2:こんにちは妹
王城へと拉致られている最中。
「私が勇者っていうのも驚きましたけど、まさかシュカナさんも勇者だったなんて!」
同乗者のピンク髪の少女、ミーティスは異様にテンションが高かった。
キラキラと目を輝かせながら、手をそわそわと動かし、落ち着きなく喋っている。
シュカナというのは、私の名前である。特に思うところは何もない。せいぜい、自分の名前を呼ばれてもそれが自分の名前だと理解するまで若干時間が必要というだけだ。
「一緒に頑張りましょう!」
「うん、頑張ろうな」
私は彼女に適当に相槌を打っておく。
ミーティスは張り切っているようだが、勇者というのはそんな大それたものではない。ただの生贄のようなものだ。
「ミーティス様落ち着いて下さい。馬車が揺れてます」
「あ、すみません」
姫の言葉は強く、ミーティスはしゅん、となって大人しくなった。
『はしゃぐ妹、揺れる馬車、そして叱る姉』
隣人は妹成分が足りていないらしく、世界の全てからそれを補おうとしているらしい。
ちなみに、言うまでもないことだが、妹というものには、姉か兄が必要不可欠だ。
だから、姉という存在は、妹という存在を愛でる上でとても重要なものなのだそうだ。
車窓に目を移す。流れる景色を見ていると少し落ち着いた。
『移り行く景色、それはさながらめぐる四季のようで。深淵のように暗い心に温かな光を灯す。あ、ほらあのスケルトンとか冬っぽい』
「私は夏っぽいと思うかな」
『それはまたどうして?』
「ほら、砂漠とかに転がってるやつ」
『あれは夏というか灼熱じゃないかな』
「かもな」
隣人と他愛もないことを喋っていると、外が少し騒がしいことに気が付く。
スケルトンが珍しいのだろうか?この辺だとよく出るわけじゃないのか?
「敵襲!敵襲!」
「何事ですか!」
姫が窓を開け、馬車の近くを走っていた騎士に話を聞いている。
騎士たちは敵の攻撃を受けて何名か落馬しているようだ。
「スケルトンです!魔王軍が我々に襲い掛かっています!!」
「なんてこと!」
姫はそれを聞いてこちらに振り返る。その顔色は芳しくない。
スケルトンとはそこまで強いものではないはずだが、魔王軍という名前が出てきたからには、スケルトン以上の大物が居るのかもしれない。
ここには勇者が二人居るが、ちょっと前までただの村人だった人間に、「さぁあいつらを全員倒して来い」などと言ってもしょうがないのだ。それを姫は理解しているらしい。
「わ、私も戦います!」
ミーティスが声を上げる。
顔は真っ青で、足は震えている。
「いけません!」
「どう、どうしてですか!」
姫が制止するが、ミーティスは簡単には引き下がらない。勇者としての意地があるのかもしれない。
「今の貴方はまだ戦える状態じゃないからです」
「で、ですけどこのままじゃ」
ミーティスは窓の外を見て、手を固く握りしめる。
窓の外では騎士たちがスケルトンと戦っているが、どうやらあちらの奇襲が響いているらしく、攻勢に出れていない。
この馬車を守りながら戦っていることも含めて、厳しい状況だろう。
「姫様、ここは我らに任せて下さい」
窓の外から騎士が話し掛けているが、姫は答えない。
難しい表情で、黙ったままだ。
「どうかご決断を!」
「任せ、ます」
騎士の焦った声で、姫は口を開いたが、その表情は硬いままだ。
姫はゆっくりと私とミーティスを見比べた。
「これから、私ともう一名は王城へと転移します」
姫がそう言い放った瞬間、外の喧騒が嘘のように、馬車の中は静かになった。
「な、どうして!?」
ミーティスが遅れて声を上げる。その目は驚きに見開かれている。
「私のペンダントには転移の魔法が込められています、それを使い、私ともう一名は王城へと転移することができます」
王女はそう言って、首元に付けた青色の宝石の首飾りを触った。
「そんなことを聞いてるんじゃないんです!!」
ミーティスは大きな声でそう言った。
そう、王城へとすぐに行ける手段があることは良いことだ。
姫の言った、「私ともう一名」という言葉がとても不穏なだけで。
「私のペンダントは本来私だけを王城の安全な場所へと転移させることができるようになっています。
それに、私の魔力と転移に同行するもう一人の勇者の魔力を合わせ、二人分までなら使用することができるでしょう」
数分の間、私たちは言葉を発さずにいた。
姫は私とミーティスを交互に見やると、じっと、私の目を見てきた。
『僕に惚れると、妹にするぜ?』
はた迷惑な奴もいたものだ。
私は彼女に静かに頷きを返した。
「わ、私が残りますっ」
ミーティスは耐えきれなくなったようにそう言った。その声は震えている。
「いえ、あなたには私と一緒に来てもらいます」
「な、どうしてっ!」
「貴女に比べれば彼は非常に落ち着いている、もし貴女をここに残せば一人で犬死にしかねない。
そう考えれば自ずと答えは出るはずです」
「なにを言ってるんですか!?」
「………納得は、していただけないようですね」
姫は小さく嘆息した。
「当然ですっ!!」
ミーティスはキッと、強い眼差しで姫を見つめる。
「では、仕方ありませんね」
姫は少し目を瞑ると、懐から何かを取り出した。
「――――――踊れ、操り人形」
「なっ」
姫の繰り出したそれは、ミーティスの身体に取りつき、その直後ミーティスは意識を失った。
「シュカナ様、私を恨んで頂いても構いません。ですが、どうか生き延びて下さい。必ず援軍を送ります」
姫はそう言い残すと、胸元のペンダントをミーティスに触らせ、そして小さく何かを唱えると光の粒になって消えた。
『転移の魔法を一人で制御できる姫様ってのは珍しいねぇ』
「そうだねぇ」
あのペンダントに転移の魔法が込められていたとしても、元の条件である「姫が一人で使用する」という制限を易々と突破できるわけではないだろう。
先ほど使用した魔法を見ても、あの姫がただ者ではないことが分かる。
『って言ってる場合じゃないよ?』
隣人は、割と危機的な現在の状況をちゃんと憂いているらしい。
「そうだなぇ」
『あれ、大丈夫?溶けてる?』
「いや、生きてる。頭に『まだ』って付くけど」
『うーん、どーする?』
「逃げようと思ったら逃げれるよな、多分」
『まぁ逃げれなくはないんじゃないかな?』
「とはいえ、私も勇者だしな。この先避けては通れない道だろう」
『かもねぇ』
私たちは、うーん、と首をひねる。
『剣でも持つ?』
剣、という単語に私はぴくりと反応する。
一時期、憑りつかれたように何でも切っていたときがある。
食材でも木材でも石材でも、それが切れるなら何でもいい。
物語が終わっても記憶がなくならない私は、ただひたすらに何かを切り続けていた。
切って、伐って、斬って。そう、気が付いたら私はその物語の主人公を斬っていた。
物語は、通り魔に襲われ主人公死亡のエンディングへ。
ぼんやりと世界が終わるのを眺めながら、私は「あ、良くないな」と思った。
そうしてそれから色々とあって、切ることに憑りつかれた私は姿を潜め、今の妹に憑りつかれた変人になったわけだ。
「いや、剣を持つのはよそう。それよりも一つ面白いことを思いついた」
~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~
馬車の外へと飛び出す。
「お、なんだ馬車から誰か出てきたぞ?」
「男だし勇者だろ!」
「マジで?自分から殺されに来てくれるってんならありがてぇ!」
「「ハハハハハハハハ」」
スケルトンたちの話す声が聞こえる。
「やぁやぁ、随分な歓迎じゃないか」
それに応えてやった。
「な…………」
「え、今、アイツ」
「おいおいおいおいっ、どういうことだよっ」
スケルトンたちは先ほどまでの調子の良さを吹き飛ばし、途端に不安そうな声を上げる。
『うんうん、ビビってるビビってる』
隣人は気分よさげにそう言った。
作戦はこうだ。
隣人によると、スケルトンは自分たちだけの言葉を持っているらしい。いわゆるスケルトン語だ。もちろん魔王軍内で言葉が通じないと困るので、共通語みたいなのはあるらしいが、それは今は置いておく。彼らは基本的に身内しかいないときはそのスケルトン語で話すのだ。
彼らの常識の中に、スケルトンの言葉を話す人間というのは存在しない。
そして、魔族には『人』と姿かたちが良く似た上位の種族が存在する。
スケルトンなんかよりよほど格上の存在だ。
彼らの種族名は『魔人』。文字通り魔を操る人。
彼らはその種族の性質上魔族のほぼ全てに嫌われているが、同時に恐れられてもいる。
そんな彼らは面白いことに魔族の中では優秀な翻訳家として活躍することが多い。
つまり何が起こるのかと言うと、
私は彼らにとって、恐れるべき『魔人』に見えるというわけなのだ。
「魔人が一体何の用だ?」
有象無象の雑魚スケルトンたちをかき分けてボスっぽいスケルトンがやってくる。
彼は、分厚いローブのようなものを纏っていた。
「何の用、と言われてもね。せっかく勇者を見つけたから話をしていたのに君たちが邪魔をするものだから」
しーん、と場が静まり返る。
ガタガタと雑兵スケルトンたちが震えている。
「あー、心配しなくていい。別に怒ってはいないよ。ただちょっと困ったなあと言っているだけでね」
「何の用だ、と言っている」
ボススケルトンは怯むことなくこちらに言葉をぶつけてきた。あまり魔人に対して恐れがないのかもしれない。
「いや、本当に用はないんだよ。君たちのおかげで勇者には逃げられた。私はすることがなくなったから君たちに挨拶をしただけなんだ」
「……………」
ボススケルトンは言葉の真偽を確かめるように押し黙っている。
ちなみに私がこんな軽い感じなのは、魔人という種族がみんなこんな感じだからだ。
「じゃ、じゃあ俺たちに攻撃はしないんだよな?」
「お、俺たちが争う必要はないもんな!」
「そ、そうだそうだ!」
「あー、うん。別に攻撃はしない」
スケルトンたちから安堵の声が上がる。
「す、スカラー様、アイツもああ言ってますし、とりあえずここの人間だけでも殺しておきましょう!」
ボススケルトンの名前はスカラーというらしい。
「…………そうだな」
スカラーは重苦しい雰囲気のまま頷くと、スケルトンへ攻撃の指示を出した。
「あ、ちょっと待った。そこの人間たちについて軽く調べたいことがあるんだ。全員生かせとは言わないが、あんまり殺されると困る」
「……………なるべく殺すな」
スカラーは私の言葉を受けて、配下たちに支持を出した。
そうしてスケルトンたちは騎士たちを殺さないように注意しつつ戦闘を再開することとなった。
~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~
戦況を確認する。
相変わらず人間が不利な状況ではあるが、スケルトンたちが手加減しているおかげで死者は少ない。
「……………潮時か」
スカラーがそう小さく呟いた。
私はその言葉の真意を測りかね、首を傾げる。
『そろそろ到着するんじゃないかな?』
「あー、そういうことか」
――――――――――――強い風が吹き付ける。
その風にあおられたのか、バラバラになった骨の破片が空へ舞った。
「ふいー流石にしんどい」
「へばってないでさっさと動け」
突然現れた銀髪の少女と黒髪の女性はその身に骨片のシャワーを浴びている。
「ありゃ、逃げられてね?」
銀髪の少女が首を傾げている。
風にあおられている骨片の量は中々だが、あの場に居た全てのスケルトンを粉砕したならもっと大量の骨片が生まれているだろう。
スカラーを含めた大勢のスケルトンは援軍到着の数秒前に逃げ出したようだ。転移か何かだろうか。
「………しょうがないっすね。こっちは人命救助が最優先っすから」
黒髪の女性は辺りを見渡してからすぐに動き出し、倒れている騎士たちの元へ向かっていった。
銀髪の少女は周りをきょろきょろと見渡し、私を見つけると早足で駆けてきた。
「おー、チミがユウシャサンかー」
銀髪の少女は私の周りをしばらくうろついてから、その後ペタペタと直接触れてきた。
「ほぅほぅ、外傷なし、中身も大丈夫そう、と。ほへー、よく無事だったねー」
えらいえらいと頭を撫でてくる。
『何となく身に覚えのあるこの感じ…………』
「…………」
よしよし、怖かったねーと私の頭を撫でている銀髪の少女。
『妹チャン?』
「妹?」
「ん?妹?」
銀髪の少女は私の口から出た単語に首を傾げている。
「ってか、君、意外と平気そーね。なに、こういうの慣れてる?」
「いや、初めてだが」
「よねー。………ふーん?」
銀髪の少女はじーっと私の目をのぞき込んでいる。
「サボってないでお前も働けっ」
「あいたっ」
黒髪の女性が銀髪の少女の頭を叩く。
「いやー、ちょっと傷心中の勇者クンのケアが必要だったんだってばー」
「いや、全然平気そうじゃないっすか」
「そだけどさー?」
「じゃあ尚更働けよ」
「うーん、まぁそうね」
銀髪の少女は黒髪の女性に連れられて倒れている騎士たちのところへと歩いて行った。
彼女たちはどうやら負傷者へ応急処置をしているらしい。
『僕らも軽くならできるよー』
「ふむ、ならそうしておこうか」
近くに倒れていた男へ声を掛ける。
「おい、大丈夫か?」
「あ、ああ。えーと、アンタは?」
男は骨折して動けなくなっているだけで命に別状はなさそうだ。
男は、少し怯えたようにこちらを見ている。
「私はシュカナ、勇者として選ばれた災難な男さ」
「……そうか、そういう能力もあんのか。いや、面目ねぇ」
男は何か納得したように頷くと、今度は申し訳なさそうに頭を下げた。
自分たちが守れなかったことを不甲斐なく思っているらしい。
実際、私が魔人の真似事をしていなければかなり不味い状況ではあった。
「まぁあれは事故みたいなものだろう。気にしなくていい」
話している間に、隣人から聞きかじった応急処置を施していく。
「おぉ、すまねぇ、だいぶ楽になったよ」
「なに、礼は要らないさ。命を懸けて守ろうとしてくれた相手に恩を返してるだけだからな」
「………すまねぇ」
私の言葉で更に負い目を感じてしまったのか、男は下を向いてしまった。
男を寝かせ、次の負傷者の元へ歩く。
「それにしても、何か違和感があるな」
私はパタパタとせわしなく動く銀髪の少女を視界に入れながら、救護活動を続けていった。
~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~
「よーっし、とりあえずこの辺で」
「そっすね、おおよその処置はできたっす」
目の前には何人もの騎士たちが寝かせられている。
動けるものは私たちと同じように他の者の手当をしている。
「さってっと、帰りますか」
銀髪の少女は私の肩を掴んでそう言った。
「彼らはここに置いていくのか?」
「そっすね。後で迎えが来るのでそれまでここで野宿っす」
「危険じゃないか?」
黒髪の女性に私は異議を唱える。
もし魔王軍が戻ってきたら、彼らはあっけなく殺されてしまうかもしれない。
「ん-や、どっちかって言うと勇者の君が一緒に居る方が危険かな」
「あー、まぁそれもそうか」
銀髪の少女に私は頷いた。
確かに、魔族が優先して殺しておきたいのは未成長の勇者だろう。
まぁ私はあちらに魔人だと認識されているので問題はないと思うが、そんなことを彼女らに言っても伝わらないだろう。
「それで、どうやって帰るんだ?見たところ馬もないようだが」
「走って帰る」
「ちゃんとした馬連れてきてないんで、走った方が早いんすよね……」
黒髪の女性の言う、ちゃんとした馬、というのは、時速100キロオーバーで2時間は走るとんでもない生物のことだ。
この世界ならではの生き物ということだろう。
『勇者とかはやろうと思えば普通に海の上を走れるらしいよ?』
「………ん-、私は走れないが」
「おぶってくおぶってくー」
「その辺は心配しなくてもいいっすよ。そこのアホが背負っていってくれると思うので」
黒髪の女性が銀髪の少女を指さすと、銀髪の少女はグッと親指を立てた。
そして、銀髪の少女は私の前にしゃがみ込むと、
「へいへい、ノッテノッテ」
と言った。
軽い調子で話すが、大丈夫なんだろうか?私と彼女の体格差はほとんどない。体重は多分私の方が重いくらいだろう。
「重かったら言ってくれ」
「重いっ!」
私がそう言うと、彼女は即座にそう口にした。
「………まだ乗ってないが」
「その気遣いが重いって意味さ~」
なんか、特に気にする必要もなさそうなので彼女の背に乗ることにした。
「ほいっと」
銀髪の少女はすくっと立ち上がると体の具合を確かめるように数回跳ねた。
「じゃあ王城へと戻るっすよ。
………………あ、そうだ勇者の君。口閉じて舌噛まないように気を付けるっす」
黒髪の女性の忠告に頷く。
「おっけーい、そんじゃしゅっぱーつ!」
少女はそう陽気に言うと、地面をグッと踏みしめて駆けだした。
少女が走る速度は尋常ではなく、景色がするすると後ろへ流れていく。時速50キロは超えているだろう。
「へぇ、割と平気そうっすね」
黒髪の女性も当然のようにその速度に付いて来ている。
なんだこいつら化け物か?
『貴方もその一員となるのです』
無理じゃないかなぁ。
私は勇者としての未来を考え、深くため息を吐いた。