9:黒歴史を語る会
「ほう?そう来るか」
リデアの呟きが聞こえる。
リデアを守るように立っていた男たちが私の前に立ちふさがる。
体内の魔力をぐるりと回す。
思い描くは一つの形。
「固定し、施錠する」
二人の男、それぞれに魔法を掛ける。
「なっ」
左に居る男から声が上がる。
右の男は即座に何か行動を起こそうとしたようだが、四角く囲われたブロックの中から出ることはできなかった。
「中々面白い術を使うの」
それを眺めていたリデアは楽し気に笑う。
「私は君に首ったけでね、他の奴なんて相手にする気はないのさっ」
「う、うむ、そうか」
リデアは返事に詰まりながらもその身の周辺に魔法を展開していく。
『わー、怖い』
隣人の言葉に心中で同意する。
リデアの周りには透明な球体が複数個浮いていた。
透明なのに球体だと分かったのは魔力反応を元に形を割り当てたからだ。
普通の人間には見えないだろう。
そしてなにより恐ろしいのが、
「それ」
一つの球体が私の頭目掛けて飛んでくる。
当たれば即死なため当然回避が必要だ。
私は球体へ剣を叩きつけて魔力を流し込んでから横に跳ねて回避した。
私の魔力によってコントロールを失った球体はどすんと地面に落ちる。
「ほー、中々器用な真似をするの」
何より恐ろしいのが、アレの一番の武器がただ見えないだけではないということだ。
もし、私が魔力を流していなければ、確実に追尾して私の頭を飛ばしていただろう。
「じゃあこれはどうじゃ」
三個の球体が私の頭、右腕、左足を狙って飛んできた。
リデアとの距離は10メートルほど。この攻撃を避け切れればこちらの手が届く。
『飲み込めちゃんは?』
貪食する暗闇のことを言ってるならもう次から「行けっ飲み込めちゃん!」って詠唱したいんだが。
『すればいいんじゃない?』
するかー。
中二病患者私が作った魔法と、観光大好きまったり少女のリデアの作った魔法、どっちが存在強度が高いか比べてみるとしよう。
体の魔力を一つに纏める。
「行けっ、飲み込めちゃん!」
「その詠唱なんじゃっ!?」
リデアの驚きが辺りに響く。
リデアの放った三個の球体は私の放った「飲み込めちゃん」によって吞まれていった。
飲み込めちゃんはその勢いのままリデアの方へ飛んでいく。
「むっ」
リデアは横に跳ぶことで回避したようだ。
「儂の魔法が持っていかれるとは、後でソレ教えてもらおうかの」
「正直黒歴史だからあんまり思い出したくないんだが」
「まーまーそう言うな。儂の魔法も教えてやるから」
「ちなみに名前は?」
「……………不可視の球体」
リデアが少し恥ずかしそうにぼそっと呟く。
「へぇー」
「なんじゃその目はっ!お主の魔法の方が変な名前しとったじゃろうが!いいんじゃよ儂のは、結構前にノリで作った魔法じゃし、別にもう唱えなくとも出せるようになったからっ」
「いや、名前の恥ずかしさなら私の負けだし特に言うことはないが」
「そうじゃろ?儂の魔法の名前が変なわけじゃないもん」
彼女は恥ずかしさが消えていないのか頬が少し赤い。
「ちなみに他にはどんな魔法があるんだ?」
「言・う・わ・け・な・い・じゃ・ろ・!」
リデアはそう叫んで新しい球体を生み出し、こちらに飛ばしてきた。
私は剣を叩きつけて魔力を流し、その制御を失わせる。
「むー、次は上手くいくと思ったんじゃが。お主結構魔法戦慣れとるな?」
「魔法というのは戦いの中で成長させるものだと聞いているのでね」
「良い師を持っているようじゃなー」
『過去の自分だけどね』
それも黒歴史製造機。
「よし、これならどうじゃ?」
リデアがまた一つの球体を飛ばしてくる。
私はそれに剣を叩きつけ――――――――――――
叩きつけたら、ぽよんと跳ね返された。魔力を込める暇もない。
「ふははは、どうじゃそれなら制御を奪うことはできまい」
「固定し、施錠する」
柔らかい球体を四角い檻に捉える。
球体はすとんと檻の底に落ちて停止した。
「んなっ。
…………反発要素を入れて遠隔操作に必要なリソースをケチったのが仇になったか。そうなると単純に操作系統を弄ってこっちの命令以外は受け付けないようにするのがよいかの。いや、最初から単一の命令を実行するようにした方がよいかもしれん」
リデアはぶつぶつと呟いている。
「シュカっちー、倒したよー」
私の背中から声が掛かる。
振り返るまでもなくプラウラの声だ。
「後は一人だけっすね」
若干疲れた様子のロウファンも喋っている。
「リデア、そろそろ休憩にしないか?」
「…………はぁ、しょうがないの。今回は引き分けということで許してやろう」
「そうだな」
リデアの言葉に頷く。
彼女が全力で私たちを相手にするというのなら、三対一でも勝敗は分からなかっただろう。先ほどまでのアレは彼女からすればただの遊戯だ。
私としては本格的な魔法戦闘ができたので十分収穫はあったしこれ以上戦うと私の身体がもたないのでパスしたい。
『まー、勇者としての肉体の完成度は半分くらいだからしゃーないね』
リデアが早足で歩いて行き、私の後ろで転がっていた男二人をつつく。
「おい、起きろ」
「おわっ、気付いたら負けてたっ!?」
「銀髪美少女と黒髪美女のコンビに負けた俺に悔いはない」
一人は自分が敗北していたことに驚き、一人は晴れやかな顔で目を閉じた。
「兄、弟、さっさと動け、働け、そして客人に料理を振る舞え」
「料理かー、何がいいかな」
「まさかあのカップルに料理を振る舞える日が来るとは思わなかった」
「いいから行け」
「「イエッサー!!」」
ぴしっと敬礼した男たちはすぐに動き出すと、ミルウィリックの町へと走っていった。
「コイツ、少女って年齢か?」
ロウファンは先ほどの男の言葉が疑問なようだ。プラウラを見ながら首を傾げている。
「なーんか若く見られるのよねー」
へへへ、と得意げに笑うプラウラ。
「プラウラっていくつなんだ?」
少し気になった私はロウファンに声を掛けた。
「私とほとんど同じっすよ、確か」
『え……』
「マジで?」
「マジっす。シュカナ君より全然年上っすよ、コイツ」
ロウファンが年齢以上に大人びて見えているというわけじゃないなら、プラウラは少女のようななりで二十歳を越えているということになる。
「落ち着きがないのも年齢特有のものかと思ってたんだが」
「素でアレっす」
「はっはっはー、お姉さんに頼ってくれたまえー」
腰に両手を当てて笑うプラウラ。
「何か、腹が立ってきた」
「分かるっす」
ロウファンと一緒に頷く。
「………お前ら、仲が良いのか悪いのかどっちなんだ?」
そんな私たちを見てリデアは困惑したように呟いた。
『語尾にのじゃって付けて』
のじゃロリ評論家の方はリデアが魔人の言葉で話すまでお待ちください。
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二人の料理人は町から戻ってくると、てきぱきと仕事をこなし、見事な料理を用意してみせた。
シチューやグラタン、パスタ。
潰した芋の上に煮込んだ肉が乗っている料理やパンケーキに生クリームやアイスクリーム、又はチーズやハムが乗っている料理など、名前が分からないものもあった。
「どれも美味しいっ、凄いっ」
プラウラがはしゃいでいる。
「うむうむ」
リデアは静かに味わっているが、その口元はほころんでいる。
「…………うま」
ロウファンも幸せそうだ。
そんな女性陣を見ながら深く頷いている料理人二人。
一体何者なんだろうか……………………
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片付けを終え、少しゆっくりとしているとリデアに話があると呼ばれた。
「お主は本当に魔王に話をしに行く気なのか?」
その表情はいつになく真剣だ。
「あぁ、今のところはそうだな」
「魔王なんかと話をしてどうなるというんじゃ」
「戦う理由を聞いて、争う必要がないならそれを止めたい」
「その無謀が仲間たちの命を奪うことになったとしてもか」
「あー、そうなったら、多分話し合いにはならないだろうな。
……………まぁ、その時は君が私を止めてくれ、別に魔族を滅ぼしたいわけじゃないんだ」
「……………………無茶を言うな、全く」
リデアは頭を抱えて深く嘆息した。
「シュカナ、魔人同士が連絡を取るのに使っている魔法は知ってるか?」
「知ってはいるが、リデア?」
それはつまり、君は私の力になってくれる、ということだろうか。
「せっかくできた友人が、馬鹿をやって故郷を更地にしたとあっては最悪じゃ。
そうなる前に儂を頼れ。なんでも、とは言わんが、それなりに力を貸してやろう」
「……………………ありがとう」
「そうかしこまらずともよい。儂もお主も、明日を嘆くにはまだ早いというだけじゃ」
そう言って彼女は優しくほほ笑んだ。