6:とある町のとある騎士
あの模擬戦から一週間が経ち、とうとう王城から旅立つ日がやってきた。
「シュカナさんっ、次会うときは私もっと強くなってますから!」
「うん、前見て歩こうか」
昔のミーティスはもう少し落ち着きがあったらしいんだが、今の彼女はこの通りだ。
勇者病とかに感染しているのかもしれない。
「シュカっち、これから色々あると思うけど一緒に頑張ろうねっ!」
「お前はちゃんと顔を隠して歩こうな、有名人なんだから」
彼女は一度近くを歩いていた男性に顔を見られ、その場で握手会を開いたという前科がある。
「シュカナさん、次に会ったとき、また魔法の話を聞かせて下さい」
「うん、今度ね」
ラフィールはあれから魔法について私に相談してくるようになった。
魔法について色々と談義できるのは普通に嬉しいので助かっている。
「あー、シュカナ、そっちも色々大変だろうけど、お互いガンバローぜ」
「あぁ!お互いっていうかお前の方が大変だと思うが頑張ろう!」
お前だけが私の苦労を分かってくれる!
元気でな、相棒っ!!
「シュカナ君、旅立つ前からめちゃめちゃ疲れてそうっすね」
「代わってくれてもいいぞ?」
「遠慮しとくっす」
ロウファンは色々と器用で、細かなところで気を利かせてくれるので、今後私のチームの癒し枠になってくれることを願っている。
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ミーティスたちと別れ、王国を出た私たちは、プラウラのせいで馬車に乗れないので歩いていた。
馬車に乗れない理由は、プラウラが馬車の中で顔を隠し続けることができないからだ。
本人は、
「だいじょびだいじょび」
と言っていたが、
「いや無理っすね、百パー顔見せて騒ぎになるっす」
と保護者の方が言っていたのだ。
「私の顔になんか付いてる?」
「いや、何も」
「え、目と耳と鼻と口どこいったん?」
「どっか」
「え、どこ!?」
「どこっすかねぇ」
ロウファンと一緒にプラウラ(諸悪の根源)をからかいながら道を歩く。
この辺りは馬車が通るために整備されているらしく歩きやすい。
「次ってどこ行くんだっけ?」
「パスっす」
三度目の質問をロウファンが回避している。
「ナイフロットの町だな」
しょうがないので私が答えることにした。
「へー、どんなとこ?」
「パスで」
その辺の説明は隣人に任せよう。
『え、僕?』
「頼んだ」
『僕が喋っても君にしか聞こえないけど。まぁいいでしょう。
えー、ナイフロットの町はその近くの森に甲冑を着た化け物が出るとか言われてる場所だね。
僕らの目的はその化け物の退治です』
「はい質問っ」
『なんでしょう?』
「どうしてそんなことをしなければいけないのでしょうかっ」
『ミーティス風味を感じるね。答えは単純、経験値稼ぎさ』
「魔王と戦う前に何体か強敵を倒すことで成長しておこうということだなっ」
「へー、そうなんだ」
プラウラが頷いている。ちなみに隣人の声は聞こえていないはずである。
お前今何に対して納得した?
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盗賊に襲われることも、スライムが現れることもなく、無事にナイフロットへと到着した。
ナイフロットは、栄えているわけでも寂れているわけでもない静かな町だ。
目立った特産品は聞かないが、王城付近の警備をしていた男(暇そうだった)に聞いたところ、落ち着いていて住みやすい町らしい。
「あ、あそこ泊まらん?」
「高そうな気がする」
「まぁ一応行ってみるっすよ」
今は泊まる宿を探して町内をうろついている。私たちのような旅の者は珍しくないようで、同じような風体の者が何人か見える。
「どもー、泊まれるー?」
「いらっしゃいませー」
宿屋の主人と幾つか話をし、そこまで高くないことが判明したので宿を取ることにした。
部屋割は私で一部屋、プラウラとロウファンで一部屋ということになった。
『今夜は寝かせないぜっ』
「寝かせろ」
ベッドに腰かけてぼんやりとする。
ベッドは、王城にあったものと比べれば見劣りするが、安宿ということを考えれば上等だろう。
「鬱陶しいわっ!!」
ロウファンの叫ぶ声が聞こえた。
プラウラにちょっかいを出されているのだろう。
頑張れロウファン、負けるなロウファン。
きっとプラウラも悪気があるわけじゃないさ。
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これは、遥か昔のお話。
ナイフロットという町には、とても素敵な騎士様が住んでいました。
彼は町で一番の美女と結婚しました。町の人々は彼の幸福を羨ましがりました。
実は、彼には元々好きな人がいました。手紙配達の少女です。キラキラと輝く笑顔が素敵な少女は、彼の結婚を温かく祝福してくれました。
彼は剣を振ることが好きでした。剣を振って誰かを守ることが好きだったのです。
ですが、妻は彼に剣を振らないで欲しいと願いました。妻は彼の傷つくところが見たくなかったのです。
彼は最初こそ不服そうにしていましたが、妻の熱意に負けて剣を持たないことを誓いました。
彼は妖精の歌が好きでした。
森へ入り、おかしな妖精たちのちょっと変わった歌を聞くと、彼の心はすっと軽くなるのです。
森にはいつの間にか妖精が居なくなっていました。
妖精を探した彼は森で危ない魔物を見つけました。
町を守るため、何より妖精たちの歌をもう一度聞くために、彼は妻との約束を破って剣を振るいました。
魔物は彼の剣によって倒れましたが、妖精は二度とその森へ帰ってきませんでした。
剣を持った彼を見た妻はとても怒りました。
どうして約束を守ってくれないの、と妻は泣いてしまいます。
彼は、町を守るために仕方がなかったんだ、と言いました。
次の日、妻は町からいなくなっていました。
『
あなたはきっと、何かを守るためにまた剣を振るうのでしょう。その血濡れた剣できっと私のことも守ってくれるのでしょう。
けれど、あなたが守るのは私の身体だけ、私の心を守ってはくれない。
さようなら、愛していました。
』
一枚の手紙を残して。
彼は、ふらふらと町を歩きます。
彼の好きだったものはもうどこにもありません。
好きな人も
好きな事も
好きな歌も
そして、愛していた何かも手放してしまった彼は
――――――――――――森へ入りました。
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鳥は歌わない、虫は囁かない、木々は揺れることを拒むように固まっている。
「うえ、やば」
プラウラが顔を顰めている。
隣を歩くロウファンも心なしか嫌そうな顔をしている気がする。
「…………気、抜くんじゃないっすよ」
ロウファンはぼそりと呟いた。
その言葉に私とプラウラは頷くまでもないと視線を合わせる。
――――――――――――獣の咆哮が聞こえた。
肌を焼くような殺気が伝わってくる。
数秒もしない内にそれは現れた。
「っと」
正面から振り下ろされた大剣を横に跳ぶことで回避する。
甲冑を着た大柄な男がそこに立っていた。
男、というのは間違っているかもしれない。あれは本当に人間だろうか、生き物だろうか。
その身に纏うドロドロとした魔力は、ソレがまともな存在ではないということを表していた。
『便宜上甲冑クンと呼ぼう』
甲冑クンの足元で魔法が発動する。恐らくロウファンのものだろう。
甲冑クンの足元の地面が崩れ、その頭までが土に埋まる。
銀色が私の前を横切った。
甲高い金属音が響く。
プラウラが甲冑クンの顔へ剣を叩きつけていた。甲冑クンはその牙―――甲冑の口のところが牙のように開いている―――でプラウラの剣を受け止めたようだ。
冷たい風が木々を揺らした。
甲冑クンが体内の魔力を大量に放出したことでプラウラの姿勢が崩れる。
「なんっ――――――」
プラウラが後方へと吹き飛ばされていく。
甲冑クンは土中から腕を引き抜いて大剣でプラウラを斬り飛ばしたようだ。
『うーーん、生きてはいそうかな。怪我の具合は分かんないけど』
「なら思考から外そう」
呟きで意識を切り替える。
甲冑クンは完全に土の中から這い出てきてしまっていた。
その真っ暗な目が今は私をじっと見ている。
がちゃり、と甲冑クンが大剣を構える。
甲冑クンがその大剣へ魔力を注いでいく。
攻撃するか?いや、これだけあからさまにやっているのだ、罠という可能性もある。
一秒、大剣へ魔力が注がれ続けている。
二秒、甲冑クンはまだ動かない。
三秒、集められた大量の魔力により、風の向きが変わっている。
四秒、甲冑クンは、まだ動く様子がなかった。
『ちょっとマズイね』
隣人の言葉に心の中で頷く。
今や甲冑クンの大剣に込められた魔力はこの辺りの木々を全て薙ぎ払うことができるほどに膨れ上がっていた。
さっさと攻撃しておけば、という後悔がよぎったが、罠だった可能性を考えればこの選択は間違っていないはずだ。
「解決策」
『あいよ。
えーと、この前の君が残していってくれた魔法があるから、それを使うといいんじゃないかな』
……………………これか?
頭の中に一つの魔法が思い浮かぶ。
『そうそれ』
これ、一歩間違えると自爆なんだが。
『大丈夫大丈夫、今は一歩間違えなくとも即死だから』
待っていれば死あるのみか。
「ロウファン、下がっていろ」
聞こえたかは知らないが構っている余裕もないので魔法を準備していく。
甲冑クンが私の魔法を察知して大剣を振りかぶる。
『それではここで一句。
落ちる汗
獰猛男の
剣光り』
そういう意味が分かんないやつぶっこんでくるのやめてもらっていいかな!
「世界を呑め、 貪食する暗闇」
私の手から放たれた魔法は、甲冑クンの振るった大剣から放たれた攻撃を飲み込んで、そのまま甲冑クンも飲み込んでいった。
身の丈に合わない魔法を使った影響で体内の魔力の循環が非常に乱れている。
立っているのも辛いので地面に膝を着くことにした。
ところで、この魔法の名前すごく恥ずかしいんだけど?
『そりゃあ中二病患者が作った魔法なんて大体そういうもんよ』
もう魔法使うの嫌だなぁ。
『そして死ぬのも嫌だなあ』
もうやだ勇者やめます。
『極刑!余命は少な目になっ!』
うだうだ言っていると周りの状況を把握できる程度には回復してきた。
甲冑クンはどうやらまだ生きているようだ。
その虚ろな目には一体何が映っているのだろうか。
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『閑話:ロウファンとのランニング』
体力を鍛えようと考えたとき、まずは走り込みをしようと思い付いた。
「シュカナ君、外走るんすか?なら一緒に走りますよ」
ロウファンは外を走っていた私に付き合ってくれるようになった。
「シュカナ君ってあんまり勇者っぽくないっすよね」
「私もそう思ってるから代わってくれない?」
「遠慮しとくっす。
いやー、私も何か似合わないことしてるなーって思ってるんで同情してるんすよ」
「最初に殺そうとしてきたのに?」
「いやいやー、あれはコミュニケーションっすよー」
「やだなー人って剣を向けることで友情を育めると思ってるのかー」
「はっはっは、まぁ人間そういうとこあるんすよねー」
「あるよなー」
ロウファンと爽やかに笑い合いながら走る。
「何やってんだあいつら」
そんな姿を呆れた様子で見るプラウラが居たとかいないとか。