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1:さようなら妹


 世界がゆっくりと終わってゆく。


 ゆるゆると流れていた当たり前の日常は、あっさりと停止に向かっていく。


 役者(キャラクター)たちは、終わり行く世界の中でも明日のために生きている。

 それをおかしいと笑ったり、哀れだと嘆くいたりは人それぞれだろう。



「さて、今回はどんな結末になったんだ?」


 誰が居るわけでもないのに私は隣へと語りかけた。


『正義の魔法少女が悪の総統を倒し、戦いの犠牲になった人たちへ思いを馳せつつ、生き残った自分はちゃんと前を向いて生きて行こう………という感じのエンディングになったみたいだよ』


「ふむ、比較的ハッピーエンドになったみたいでよかった」


『ハッピーかなぁ』


 最初に主役の少女を見たときは正直モブの一人かと見間違えるくらい平凡だったというのに、今では立派に主人公だ。

 彼女の次の活躍にも期待しよう。


『うーん、見分けられるかな、あの子基本的に影薄いっぽいからなぁ』


 …………彼女の今後のご活躍をお祈りしておこう。



 ぴたり、ぴたりと、少しづつだが停止するものが増えてきた。


 何度繰り返しても、この終わりに対する寂しさは消えない。



『まぁまぁ、終わらない物語っていうのに比べたら幾らかマシだよ』


 彼の言うことは最もだと思ったが、好きなものは永遠に続いていて欲しいとも思ってしまうのだ。


『あわれあわれ』


 彼の取るに足らない暴言を聞き流して、私は前を向いた。



(あに)ーちゃーん、今日夕飯どするー?」


 確かに、好きなものが終わっていくのは耐え難い。

 だからといって、この寂しいと感じる心に区切りを付けてはいけないとも思うのだ。



(あに)ってばー。(にい)さまーー、お(にい)さーん?夕飯はナシで大丈夫ですかーー?」



 世界が終わるというのに妹がうるさいせいで全然しんみりできないんですがここは本当に現実ですか?



 彼女はこの世界の私の妹だ。一生懸命に物事に取り組むかと思えば、三日で飽きてごろごろと家の中で転がっている。

 そんなお気楽な性格の彼女ともこれでお別れということになると少し寂しい気持ちもある。


『君はいつだって寂しいし、彼女はいつだって妹だ』



「大丈夫なわけがない、好きなものでいいから何か作っ、いや、リクエストは何だ?」


 彼女一人に料理を任せるのは後始末をする余裕があるときだけで十分だということを、私はこの短い人生で学んだ。

 もうじきこの世界も停止する、簡単に作れるもの以外は無理だ。せいぜい頑張ってトーストと目玉焼きくらいなもんだろう。


「カレーがいいなー」


 能天気に、ぽけーという効果音でも出しそうな笑顔で彼女は言った。


「今から!?何の用意もしてないし、当然レトルトでいいよな?」


「だーめでーす。(あに)ちゃんは今から私とカレーを作るのでーす」


「お前絶対途中でお腹空いたって言うじゃん」


「それはそれ、カレー作ってる最中の間食ならノーカンでしょ」


「この前みたいに摂取カロリー計算して教えてやろうか?」


「うぎゃー、乙女になんてことを~~」


 よよよ、と崩れていく妹。

 アホみたいに間食するくせになぜかカロリーは気にするのだ。なぜその行動の矛盾に気付かないのか、疑問は深まるばかりだ。



「はぁ」


 私は深くため息を吐く。エンドロールももう少しで終わりというところ。

 どうやら今から全力でカレーを作らなくてはいけなくなったらしい。



「お、あにちゃん珍しくやる気溢れてるー」


「ああそうさ、偶には私も本気で妹と料理するさ」


「おー、何かよく分からんけど、ガンバロー」


 おー、と右手を上に突き出す妹。こういうときだけは威勢がいい。調子のいいやつめ。


『ういやつめ』



 さて、とりあえず冷蔵庫の中身を確認するか。

 私は確か昨日食材は買い足しておいたよなー、なんて考えながら、ぱかりとその妙に軽い扉を開いた。



「………なぁ、買っといた野菜とかどこ行ったか知ってる?」


 野菜だけでなく、冷蔵庫の中身がほとんどない。


「んーー、カレー作る練習してたときに使っちゃったような気がしますなー」



 ふむ、なるほど。

 顎に手を当て、何やら深く考え込んでいるフリをしている彼女を見て、私は天を仰いだ。



「よっし、まずはお買い物行こー」


 おー、と左腕を突き上げる妹。右腕は下ろしていなかったので今は両手を上げている。

 何のポーズだそれ。



 妹の謎のポーズを見納めて、カチリと世界が停止した。



~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~


 世界は物語を動かすことで回っている。

 一つの物語が終われば、次の物語が始まる。

 物語は新しい舞台(設定)を用意することもあれば、前と同じものを用意することもある。

 登場するキャラクターたちの背景(設定)も同じだ。流石に物語の主要な人物が、ずっと前の物語の使い回しということはないが、端役は基本的にいつも同じような演者が務めている。

 彼らは物語に登場するときに、記憶の全てをどこかに置いてくる。物語の最中は、自分の演じるキャラクターの背景を自分のものとして考え、行動する。

 そして物語が終わって、次の物語が始まるまでの短い間だけ、全ての記憶を持っているのだ。


 私は彼らとは違った。

 物語が始まろうと何だろうといつも私のままであった。自分の演じるキャラクターも何もない。

 ただ、気が付くと違う世界に居て、以前まで話していた相手が世界から消えている。

 次の世界で似たような人物に会うことはできても、彼らは私のことを覚えてはいない。

 私は、一人なのだと思った。

 それを何度か繰り返して、物語と物語の間の時間に、私は彼らと接触することができた。

 その時間だけは彼らも全てを覚えていて、私と同じように、今まで見てきたもの、聞いてきたもの、味わってきたものを分かち合った。

 そして、物語が始まり、また一人になる。


 私は、彼女と会うまでは、ずっと一人だった。



~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~


「お疲れ様でした。今回の物語はいかがでしたか?」



 白を基調とした部屋の中、眼鏡を掛けた長い黒髪の女性がこちらに話しかけてくる。


 私たちは机を間に挟んで、向かい合って座っている状態だ。

 女性は時折手に持った厚みのある資料を見ている。その紙には私が行ってきたことが記録されているという。


 彼女の傍の机の上には、今彼女が持っている紙束など比較にならないほど、大量の紙が載せられていた。

 私への案内が終わった後もまだまだ仕事が残っているということだろう。



「相変わらずかな。妹に付き合っていたら一日が終わって、それを繰り返していたら世界が終わってた」


『妹に付き合うのがライフワークですからな、よき妹ライフを』


「ふふ。ええ、貴方らしい日常でした」


 女性はお淑やかに笑うと、机の上にある紙の山の中から何枚かを取り出し、こちらに渡してきた。



「では、次に出演される世界をお選びください」


 渡された資料をペラペラと眺めていく。

 とはいえ、私が言うことはいつも通りだ。



「彼女が行く世界と同じところで」


「はい、かしこまりました」


 特別な私に向けての特別な扱い。異物ゆえに主役などの中心人物にはなれないが、それ以外の融通(わがまま)は基本的に叶えられる。

 それも全て目の前の彼女のおかげではあるが。


 私が女性に紙束を返すと、彼女はその中から一枚を取り出し、そこに判を押した。




「それでは、貴方に幸多からんことを」


 女性は静かに頭を下げ、私の意識はそれを見終わると同時に暗転した。





~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~




 そうして、世界は動き始める。

 終わりが唐突なら、始まりもまた唐突なのだ。



 持ち上げていた(くわ)を下ろし、額を伝っている汗を拭う。


「隣人?」


『はいはーい』


 私はいつも通り彼に声を掛ける。


『えっとねー、今回の配役はー』


 私はこの身体に染み付いた日常をこなしながら彼の言葉に耳を傾ける。


『普通の青年A的な。剣に優れてたり、魔法が凄かったり、特殊能力があったりはしないみたいだね』


 隣人が今の私の肉体の記録を読み上げてくれる。

 なるほど、今回も適当に過ごしていたら終わりそうだ。


『かもねー』


 隣人はくつくつと笑う。


「お疲れ、兄さん」


 背後から声が掛かる。そこには痩せた少年がいた。


『彼はカルゲン、君の弟。肉体労働は苦手。あとはー、ブラコン?』


 ブラザー・コンプレックス、略してブラコン。兄弟に対する強い愛着や執着を持つことを指す言葉だが、そういう感情を抱いている人自体にもそれは使われる。 

 隣人の言葉はいつも大げさなので、私はすっと聞き流して彼の方を見る。

 

 彼は、手に木の器を持っていて、そこには水が入っているようだった。



「ありがとう」


 器を受け取り、水を飲む。


『毒はなし、と』


 あったら困る。ブラコンで兄に毒を盛る弟とか、モブキャラに居ていい存在ではない。


 あらかた状況の確認を終えた私はきょろきょろと辺りを見回した。


 ところで、彼女はどこに?

 「へーいそこの気だるげボーイ元気してるー?」みたいな声が掛かってもいいころではないだろうか。


『……んー、今回は実妹じゃないっぽいかな、こっちには特に情報なし』


 お手上げー、といった様子で隣人はぼやく。

 妹成分が足りなくて困るのは私ではなく主に彼だ。


『一応、分かったことがあるよん、この世界、剣と魔法の世界、殺し合いバリバリバージョン』


 え、やだ、私の世界怖すぎ?

 つい乙女だったころを思い出して口元を手で隠す。


『まーまー、なんとかなるなる。それよりはよ妹よこせ』


 楽観的に息巻いた隣人だが、既に効果が出始めているようだ。

 妹成分の不足は目の疲れ、肩こり、頭痛、腰痛、手の震えにつながる。

 死んだ兄弟たちがそう言っていた。


『ああ懐かしきソウルブラザー、また一緒に妹活動しような』


「兄さん、どうかしたの?」


 水を飲んだ後、ぼーっと立っている私を不審に思ったのか、カルゲンが声を掛けてきた。



「ん、いや何でもない、ちょっと疲れただけ」


「――――――」


 耳鳴りのような音が頭を打ちぬく。

 私は頭痛を覚えて、こめかみに手を当てた。


「に、兄さん、大丈夫?」


『はにゃ?』


 頭痛が収まった私はゆっくりと、手を頭から離した。

 そして、急に熱を持ち始めた左手をぼんやりと眺める。


 ……………これ何?


『ほわっつ、なにが起きてるねん』


 私の見つめる先には自分の左手がある。

 左手が付いていることが不思議とか、そういう物騒な話ではなく。


 私の左手には赤く輝く紋章が浮かんでいた。



「これモブが持ってていいやつじゃなくない?」


 私は手を掲げたり、逆におろしたりして、見る角度を変えながら、その紋章を眺めた。


『うーーーーん。んん?』


 隣人がうなっている。確か彼は言っていた。私は普通の青年で、特別な能力などは何もないと。

 イマドキの普通の青年とやらはこういうのを付けているものなのか?

 私はぎゅん、と顔を近くにいた少年へと向ける。


「に、にいさん?」


 彼の手には何もおかしな紋章など浮かんでいない。

 ならば、この私の手にあるものは普通の少年には付かないものであるという可能性が浮上する。


「えっと、兄さん、その手がどうかしたの?」


 カルゲンが私の左手を見て不安そうにしている。まるで、彼にはこの赤く輝く紋章が見えていないような反応だった。


『……勇者の紋章、とか?』


「ワンモアプリーズ?」


 隣人の言葉に耳を疑った私は、居もしない相手を探して後ろを振り向く。


『なんか、それ、勇者の証っぽいな、と』


 隣人はぽりぽりと頭を掻くような雰囲気で段々と声を小さくしながら、ぽつぽつとそう口にした。


「は?」


 勇者。

 それは、人類の希望。人々を救う光。

 王道だ。誰がそんな大役に文句を言うというのだろうか。


「いや、文句の一つも二つもある、どういうことだ?」


 耐えきれなくなった私は、彼に語りかけはじめた。


『僕もさっぱり、急に君の役割が変更されたような感じでさ』


「役割変更、どういうイレギュラーが発生したらそんなことが起こるんだ?いや、そもそも。私以外の誰かが勝手にそうなったのならまぁ理解もできる。しかし、私だぞ?妹以外に興味ないから、で有名なこの私がだぞ?」


『僕も全く持って同意見だとも。正直運営側の責任問題だよ、こぉれは』


 ぷんぷんと、隣人は擬音を口に出しながら怒っている。


「兄さん?誰と話してるの?」


 誰かが私の肩を叩いた。

 振り向くと、そこには妹ではない少年がいた。

 確か、カルゲンだったか。


『のーもあ少年、のーもあ兄弟。ぷりーず少女、ぷりーず姉妹!!』


 ちなみに私は、その日の気分にもよるが、姉派だったりすることもある。


 カルゲンは本格的に不安がり始めたようだ。

 実の兄がいきなり虚空と会話し始めるとか恐怖しかないだろう。可哀そうに。


『君が原因だけどね』


 私はもう一度天を仰いだ。

 世界は当たり前のような面をして動いている。私は大きくため息を吐くことにした。



「カルゲン、ちょっと向こうの森で休憩してくる」


「……あ、うん。体調は大丈夫?」


「あぁ、ちょっと朝見た変な夢を思い出してただけだ」


「朝見た変な夢………?」


「あぁ、ちょっとな」


 手を振り、私は彼を置いて歩いていく。

 何が起こったのかは分からない。何をしなければいけないのかも分からない。

 しかし考えなければいけないことは多い。 


『まずは妹キャラの確認じゃ』


 隣人は年老いた老人の真似をして、そのありもしない顎鬚を撫でるような声でそう言った。




~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~




 さて、状況を整理するとしよう。


 私は勇者。

 この世界は人間と魔族という人外の化け物が争っている感じのところ。

 勇者がすることは魔族を統率しているリーダーを倒すこと。つまり魔王の討伐。



「隣人、勇者に関する他の情報はないか?」


『どうやら勇者の出現は国中に知れ渡るらしいよ』


「となると、簡単には逃げられないか」


『どうやらこの国の王様の手元には勇者を見極める魔法のアイテムがあるらしい。それを使うと、勇者がどこにいるのかっていうのも大体分かるとか、なんとか』


「となると、そう簡単には逃げられないか」


『勇者の出迎えは、綺麗な感じのお姫様がすることが多いっぽいね。田舎者の勇者が姫様に見惚れてる間に王国まで連行するみたい』


「連行?」


 私は聞こえた不穏な単語を反芻しきれず、口に出す。


『うん、ほとんど誘拐みたいな感じらしいね。まぁ普通は逃げたりしないんだろうけど』


 隣人はやれやれと言って、首を振った。


『とりあえず、勇者についてはこんなところかな』


「分かった。逃げても無駄だというなら、私はその姫がここに来るまで待っていればいいんだな?」


『まぁ、そんな感じ』


 隣人は少しぶっきらぼうにそう言った。

 私も彼も当然乗り気ではない。勇者とは、言わば生贄のようなものだ。

 人類から選ばれる、敵を殺すための戦闘マシーン。

 何の得があって、そんな意味の分からないものにならなければいけないのだろうか。



 どうにもならない問題が立ちはだかったとき、人はどうするべきなのだろうか。

 問題から逃げる?それとも真っ向から立ち向かう?

 私は前者を選ぶ人間だった。弱いと罵りたければ罵るといい。


『でもホントは勇者をやることで妹との特殊イベントが起きることを期待していたり?』


「当たり前だよなぁ!」


 私は立ち上がった。既に立っていたが、気持ちの問題だ。


『行くぜ!勇者系妹イベント全制覇!』


「おぉーー!!」




~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~



 カルゲンに鍬の持ち方を教えたり、両親になんとなく別れの挨拶をしたり、村の人間に軽く挨拶をしたりと、それなりに充実した日々を過ごしていってから一週間ほどが経った。



 村は騒然としている。

 村人たちは、家を飛び出し、畑を放り出して、一つの集団へと目を向けている。


 「姫様」「ひめさま」


 姫、という単語が飛び交っている。


 とうとう王国から姫がやってきたらしい。一週間も待たせるから正直もう来ないかも、などと安堵しかけていたところだ。

 本当に危ないところだった、私が歴戦の戦士でなければ「妹とかどうでもよくね?村でゆっくり暮らしていくべ」とでも言っていたかもしれない。



 適当な家の上に登り、侵入者たちの様子を伺う。


 どうやら姫は幾人もの護衛の騎士を連れてきたようだ。

 その誰もがぴかぴかと輝く鎧を身に着けている。


『威圧感あるねぇ』


 隣人は頬杖でも付いてそうな態度で、そう言った。


「本人たちにその気があるかはともかく、こんな田舎に完全武装の奴らが入ってきたら驚くよな」


 村長がひどく憔悴した様子でおずおずと姫の前に出て行った。


「あの、私どもの村に何の御用でしょうか?」


 姫はそんな腰の引けた村長を気にした様子もなく、悠然と声を上げる。


「驚かせてしまってすみません。我々は、大切な用があってこちらに参りました」


「その用とは一体?」


「この村に、勇者が現れたのです」


「……なんですと!?」


 不安がっていた村人たちの雰囲気が一気に明るくなる。

 騒音は更に増した。


「お静かに」


 一言、姫がそう口にすると、村人たちは押し黙った。単純なものである。


「勇者の左手には赤く輝く証が現れます。他の方には見えていないでしょうが、勇者様本人は気が付いているはずです。さぁ勇者様、我らの前に姿を現して下さい」


 一斉に村人たちは自分の左手を見始める。

 いや、普通の人には見えないんだって。



『どうやらお時間のようですね、勇者様』


 隣人はキリッと、カッコつけてそう言った。

 遊びの時間はこれまで、ここからは勇者としてやっていかなくてはいけない。


「どうやらそうっぽいですね、っと」


 屋根の上から静かに降りて、姫の元へと歩いていく。


「おいおいおい俺勇者じゃね?」

「そりゃただの傷だろむしろ俺が勇者だ」

「いーや違うね俺が勇者だ!」


「いや、なんだこいつら凄い邪魔なんだが」


 姫の元へとゆっくり歩いていこうと思ったら人だかりのせいで全く進めなかった。


『うーん、これは酷い』


 隣人もこれには目も当てられない、とばかりに首を横に振る。


 これはたどり着くまで結構な時間がかかりそうだなーと思ったそのとき、


「わ、私!!私、光ってます!!左手!!!」


 ひと際大きく声を上げ、その左手を突き出している少女が視界に映った。

 ピンク色の髪をツインテールにした、元気系妹といった感じの子だ。


「ん?」


 えっと、確かあの子は。


『名前はミーティス。年は君の一つ下。明るい性格をしていて普段は礼儀正しいけど、彼女の中のルール(正義)に反するとすっごく怒られるらしいね』


 隣人がスラスラと妹情報を吐き出してくれる。


「へぇーすっごい勇者っぽい」


 私が感嘆の呟きを溢している間に、姫はミーティスの元まで歩いていき、


「確かに、貴女は勇者に間違いありません」


 と声を上げた。


 村人からどっと歓声が上がる。ミーティスを囲んでお祝いの言葉を掛けている感じだ。


「すごいねミーティス」

「頑張ってねミーティス」

「絶対に魔王を倒してねミーティス」

「俺たちのこと忘れんなよ!」


 などなど、好き勝手に喋っている。お気楽で、勝手なものだ。




「さて、私たちはどうしようか?」


『こんだけ騒いでたら普通にスルーされそうじゃない?』


 隣人は悪い顔をしてそんなことを言う。多分私も同じ顔をしているだろう。


「それもそうだな。………うーん、とはいえ本命って感じの妹は居ないし、この村は出て行こうかなー」


『僕らはいつでも君たちとの再会を待ち望んでいる!!!』


 隣人は大きく手を広げてそんなことを言った。


「そうだな」


 再会、という言葉で、脳裏に今までの妹たちが浮かんでくる。


 カレー。

 そういや作っていなかった。

 作ろうとはしたし、正直あのタイミングじゃあどうしようもなかったとは思うが、それでも私は作ると決めていた。

 彼女の演じるあの妹とは、もう会うことはできない。

 しかし、それでも、諦めるわけにはいかないのだ。

 例え姿形が違かろうと、私は一度目を付けた演者(いもうと)は見逃さない。


 一つ、この世界での目標が定まった。



 そうと決まれば、さくっと合流して作れなかったカレーでも振る舞ってやろう。


『おー、カレーいーねー。スパイスどうするのー?』


「それは後で考えるー」


 隣人とじゃれあいながら、ゆるゆると歩いていく。


『この考えなしちゃんめ!』


「まー、いーんだよ別に。私はもう勇者じゃないんだし、好きに生きてればまた勝手に世界が終わってるから」


 はっはっは、と笑いあう。そう、勇者とかいう面倒な肩書は誰かがやってくれるなら別にそれでいいのである。

 私は私で、妹ライフで忙しいのだ。そうなのだ。



「やっと見つけました、勇者様」


 美しい声が、私を呼び止める。


「………………ところでカレーの具材についてなんだけどさ」


『あー、おじゃがとか人参さんとかも微妙かもしれないよね』


 そうである、こんな世界だ。カレーと呼べるものを作り上げるのはそれはもう熾烈を極めるだろう。

 もうそれはそれは、勇者とかやってる場合じゃないと思う。


「あのー、勇者様?」


 小さな手に肩を掴まれた。


「そうそう、まぁ最悪肉と野菜ぶち込んで煮込んで野菜スープみたいな感じでお茶を濁そうかな、とも思ってるんだけどさ」


『ん-、いや、それはカレーではないです』


 こういうところで謎に厳しいのが我が隣人だ。


「勇者様ー?聞こえていますかー」


 肩を掴んだまま、少女は私に声を掛け続ける。


「まぁそうなると今回の妹にアレルギーがないかどうかが不安要素だよな」


『あー、アレルギーか。あんまり考えてなかったけど大事だね』


 そう、料理とは愛。ただ作ることが重要ではないのだ。

 誰にどう作るか、ここまで考えてこそ、気持ちが伝わるだろう。うんうん。


「そうそう、折角作った料理で体調不良とか悲しいにもほどがあるし」


「えーと、そうですね。心を込めて作った料理で具合を悪くさせてしまったら悲しいですね」


 少女は困ったような、同情するような声でそう言った。


「そうそう。で、何の用でしょうかお姫様?当方は一般村人Aと申すものですが勇者様に御用でしたらあちらでございますよ?」


 私は、静かに振り向き、私の肩を掴んで離さないその人物に声を掛けた。


『おー、すごいね、これが本物のヒロイン。輝いてるわー』


 はー、と感嘆の声を上げる隣人。


「勇者様は冗談もお上手なようで、ご自分が勇者であると、気付いていらっしゃるのでしょう?」


 少女は気品のある笑みを浮かべ、こちらを見ている。


「………いえ、気付いていないです。そもそも勇者ではないので」


「気付いていらっしゃるんでしょう?」


 繰り返し、同じ言葉を発する少女だが、先ほどとは言葉の重みが違う。

 同じ笑顔だが、そこには明確な圧が発生していた。


「……………………そう言われれば勇者な気がしてきました」


『ひゃー怖いなー、戸締りしとこ』


 隣人が心の戸をぴしゃりと閉める。


「はい、それは大変よかったです。それでは勇者様、あちらの馬車の中へ」


 姫は、その手で遠くに見える馬車を指さすと、今度こそにっこりと笑った。


「……………………断りたいなー、なんて」


「あちらの馬車の中へ」


 平坦な声で、彼女はそう繰り返す。表情は先ほどと特に変わっていないのが、ポイントだ。


「ええ、ただいま参ります」


 にっこりと笑顔を向けられたのでこちらも笑顔で返す。


『ひゃー怖いなー、戸締りしとこ』


 心の戸を開けたり閉じたりしている隣人はもう一度ぴしゃりと音を鳴らした。



 姫に(無理やり)連れられて、私は馬車へ乗り込んだ。


「わっ、シュカナさんも勇者だったんですか!?」


 中には既にピンク髪の少女――ミーティスが居て、乗り込んできた私を見て驚いている様子だ。



「いや実は何かの手違―――――」


「えぇ、この方は間違いなく勇者様でいらっしゃいますよ」


 私の言葉を遮り、姫はそう言った。もちろん気品溢れる笑顔で。


「手違いで――――――」


「間違いなく勇者様でいらっしゃいますよ」


 もう一度言葉にしようとした私の口が物理的に塞がれる。

 姫の手が私の口を押えていた。

 目を瞑って小さな笑みを浮かべる姫だが、こちらとしては口を塞ぐならもうちょっと違う手段で塞いで欲しかったものである。


『情熱的なキッスとかね!』


 隣人は、意気揚々とそう口にした。


 うん、それは違うかな。

 

 結局、私は大人しく姫に連れられていくしかないのだった。

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