さんは一度頷き話を続けた。
「あの子はなんでも見透かしちゃいそうな目をしているの。心の隅々まで見られるんじゃないかと思うほどにね。それが私には怖くて耐えられない」
誰でも心を見られていると思えば恐怖は感じるもの。ただそれ自体は決して難しいことではない。心理学に通しているものであればそう思わせることぐらいできるからな。
「ただ、それと同時にあの子は何か大きなものを抱えている気がするのよ。たぶん他の人では気づかない程、心の奥深くにしまい込んでいる。そういった子は簡単にダメになる。だから気にかけておいてあげて、いつか爆発して手に負えられなくなる前に」
「分かりました。涼香に注意を向けておくことにします」
「あら、意外に素直なのね」
「嘘を言っているように思えませんから、信じますよ」
「なら良かったわ」
そう言い残してまた事務所から飛び出て行った。
次の日、渡会さんから連絡が来た。23日の土曜日に三田さんが会うこととなったため、今日は涼香に田辺さんから聞いた三田さんのことを話すだけで終わりそうだ。