5:おはよう魔法の大先生
魔人の女が私を訪ねてきた以外には特に何も起こらず、それから一月が経過した。
ミーティスは順調に実力を伸ばし、今ではプラウラに「もう教えることはないっ」とまで言われている。
ちなみに私は「もはや教えられることがないっ」とまで言われている。彼女の説明があまり理解できなかった私だが、何となくフィーリングで剣を振ることはできるようになった。
ちなみに半分くらいロウファンのおかげである。
「え、プラちゃんの説明が直観的過ぎて分からない?あーー、まぁ何となくでいいんすよ。アイツの説明とか真面目に聞くだけ無駄っすから」
ありがとうロウファン先生。
魔法に関しては私は優等生だ。ラフィールの説明をしっかりと理解し、魔法の基礎的な知識を習得することができた。
ミーティスはフィーリングで魔法を使っているらしい。それでも十分戦えるらしいのでズルイ。
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「何ぼーっとしてるんですか、シュカナさん」
ミーティスがその手に剣を持って私の前に立っている。
もちろん私の魔族疑惑が悪化し続けた結果こうなったわけではない。
これは訓練の一環として行っている模擬戦だ。
「いや、ミーティスも成長したなと思っていた」
「そうですね、私もここまで強くなれるとは思ってもいませんでした」
「おーい、お前ら、見合ってねぇでそろそろ始めろー」
ビリックから指示が飛ぶ。ミーティスはそれに頷いて剣を構えた。
模擬戦は私の方が勝率が高い。
ミーティスはどこまでも真っすぐに攻撃してくるので、予想しやすく対処が簡単だからだ。
とはいえ、これから相手にする魔族たちがこんな馬鹿正直に攻撃してくるわけもないし、ミーティスだって成長するので、このままでは私の敗北は必至である。
『あーー、心配だなーぼくぁ』
そんなわけで、とある秘策を打つことにしたのだが、それがあまり良い手段ではないので、今回は何があっても止めてもらえるようにビリック、ラフィール、プラウラの三人に監視してもらっている。
ロウファンは色々と調べておくことがあるらしく断られた。
「えーと、何かするんですよね。準備ができたら言って下さい」
「あぁ、私が動き出したら攻撃してもらって構わない」
私には申し訳ないがすぐに動けるかどうかのテストも兼ねているのだ。
『まー、とりあえず準備はできたよ』
そうか、ならそっちは任せるとしよう。
『へいへい、んじゃしばらくの間おやすみー』
おやすみ。
意識に靄が掛かっていき、段々と視界が黒く塗りつぶされていく。
きっと、私は完全に切り替わったことに気が付くことなく、このまましばし現世を離れることになるのだろう――――――――――――。
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目を開けるとそこは大きく開けた場所だった。
空は明るく、青々と晴れ渡っている。
『はろーはろー』
ん、はろー。
『現状をざっと、説明するね』
あぁ頼む。
どうやら正規な始まり方はしていないようだしな。
『今の君は過去の君のデータをさっきまでの君にまるごと読み込んだ状態なんだ。
だからなんとなーく現状を思い出そうとすれば思い出せるはずだよ。容量が足りるか不安だったから情報を圧縮してるせいで断片的にしか分からないだろうけど』
……………………ふむ、なるほど。
今の私がすればいいことはこの体の改善と手ごろな魔法の実践ということでいいか?
『そんな感じでーす』
了解した。
「行きますっ!」
ピンク髪の少女、ミーティスが突っ込んでくる。
何か魔法を用意している様子もない。単純な突進、それに合わせて剣を振り下ろしてきた。
それを半身になって避け、足元に落ちていた剣を風で浮かせて手元に持ってくる。
「魔力の巡りが悪いな」
『その辺も軽くやっておいてもらえると嬉しいな』
「こういうのは感覚的なものだし、君のサポートだけだと時間がかかるか」
隣人の頼みを承諾し、体内の魔力の流れを意図的に変える。
魔力の流れの悪い箇所を特定し、そこへ大量の魔力を注いで無理やり通り道を確保する。
「あー、痛い痛い。人間ってこういうところ不便だよなぁ」
『魔族はそういう苦労ないからね』
「代わりに魔力不足で死ぬけどな」
「せいっ!」
ミーティスの剣を軽く弾いて魔力循環の作業に集中する。
『ところでさ、今の君から見て今回の勇者パーティーはどう?』
「今回の勇者パーティーというと、今相手にしている娘とあっちで見学している三人か?」
『そうそう、ぶっちゃけ弱くないかなーみたいな』
「ん-ー、あそこの魔法使いの女は割と強くなると思うぞ。デカい男も面白い魔法を使うみたいだしな。
問題は銀髪の少女だが、彼女はよく分からんな、魔法の才能がないことは分かるが」
『ミーティスは?』
「あーー、もうちょっと戦闘センスを磨ければ、といったところじゃないかな」
『このままじゃ猪と変わんないもんね…………』
「とりゃあ!」
横薙ぎに振るわれる剣を後ろに下がることで回避する。
追撃があればよかったのだが、特にないらしい。
「シュカナさんっ、避けてるだけじゃ勝負になりませんよ!」
「あぁ、悪い、ちょっと魔法の準備をしているんだが手間取っていてな」
「そうだったんですね!」
ミーティスは納得した、という顔で笑っている。
そして真っすぐ突進してきた。
「うーん」
猪突猛進過ぎてどう相手しようか悩んでいたら、ミーティスは間合いに入る直前で動きを止め、その後私の真横に滑り込んできた。
「とおっ」
突きこまれる剣先を魔法で保護した左手で逸らし、彼女へ向けて踏み込んだ後にその腹部へ掌底をいれる。
「ごはっ」
よろけるミーティスを放置し、魔力の巡り方が想定通りになっているかを確認する。
「ふむ、まぁこのくらいで十分じゃないかな」
『おっけーありがとー』
「他ならぬ自分の頼みだ。断る理由がない」
『後は適当に魔法ぶっ放して帰ってもらえれば』
「よし、適当に遊んで帰るか」
どんな魔法を使うのがいいだろうか。
派手に爆発する感じの魔法、それとも地味に色々と巻き込んで破壊する感じの魔法。
『相手を無力化する魔法とか欲しいなー』
「無力化か、それならアレがあるな」
流れる魔力を一点に集中させ、魔法という形に落とし込む。
想像するのは何もかも覆い隠していく雲。
もくもくと辺りに広がって、そこに居る生き物たちを包んでいく。
さぁ唱えよう。
誰もが恐れる忘却をあらゆる生物へ届けるために。
「遠のき続ける全ての過去」
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ラフィール・ビディナスは稀代の魔法使いだった。
あらゆる魔法を使うことができると言われていたし、自身も時間をかければいずれはそんな芸当も可能になるだろうと思っていた。
シュカナから頼まれた見張りも、誰よりも警戒心を持って臨んでいた。
――――――――――――だから、彼女は間に合った。
どさり、と隣に立っていたビリックが倒れる音がする。
空気の壁を破って移動したプラウラによって騒音と強風が巻き起こされる。
「なにが」
とラフィールが言うより早く、彼女は事態の最悪さを理解した。
倒れたビリックとミーティス、訓練場から離脱したプラウラ。
そして、今もなおその場に立っているシュカナ。
先ほどから妙に動くが良くなったとは感じていた。
しかし、この状況を誰が予想できただろうか。
「流石、といったところだろうか、これがどんな魔法かは分かるか?」
「っ」
隣に跳んで来たシュカナが話しかけて来る。
その様子は今までの彼とはどこか違うものに見えた。
「彼女たちは、無事なのですよね」
ミーティスたちを指してそう問う。
「当然な、仲間を殺して私に得があると思うか?」
「いえ………」
その言葉を聞いて胸を撫で下ろす、今の彼には我々の命などどこか些末なものに見えている気がしたのだ。
「おっと、あまり気を抜かない方がいい、障壁が削れているぞ」
「えっ?」
彼に指摘されて自身の張っている障壁を確認すると、確かに元の状態より効果が弱まっていた。
「これは一体」
「相手の魔法的防御を破壊する効果だな、魔法使い同士の戦いなら必須だろう?」
一体なんだ、と口にするより早く説明された。
いや、確かに魔法使い同士が戦う場合、相手の防御を崩して攻撃するのも有効だがそんなことをするより攻撃し続けた方が早いだろう。
「うん?…………あーー、そういうことか。ラフィール、戦う相手が誰だかちゃんと分かっているか?」
「ええと、魔族、ですよね」
「そうだ」
シュカナは出来の悪い生徒を辛抱強く指導する先生のように重苦しく頷いた。
「では、君は常に戦場に身を置いているような存在である魔族が、少しでも自身の身を守る障壁へ送る魔力を弱めると思うのか?」
「……………」
晴天の霹靂、とはこのことだろう。
今まで何度か魔族とは戦ってきた。しかしそれは低位の魔族だけ。
上位の魔族と戦うに当たって様々な困難が予想されるだろうと考えていたが、まさか自分の考えが甘すぎたなどとは思い付かないだろう。
「魔族相手に人間の常識は通用しない、ということですか」
「そうだな、むしろ今までそこに気が付くことなく魔族と戦えていたのはひとえに君の魔法が優れているからだろう。
並みの魔法使いなら人間性を捨ててでも挑む相手を、君は軽く汗をかく程度で倒してきた」
褒められているのだろうが、あまりいい気はしない。
そのせいで自分は今まで酷い勘違いをしていたのだ。
「シュカナさん、あなたは一体何者なのですか?
辺鄙な田舎で生活してきたただの人間というには、あなたは魔族への理解度が高すぎる。
スケルトンと会話していたという話もありますし、もしや魔大陸で生活していたことがあるのですか?」
「正確にはちょっと違うんだが、似たようなものではあるかな」
「やはりそうでしたか」
魔大陸などという、人間が生きていくにはあまりにも過酷過ぎる状況を生き抜いたというのならば、もはや彼が何をしたとしても不思議ではない。
興味があるとすればどうやって生き抜いたか、だが、それは彼もあまり言いたくはないだろう。
想像するのもおぞましい、今まともに会話ができていることが奇跡だろう。
「ん-ー、なんだか変に気を使われているような気がするな。
ふむ、まぁそろそろ終わりにするか、私の出番はこれくらいでいいだろう」
「…………最後というのなら、この魔法がどういうものなのか教えていただいても?」
「ん、あぁコレか。簡単に言うと記憶に蓋をする魔法だな。
これに掛かった奴は基本的に何もできなくなる。放っておくと呼吸困難を起こすから長時間の使用は注意が必要だな」
「なるほど」
ぞくりと鳥肌が立った。
コレは一瞬で相手の命を奪うような激しい魔法ではないが、じわりじわりと敵を殺すことができる凶悪な魔法なのだ。
「それではラフィール、君が立派な魔法使いになるのを楽しみにしているよ」
「む、そう言われると少々不服ですね。私がシュカナさんの魔法の先生だったはずですが」
「はっはっは、まぁ年寄りの戯言ということで流してくれ」
年寄りという歳でもないだろうに、彼はどこかくたびれた様子で笑っていた。






