3:人間のシュカナ君
銀髪の少女におぶられて、風になった私は数時間後に王城へと到着した。
王城の警備を銀髪の少女たちの顔パスで通り抜け、城内へと入る。
そこで彼女らとは少し用があるということで別れ、その後は警備の男に案内されて、大きな広間にやってきた。
「シュカナさん!」
まず、ミーティスに出会った。いや、私目掛けて跳んできたという表現が正しいかもしれない。
ぼろぼろと涙を溢し始めた彼女を宥め、姫と一緒にこちらに転移してきた後の話を聞く。
「私、その、気が付いたらここに居て、シュカナさんが居なくてっ。出て行こうとしても止められてっ」
「うん、うん。ほら、私は大丈夫だったから」
「でも、私は、何もできなかったっ!」
『己の無力さに嘆く妹、救えたはずの人々を思い涙を流す』
涙を流し続ける少女を前に私は、何か今の自分って兄っぽいなと考えていた。
どうやら彼女は自分という人間が無力であったことを悔やんでいるらしい。
「これから強くなればいいさ。後ろばかり見ていてもしょうがない。次こそ必ず成し遂げる、っていう気持ちを持たないとな」
「はいっ、はいっ!」
ミーティスは手で涙を拭って、元気に返事をした。
涙は零れているが、気持ちは多少前向きになったようなので、ミーティスから視線を逸らす。
「嬢ちゃん、少しは落ち着いたか?」
ミーティスが走ってきた方向から二人の人間が歩いてきていた。
恐らく彼らが今までミーティスを宥めていたのだろう、ミーティスの様子を見て、その顔には安堵の表情が浮かんでいる。
二メートルを超えるほどの大きな体を持った男性と、その男より少し背が低いくらい、つまりはかなり背の高い女性。
「ご友人の方も無事なようでなによりですね」
女性がこちらに温かな目を向けている。
「貴方たちは?」
私は彼らに対して、できるだけ丁寧な物腰で問いかけた。王族とかではないと思うが、背の高い女性からはなんとなく気品を感じる。
「俺たちは王様に集められた人間さ。お前さんを迎えに行った嬢ちゃんたちに会っただろ?あの子らも同じだよ」
男性が答える。
王様に集められた人間というと、何なんだろう。
『この時期に王様に集められた人間っていうと、勇者の仲間候補だね』
「………なるほど。四人で全てなのか?」
「あぁ、そうだ。俺と、こいつと、銀髪の嬢ちゃんと黒髪の嬢ちゃんの四人だけだな」
少なくないか?魔王を倒しに行くのにこの人数なのか。
『少数精鋭なんじゃない?』
それとも勇者二人いるし何とかなる、的な?
『むしろ足手まといはいらないってことなのかも』
考えてみるが、すぐに答えは出なかった。
隣人も真面目に回答を出す気はないようだ。
『とりあえず保留にしておこうか』
そうだな。今考えるにはあまりにも情報が足りていない気がする。
「私はシュカナ、貴方たちの名前を聞いてもいいだろうか?」
右手を差し出して彼らの名前を聞く。
「あぁ、そっちの嬢ちゃんから名前は聞いてたよ。俺はビリックだ」
ビリックと名乗った男性が私の手をがっしりと握る。大きな、ごつごつとした手ではあるが、そこには確かな温かみを感じた。
「私はラフィールと申します。これからよろしくお願いしますね、シュカナさん」
ビリックが私の手を離し、ラフィールと名乗った女性が私の手を握る。
「ビリック氏とラフィール氏はここで何を?」
「ハッ、何だよその呼び方は。別に呼び捨てで構わねぇって」
「はい、これから旅を共にする仲間ですし、その方がいいでしょう。それに、なんだか呼びにくそうですからね。自然に接していただければと思います」
私の畏まった態度に、二人は苦笑した。
「………ビリックとラフィールはここで何を?」
「さっきまでは嬢ちゃんが外に出ていかねぇように見張ってたって感じだが、元々はここで勇者サン達が来るのを待ってたんだよ」
「えぇ、そうですね。魔族の襲来によってそれが崩されてしまいましたが、本来の予定としてはここで姫様たちと共に顔合わせをするつもりでした」
「なるほど。して、その姫の姿が見えないようだが、今はどちらに?」
「ヒメサマなら今はオハナシ中だろうな」
「魔族の襲撃があったことを踏まえて今後どう行動していくか、会議が開かれているのだと思われます」
ふむ。会議か。
『踊ってるだけのやつね』
いや、進んでいて欲しいが。
利権とか色々絡んでくると、例えすぐそばに敵が居ても、人間というのはすぐには動けないものだ。
「まぁつっても話す内容もそんなにねぇだろうし、今日中には終わるだろうよ」
ビリックが気怠そうにそう言った。彼はその会議にあまり良い印象を覚えていないのだろうか。
「不安は尽きませんからね。少しでも認識の共有をしておきたいのでしょう」
ラフィールもため息交じりにそう言った。
もしかするとその会議とやらは近頃ずっと行われているのかもしれない。
そうして私が二人から話を聞いていると急に横からつつかれた。
ミーティスが何か言いたそうにしている。
「どうかしたのか?」
「えっと、シュカナさん、なんだが妙に落ち着いているなと思いまして」
「そりゃあ嬢ちゃんぐらい取り乱してるのが近くに居たら逆に落ち着くってもんだろうよ」
ビリックが茶化すように笑う。
「ビリックさん?……………確かに、シュカナさんはよく落ち着いてらっしゃいます。普段からそういう方なのかと思っていたのですが、違うのですか?」
ラフィールはビリックを注意するように見つめてからミーティスに問いかけた。
「あぁ、いえ、シュカナさんはいつも落ち着いている方なんですけど――――――」
その続きをミーティスが話そうとしているときだった。
広間に騒がしい風がやってくる。
「おーっす、元気してるー?」
銀色の髪をなびかせて、一人の少女がやってきた。その後ろからは黒髪の女性が疲れた顔をして歩いてきた。
「おうプラウラ、こいつ放って何してたんだ?」
ビリックが軽い調子でそう聞く。
「んにゃあ、ちょいと王城周りの様子を見てきてたんよ」
「その付き添いっす」
軽く伸びをしつつそう答える銀髪の少女。それに続いて黒髪の女性も小さく答える。
「何か変わったことはありましたか?」
ラフィールが静かな口調で聞いた。
「特になかったかなー。いつも通りって感じでさ」
「そっすね、王城付近には特に変化はなさそうでした」
「となると、もう既に撤退した後ということでしょうね」
「えっと、何の話をしてるのでしょうか」
ラフィールがそう話すと、ミーティスが不安そうな顔でそう言った。
「あぁ、魔族が王城近くに潜んでて、それでヒメサマが勇者のところに向かったのを知ったんじゃないかって話しててな」
「魔王軍の内の、隠密などに長けた者がこちらの動向を見ていて、それを仲間へと伝えたのではないかという予想を立てたのです」
「んで、それを私らが探しに行ってたってわけ」
ビリックの言葉をラフィールが補足し、銀髪の少女がそこに続いた。
「んでんで、自己紹介とかもう終わったカンジ?私プラウラ、よろー」
流れるように話していくプラウラと名乗る銀髪の少女。
「……えと、まぁこっちがプラウラで、私がロウファンっす。もしチームを組むとしたら基本的に私とプラちゃんはセットになると思うので、よろしくっすね」
黒髪の女性の名前はロウファンというらしい。
言動からして二人はかなり仲が良さそうだ。
「えーと、チームって、何のことですか?」
ミーティスが首を傾げる。
「あー、ほら、勇者が二人いるだろ?その二人は別れて行動する可能性があるってハナシさ」
ビリックが頭を掻きながらそう答える。
「とりあえず最初はそういう風に別れて行動するのがいいんじゃないかなーって思うんすよね、私は」
ロウファンは小さく頷きながら話している。
「そうですね、その話はしようと思っていました。…………私たちは全員合わせても六人ですから、大所帯というわけでもありませんし、そのまま全員で行動するのも良いかと思いますが、いかがですか?」
ラフィールがこちらへと疑問を呈する。
ちなみに私は、いまいち話の流れを掴めていない。
「あー、俺か?俺はどっちの意見も悪くないと思ってるからな。一つにまとまっていくなら序盤の安全性が上がるし、六人での連携が上手くなる。二つに分かれていくなら動ける範囲が広がるし、その三人での連携は確かなものになるだろうしな」
ビリックは顎に手を置きながら答えた。
「まぁ今は相性チェックの時間っしょ」
プラウラはそれを今決める必要はないと考えているようだ。
「そうですね。今は各々の相性を確かめつつ、今後どう動いていくか考えていくのがいいかもしれません」
ラフィールがそう締めくくった。
私は何となく頷いて、話が終わったことを確認した。
さて、ここらでビリックたちの関係性を聞いておこう。
何かしら、今後の活動の役に立つだろうし。
「四人は出会ってからどれくらい経つんだ?」
「私たちは割と昔から知り合いっすね。ビリックさんたちとは一週間前くらいからっす」
ロウファンが隣にいるプラウラを見てからそう言った。
「あー、ラフィールとプラウラは前に軽く話したことがあったな」
「私はビリックさんと話したことがあるくらいです」
ビリックはラフィールとプラウラと過去に話す機会があったらしいが、ラフィールやロウファンは他のメンバーとの接点が薄いらしい。
ビリック:ラフィール、プラウラと知り合い
ラフィール:ビリックと知り合い
プラウラ:ビリック、ロウファンと知り合い
ロウファン:プラウラと知り合い
うん、今後のことを考えて、ちゃんとコミュニケーションを取った方がいいだろう。
「そうなるとお互いのことを知る時間が必要か」
「そそ、まー、これからお互いのことを知っていこー、ということでお名前教えてね」
プラウラが私とミーティスを見ながらそう言った。
「私はシュカナ」
「――――――ミーティスですっ!いっぱい訓練して誰かを守れる勇者になります!」
ミーティスが食い気味に話したので名前しか言えなかったが、まぁ彼女に元気が戻ったことが確認できたので良しとしよう。
「おーおー、そかそか。ま、一緒に頑張ろうぜっ」
「はい、頑張りますっ!」
ミーティスとプラウラは似た性格をしているのか、既に息が合っているように見える。
それを微笑ましく見ていると、とんとん、と肩を叩かれた。
振り返るとロウファンが居た。
「シュカナ君、ちょっといいっすか?」
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ロウファンに連れられて広間の外へ出て、王城の中をゆっくりと歩いている。
「ちょっと聞きたいんすけど、スケルトンと話してたっての、ほんとっすか?」
『あれ、もしかしてここで僕ら死ぬの?』
隣人がそう言うのも無理はない。
彼女からはどこか不吉な雰囲気を感じた。
「あぁ、本当だな」
「へぇ、彼らの言葉が分かるんすね?」
「そういう魔法があるんだが、教えようか?」
「ふむ、じゃあちょっと教えてもらいましょうかね」
城内の通路でロウファンへ魔法の指導をすること10分。
「おー、すごいっすね、何かカラカラ言ってるっす」
ロウファンは筋が良く、すぐに魔法を覚えることができた。しかし、その表情は新しく魔法を使えるようになって嬉しそうというわけではなさそうだ。
『お、おぅ?大丈夫?僕らアライブ?』
「そんで、こんな魔法どうやって使えるようになったんすか?」
『デッド!?』
うるさい。
とはいえ、ロウファンの雰囲気はさきほどと変わらず、どこか異様なほど冷たい。
「勇者になってから色々な魔法の知識が身に付いたんだよ」
「ほー、それは随分気前のいい大精霊サマも居たもんっすね」
「ロウファン、君が言いたいのは、私が魔族なんじゃないかってことだろう?」
「そっすね、回りくどいんでもういいっす。……で、自分が人間だって証明できるんすか?」
ロウファンの声はどこまでも冷め切っていた。
それは、今この場で私を殺すことを何とも思っていないことの証左であった。