7:最速の騎士
『プラウラ視点』です。
森で騎士のような姿をした男に出会った。
首元を狙った一撃は彼の牙によって防がれ、反撃をもらった私は今木の下で寝ている。
体に痛みはあるが、折れている箇所はなさそうだ。
「随分飛ばされたっぽいなー」
起き上がって現在地を確認する。
シュカナたちが居る場所はすぐに検討が付いた。
「ん-っ」
伸びをしたり、軽く跳ねたりして体の具合を確かめる。
「いつつ」
やっぱり痛みはあるようなので、基本性能は多少落ちるだろう。
「…………だいじょぶかな?」
大きな音がした。
魔力がどうのこうのはさっぱり分からない自分だが、命のかかった場面では鼻が利く。
今のは死んでもおかしくない何かがあった。
「休んでもいられないかー」
最初はゆっくりと歩いて、段々と速度を上げていく。
「うっし、待ってろシュカロウ、今助けに行く!」
木々の間をすり抜けて走り出した。
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私はこの国で最も速い騎士。
敵を討つことも速ければ出世も早い。
二十歳になる前にこの国で一番速くなってしまった。
人は私のことを最速の騎士と呼ぶ。
何でも、最速の騎士には誰も追いつけないんだとか。
馬鹿々々し過ぎて涙が止まらない。泣いてないけど。
私以上に速い相手はまだまだいるだろうに。
井の中の蛙大海を知らずとはこのこと。小さな小さな、人間の国で育った私には、少なくとも敵というものがいなかった。
あの日までは――――――――――――
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「おっす私プラウラ!みんな元気っ?」
「うるさい口を閉じろ」
「ひえー」
敗走中のようなロウファンを発見した。
シュカナをその腕に抱いて走っている。
「逃げてる?」
「勝ち逃げっすけどね、お前を探してたんすよ」
「ほう、勝ち逃げとな」
「シュカナ君が一発ぶち込んで化け物をノックアウトっす。相手もシュカナ君もしばらく動けなさそうだったんで回収して走ってました」
「そろそろ動けるからその辺に放り投げといてくれ」
シュカっちが何か喋っているが私もロウっちも聞く気はないようだ。
怪我人は寝てろということである。
「ちな私怪我人なんだけど寝てていい?」
「死にたいならいいっすよ?」
「ガンバルワタシ~~」
ロウファンと雑談している間に敵もこちらに向かってきたようだ。
「私はシュカナ君を守るんで後方支援っすね」
「えー、ずるいなー交代しようぜー」
「お前怪我人担いで走るとか無理じゃん、大人しく戦えよ」
「ぷえー」
ロウファンに論破されてしまったのでしぶしぶ前線に出る。
話している間にもだいぶ体力が戻ってきた。
後は相手の弱り具合との相談だが………………
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ある日突然私に転機が訪れた。
生まれて初めて死にかけたのである。
「ねー、名前聞いてもいい?」
私がそう言うと、彼女は眉を顰めた。
「は?何言ってるんすか?」
「私らが会えたのって、運命だと思うんだよね………」
彼女は困ったような顔で私を見ている。
「何言ってるか分かんないんすけど、状況分かんないんすか?」
「私今絶賛大ピンチ!」
私は声を上げて笑った。
彼女はより困惑したようだ。
「いいからさー、教えろよ―」
彼女は黙ったまま私を見ている。
「ねぇってばさー。
ねーーーえーーー?聞いてますかーーー?
ちょっとーー、お耳でも悪いんですかーーーー?」
「ロウファンっす」
彼女は耐えきれなくなったのか、その名前を溢した。
「はいロウっち、提案があります」
「命乞いなら勝手にしてていいっすよ」
「まーまーそーゆーなよマイフレンド。
んで、提案なんだけど今からどっか遊びにいかん?」
「いや意味分かんない単語並べんなし」
「ロウっちはどこ行きたい?私はねー」
「いや言う気ねーし、聞いてねーよ。
こっちは戦争やってるんすよ。そういうのは墓でやってもらっていいっすか?」
「墓地デートかー、斬新だなー」
「ぶっ殺してやろうか?」
どうやら素の彼女はこんな感じらしい。ちょっと怖い感じがキュートだ。
「どーせ戦争は終わるし、私らが遊んでても問題ないっしょ!」
「大アリっすよ、自分これでも最大戦力なんで」
「キグ―、私もそうなんだよねー。あれ、これって運命」
「黙れバカ。だから殺し合ってたんだろうが」
彼女は戦うために剣を握り直した。
私も同じように剣を構える。
「そっちも充分やる気じゃないっすか」
「お友達が剣を取れって言うなら、そりゃ剣くらい取るでしょうね」
「じゃ死ねって言ったら死ぬんすか?」
「そんときゃ死なないでって言うまでぶん殴るね」
「…………はぁ、ダルい」
彼女は色んな感情をたっぷり込めて、大きなため息を吐いたようだった。
「さーロウっち、一次会はバトルでよろしいなっ」
「二次会するときゃ一人になってんすけどね!」
何かが吹っ切れた様子の彼女は、そこでようやく小さな笑みを浮かべた。
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――――――――――――目が合った。
真っ暗な瞳の奥に、微かな光が灯っている気がしたのだ。
騎士は、獣のように唸るのではなく、静かにこちらを見定めていた。
ゆっくりと時間が流れていく。お互いに見合ってから何秒経っただろうか。
相手はどうにも動く気がないらしい。
私は動きに緩急を付け、フェイントを混ぜながら斬り込むことにした。
彼は誘いに乗る事無くその場で制止し、私が本当に斬り込んだときのみ反応して大剣で受け止めてきた。
体に上向きの力が掛かる。
どうやら彼はまた私を跳ね飛ばすつもりらしい。
その手には乗らない。
私は彼が剣を振り上げる前に後方へと跳ぶ。
「っ」
彼は私が後方へ跳んだのに合わせて距離を詰めてきた。
どうやら大剣を振り上げるというのは嘘だったらしい。
彼が大剣を上段に構えて突っ込んでくる。
私は後方へと跳んでいる最中でまともに踏み込めそうもない。つまり回避不能。
―――――――――あー、これ死ぬやつ。
私が死を覚悟したそのとき、
騎士の頭に何かが飛んできて、そして爆発した。
「サンキュ、愛してるぜロウっち!」
「うっさいはよやれ」
黒髪の女に愛を伝えて剣を握る。
彼は先ほどの爆発によってふらついていた。どうやら溜まっていたダメージがここに来て彼を苦しめているらしい。
剣を構え、相手を見据える。
狙うのは首。鎧の隙間をぬって致命傷を与えるのに相応しい部位。
剣を振り上げる、その速度はいつもよりよほど遅い。
しかし、今の彼にはそれで十分。
すっと、剣が騎士の首を刎ねていく。
「――――――」
そうして、鈍い音を立てて地面に落ちた。
「……………」
どういたしまして、
という言葉を口に出しかけ、咄嗟に口を閉じる。
誰に礼を返すというのだ。
この森で最後に残ったものを殺したのは私だと言うのに。
ぽん、と肩に手が置かれる。
「お疲れ」
私よりもよほど満身創痍な勇者が穏やかに笑っていた。
後ろにはそんな私たちを見守る地味子。
見渡せば、周囲は澄んだ空気の静かな森。
小鳥も歌えば虫も囁きだしそうなほど自由だ。
さて、
「いやーー、疲れた疲れた」
さっさと帰るとしよう。
――――――――――――ここにはもう、誰も来ないくらいが丁度いい。