8:とろーりチーズの町とろり定義委員会
無事に甲冑クンを倒し、ナイフロットの町へと帰ってきた私たちは、前と同じ宿に泊まることにした。
私は魔力の流れがぐちゃぐちゃになって動けなくなっていただけなので、一日寝れば回復できた。
プラウラの怪我の具合が心配だったが、ロウファンに手当をしてもらって一日寝ていたら大体治ったそうだ。
「次はどこ行くー?」
「フリプドニットっすね、何が起こるか分からない霧の町らしいっす」
ナイフロットの町を出て次の目的地へと向かう。
そろそろ馬車を使って移動しても問題ないと思うのだが、ロウファン曰く
「この辺は割と王国の人間が来るんでダメっす」
とのことだった。
仕方なくまた徒歩で進むことに。
「途中でどっか寄らん?ほら、こことか観光地じゃん」
プラウラが地図を見ながら一つの町を指した。
「ミルウィリックっすか。観光してる余裕はないっすけど、消耗品とか買うのに丁度良さそうではあるんすよね」
「おーー、じゃ行こー行こー」
プラウラが陽気に手を上げている。
「シュカナ君」
「あぁ」
そんなバカを抑えるためにも私たちは協力して挑む必要がありそうだ。
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ミルウィリックは風車が建ち並ぶ干拓地で、酪農が盛んな町である。
王国の一度は行ってみたい町ランキングでは常に上位を維持している美しい町だ。
『こういうアンケートって誰が作ってるんだろうね』
「多分モブだろうな」
モブは比較的に行動の自由が許されているので、世界がどんな状況でも色々と遊んでいられる。
それに、割と勘のいいモブはこの世界が演技の舞台であることに早々に気が付くため、そこからは本当に自由に動き始めるのだ。
ちなみに、物語にちょっとでも登場するようなキャラクターにはそれなりに設定が与えられるので、自分の役割に疑問を持たないことの方が多い。
画面端に見切れているかそもそも映っていないような存在こそ、この世界では自由になれるのだ。
『もっと目立ちたいって人も居るらしいけどね』
「理解に苦しむ」
静かに人生を楽しめるならそれに越したことはないだろう。
「シュカっちー見て見てー、チーズめっちゃ伸びるー」
「………はむ」
プラウラとロウファンがミルウィリックの特産品を口にしている。
プラウラが楽しそうなのはいつものことだが、ロウファンまでどこか幸せそうなのは珍しい。
「………えっと、なんすか?」
「いや、何でもない」
「シュカっちー見ーてー」
「はいはい」
プラウラが両手に食べ物を持って近づいてきた。
「はいあげる」
「ありがとう」
プラウラから串に刺さったそれを受け取る。
ホットドッグの中身をチーズに変えたような代物らしい。
「…………はむはむ」
ロウファンが気を抜いて素直に嬉しそうにしているのを見るのは本当に珍しい。
それだけでもこの町へ来た甲斐があったというものだろう。
「シュカっちー」
「はいはい」
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結局三人でミルウィリックを少しだけ観光し、ついでに買い物を済ませていると、奇妙な三人組に遭遇した。
15歳前後の少女と成人男性二人。
少女は落ち着いた様子で町を眺めていて、男たちはその子に付き従うように歩いている。
「ん?」
プラウラも気が付いたようで、その三人組を注視している。
「えっと、とりあえず距離を取っとくっすか?」
私たちの雰囲気で状況を察したロウファンが提案してくる。
しかし、逃げるには少し遅かったらしい。既に少女の目はこちらを見ていた。
少女が私たちの方へと歩いてくる。男たちもそれに従うように歩いて来た。
「どう思う?」
『結構なお相手じゃないかな、この距離で今の君には実力の底が見えてないし』
「だよなぁ」
とりあえず前回と同じように私は魔人作戦で行ってみるかー。
「なぁ、そこのお前。勇者だろう?」
少女の第一声が放たれる。それは間違いなく私に向けられていた。
私は少し 安堵 する。
どうやら私の表情筋はぴくりともしていない。これならシラを切ることもできるだろう。
ロウファンも迂闊に顔に出すタイプではないし――――――――――――
「げっ」
プラウラが声を漏らす。
「げ、じゃないが?」
お前の頭にはポーカーフェイスのポの字もないのか?
ロウファンがやるせなさそうにしている。
「ふふ、いい反応だ。ありがとう」
少女が失笑している。左右の男たちは小さく頷いている。
「それで、勇者殿。少し話を聞きたいのだが、時間はあるだろうか?
まぁ無いと言われても無理に引き留めるがな」
少女はニヤリと笑った。
「分かった、受けよう」
私は努めて冷静にそう言う。
「え、いいのん?」
誰かアイツを黙らせておいてくれ。よし、ロウファンが口を塞いでくれた。
「よしよし、物分かりのいい相手で助かる
では早速話を聞きたいところだが、往来の真ん中で話すと言うのも何だ。
外へ出ようか」
少女は町の外を指差すと、そちらに向かって歩いていった。
「シュカっちー付いていかなくていいのー?」
うん、良くないだろうな。
ちらりと後ろを振り返った少女は、私が突っ立ったまま動いていないことを見ると早歩きで戻ってきた。
「もういい、お前は儂と来い」
そして、がっしりと腕を掴まれて引きずられる。
『おー、儂ロリ。のじゃって言わないかな。のじゃロリなら最高なんだけど』
「ロリの定義広くないか?」
『いいえ、こちらロリ定義委員会。彼女はロリです』
「そっかー」
「誰と話してるんだ?」
少女が怪訝な顔でこちらを見ている。
「私はシュカナ、君は?」
「…………リデア」
唐突な自己紹介に眉を顰めたリデアだが、大人しく名前を教えてくれた。
「リデアは魔人なのか?」
「そうだが、何だ?」
『やっぱり魔人なんだ』
まぁわざわざ人間の居るところに遊びに来る物好きな魔族なんて魔人くらいしか居ないだろう。
私は超強い人間かなーって思ってたけど、そうか魔人だったか。
『魔人は勇者の味方になってくれなさそうだしね』
「魔人が勇者の味方をすることはないだろうな」
「うん、しないだろうな」
私の言葉にリデアが頷く。
練習の意味も込めて魔人の言葉で話すか。
「リデアはどうしてこっちに来てるんだ?」
「……………………ナチュラルにそっちの言葉喋るのやめ。普通にびっくりしたわ」
リデアはパチパチと目を瞬かせている。
「いや、喋っていないと忘れるだろ?」
「いや、忘れんじゃろ」
『よっしゃーーーーー!のじゃロリ確定演出キターーーーーーー!!!』
「えっと、どうかしたかの?」
リデアは突然頭を押さえた私を不思議そうに見ている。
『なるほどねっ!自国の言葉だとのじゃって言うんだっ!!』
「何でもない、ちょっと喜んでるだけだ」
「妙な喜び方じゃな」
喜んでるのが私であって私じゃないからな。
「それで、お主はなんでこっちに居るんじゃ?」
「私は勇者やってるから、君は?」
「その発言普通に聞き逃せんが、儂は観光じゃな」
「へー、人間を連れてか」
「連れてきたわけじゃないんじゃけど、いつの間にか付いて来ててな。
色々と便利だからそのままにしとる」
リデアは少し困ったように笑った。
「そんで、勇者ってどういう意味じゃ?」
「言った通りの意味だが、私は勇者だ」
「魔人でも勇者に選ばれるんじゃな」
感心したように声を上げるリデア。
「いや、私は人間だが?」
「は?」
『魔人の言葉を話す人間とか居るわけないじゃん』
意訳ご苦労。
「え、ちょっと触ってよい?」
「別に構わないよ」
そう言うと、リデアは興味深そうに私にペタペタと触れてきた。
「あー、確かに、ちょっと人間っぽいような気がするの」
「勇者に選ばれたせいで日々人間性が失われてるけどな」
おのれ大精霊、もし出会うことがあれば私を選んだ理由をみっちりと聞いてやる。
「え、つまりどういうことなんじゃ?儂らに育てられた人間ってことかの?」
「どちらかと言うと魔人の中で育った人間じゃないかな」
『真実は昔魔人だった人間だけどね』
「ほへー、儂が外をフラフラしとる間にそんなことがあったんじゃな」
リデアは魔大陸に帰らずずっとこちらに居たのだろうか?
「あっちに戻ったりはしてないのか?」
「いや、何回か戻っとるよ?でも隅々まで見渡したりはせんかったから、その辺で見落としたんじゃろうな」
リデアは惜しいことをした、と呟いている。
「ええと、シュカナ。それで勇者のことなんじゃが。
お主どうするつもりなんじゃ?」
「とりあえず今代の魔王には会いに行こうと思っているが」
「殺しに行く、じゃなく?」
「場合によっては殺しに行くになるな」
「うーーん」
リデアが目を閉じて唸っている。
殺す気もないのに魔王に会おうとするなんて死にに行くようなものだ。
掛ける言葉に困っているのだろう。
『そうなると四つ前の勇者は自殺志願者ということになるね』
彼女はほら、格が違うから。もう聖女って感じだったから。神々しかったもん。
四つ前の世界の勇者。私の数少ない保有記録にその名を刻む本物の主役。
誰も彼もが諦め切った地獄のような世界で和平を成立させた鋼の心を持った女性だ。
「シュカナ、儂と勝負せんか?」
「勝負?」
「そうじゃ、魔王に話がしたいならせめて儂くらいは倒せないとな」
「リデア、一ついいか?」
「なんじゃ?」
「私としては君が魔王に負ける様が想像できないんだが」
「んっんん、いやー確かに本気でやれば倒せるかもしれんけど、ほら今の儂身体鈍っとるし」
照れくさそうに喋るリデア。ちょっと嬉しそうだ。
「とはいえ、君に稽古を付けてもらうというのはいい案だ。三対一で敗北して尚且つ死なないというのはかなりの経験になるだろう」
「いや、普通に三対三にする、儂に付いて来てるやつら一応戦えるから」
リデアは近くを歩く男二人を指差す。
魔族界のトップスリーに入る魔人に『戦える』と認められるほどの人間だ、弱いはずがない。
「えーと、それ私ら単に負けるっていうか、圧倒的敗北を喫する感じにならないか?」
「なるかもしれんのー」
リデアは、ほっほっほっ、と愉快そうに笑っていた。
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「で、今に至ると」
プラウラがうんうんと頷いている。
「事情は分かったんすけど」
ロウファンが心底嫌そうな顔で頷いている。
納得はできていなさそうだ。
「まぁいい経験だと思って諦めてくれ」
相手を見据える。
広大な草むらの向こう、
男二人が前に立ち、リデアが後ろに立っている。
男たちは近接タイプ、リデアは遠距離タイプということだろうか。
リデアからは、そちらが攻撃してきたのを合図にする、とだけ聞いている。
今のうちに作戦会議をしておこう。
「リデアは私が抑えるから男二人はそっちでどうにかしてくれ」
「それ大丈夫なんすか?シュカナ君の負担やばそうっすけど」
「何とかならないかもしれないが一撃でやられることはないと思うので、リデアから男たちへ援護があっても勝てるようにしといてもらえると助かる」
「まー、背中に飛んでくる誤射を避けながら戦うよりは楽っしょ」
プラウラが悲惨なことを言っているが、確かにそれはよりは気が楽だろう。
「言っときますけど私はそんな器用な真似できないっすから」
「まぁ、プラウラを前衛にロウファンが補助する形なら問題ないだろう」
作戦会議終了。
各々自分の武器を確認する。
私は魔力の巡りを。
プラウラは剣とその肉体を。
ロウファンはその身に隠した様々な道具を。
「準備おっけー」
「こっちも大丈夫っす」
「分かった、それじゃあ私は突っ込んで来るから後よろしく」
「がんばー」
「それホントに大丈夫なんすよね…………」
二人に見守られながら、私は敵陣に突っ込んでいった。