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最愛の女子のこの世界での末路とは

病院に到着した。

病室の位置、番号は見えているので分かっている。個室に入っているようだ。

僕は恐る恐るロビーの受付に、尋ねた。

「305号室の、…ミヤビさんに面会したいんですが。家族でなくても、面会できますか?前にお世話になった方なので」

この世界に転生したミヤビがはたして元の世界の名前を名乗っているかどうかは分からなかったうえに、名字も知らないので、イチかバチかという問いである。

すると受付は、黙って面会名簿を差し出してきた。僕はそこに自分のこの世界での名前を記した。名は、ケイ。名字は、養護施設長のそれである。


名簿に名前を書き終えると、看護師の女子が現れ

「ケイくんですね?行きましょう」

と声をかけてきた。

病室へ行く途中、彼女の口から、ミヤビは天涯孤独で見舞う人が皆無だということを知らされた。なんでも20年前に夫・子・孫の全員を事故で失ったという。ただ、夫が資産家であったため生活の苦労はなかったそうだ。


病室のドアを開いて、中に入る。

ベッドに横たわる小柄の老女が、いた。僕は、恐る恐るその老女の顔を見た。

「ふう…」

僕は、かなりホッとした。確かに年を取ってはいたが、その顔は意外に若々しくきれいで、それは16歳だったミヤビの顔そのものだった。

ミヤビは、危篤のわりには、人工呼吸器をつけていなかった。静かな寝息を立て、すやすやと眠っている。

ミヤビの懐かしい顔をじいっと見つめている僕に、看護師の女子が

「このように呼吸が安定しているので、人工呼吸器をつけてないんですよ。ただ、目を覚まさないんです。こんな状態になって、もう2週間くらい経ちますね」

とミヤビの病状を教えてくれた。

そして彼女は、続けた。

「ミヤビさん、ときおりうわごとのように言うんですよ…。ケイくん、ケイくん、ケイくん、って」

「え?」


ミヤビは、前世の記憶を持っていたのだった。どんなに僕に会いたかっただろうと思うと、目から涙があふれてきた。

「そのケイくんって、きみのことですよね?ミヤビさん、きみのこと、すごい可愛がっていたんですね?」

と看護師の女子は、僕の童顔をなんだかにやにやとニヤついてようすでじっと見てくる。彼女は、歳のころ20代前半くらい、僕のこの世界での年齢はまだ13歳だが、精神年齢は16歳である。僕からすると十分に守備範囲なんだが、彼女からするとやはりショタコンなんだろう…。

そんなことはさておき、僕はミヤビのそばのイスに腰かけると、ミヤビの小さな手をぎゅっと握った。

しかしミヤビは、微動だにしない。

僕は、ミヤビの白い髪の毛に触れ、その額、頬、鼻の頭、そして唇に順々に触れていた。それは、高校生の時、いつもいつもキスの雨を降らせていたその顔だ。


「ケイくん、ミヤビさんの下着の取り換え、してみます?」

看護師の女子がそんなことを僕に言ってきた。老女とはいえ、ミヤビは女子である。普通なら男子の僕は追い出されるはずだ。

「はい…。いいんですか?」

「ケイくん…、きみなら、だいじょうぶのような気がします」

ふとんがめくられ、看護師の女子がミヤビの病室服を脱がせた。透き通るような白い肌、そして小ぶりだが形よく膨らんだ胸、細くくびれた腰など、歳は取っているが前世でのミヤビとほとんど違わない身体が、僕の視界に飛び込んできた。

懐かしさのあまり身体に触れようとする指を制止しながら、僕は、ミヤビのシャツを脱がし、パンツも脱がした。

「ケイくん、なんかすごい慣れてますね?ミヤビさんの介護をしてたんですか?」

僕は、返事をしなかった。僕が慣れているのは、高校生のときミヤビとそういう関係だったからだ。

ただ、新しいシャツとパンツをミヤビに着させるのは苦労した。看護師の女子が、不思議そうに僕を見ている。だってあの頃は、僕は脱がすだけで、着るのはミヤビが自分でしてたし…。


着替えが終わると、看護師の女子が病室を出ていった。

外は、陽光がきらめいている。ミヤビは、すやすやと眠っていた。

僕はふとんをめくると、ミヤビのおなかに顔を近づけ、そっと押しつけた。高校生の時、僕は暇さえあれば、こうやってミヤビのおなかに顔を擦りつけていたのだ。

「ケイくん、赤ちゃんみたい~。よし、よし」

とミヤビは母性本能まる出しで僕の頭を撫でていた。

「ミヤビ…」

するとその時、ミヤビが声を発した。

「ケイくん、ケイくん、ケイくん…」

僕は、ミヤビが意識を回復したのかと思い、喜んでミヤビを見たが、それはうわごとだった。

僕は、ミヤビのおなかに顔を擦りつけて、泣いた。大きな声で泣き声が出るのも構わず、僕は泣いた。涙が僕の頬を伝い、ミヤビのおなかを濡らした。


明日をも知れない病状だったが、ミヤビは意外に生き延びていた。

僕は病院に泊まり込み、その翌日、その翌日、その翌日とミヤビの世話を続け、ミヤビのおなかにうっ伏して泣いていた。

そしてこの病院に来て5日目の朝、ついにその時が訪れた。

「ケイくん、ケイくん、ケイくん」

うわごとを言っていたミヤビが、急に言葉を継いだ。

「ケイくん、会いたい…」

僕はここにいるよ!と言ったけど、もちろんミヤビには聞こえなかった。

そして、僕は、ミヤビのおなかが急速に温もりを失っていくのを感じた。

「ミヤビ…」


ミヤビには身寄りがなかったので、僕が彼女の弔いをした。ミヤビは病院にお金を持ち込んでいたので、そのお金で葬式を出した。その弔いは僕一人だけの密葬にしたつもりだったが、一人の老紳士がそばにいた。

「私は、ミヤビさんから委任された弁護士です。亡くなった知らせを病院から受け、参りました」

ミヤビの骨を拾い、墓所への納骨を済ませると、弁護士が僕に言った。

「きみの素性を確かめます。今からいう質問に答えてください。ただこの質問内容は、私には理解不能です。あくまでミヤビさんの言葉です」

その質問とは、1:元の世界での僕の生年月日を元号付きで、2:元の世界でのミヤビの生年月日を元号付きで、3:元の世界で死んだ日を元号付きで。

僕は、3つの問いに答えた。

「確かに、きみをケイくんと認定しました」

と言って弁護士は1枚の小切手を僕に渡してきた。

<2,000,000,000円>

え?一目見ただけでは桁がよく分からなかった。20億円の小切手だった。ミヤビの遺言で、全財産を僕に贈るとされていたという。

ちなみに、この世界は元の日本によく似ているが、違う点がいろいろある。元号を使っていないというのも、その1つだった。


僕はたちまち億万長者になってしまったが、もちろん素直に喜べない。

『ミヤビのいないこの世界で…』

しかし、くれると言ってるんで、もらうしかない。


ということで僕は、斎場を後にした。

そこから一歩外に出た瞬間、僕の脳内に鮮明な映像が浮かび上がった。

「うわあああ?ヨシコ!やめるんだ!やめるんだ!死ぬなーーーーーっ!!!!!」

僕は激しく叫び、そして、その場にへなへなと座り込んだ。

「そんな…。ヨシコ!ヨシコ!ヨシコ…!」

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