09 アップルパイ作ったことある?(後編)
まったくもう。額に手を当て救急キッドを取り出す。
消毒済みの布を取り出し彼の額に当てる。さらに包帯を巻いて圧迫止血する。
慎重に見まわしたけれど、ほかに怪我はなさそうだった。
「つまり──頭を強く打って倒れているってこと」
脳挫傷とか脳内出血とか頭蓋骨骨折といった言葉が頭にうかぶ。
冗談じゃないわ。
一刻も早く本社で診てもらわなくちゃ。
衝撃が少ないよう気をつけて彼を背負う。私だって2年間研修を受けているから、彼が重いとかそういうのはないんだけど。
顔をあげる。あたりを見まわす。
「……どこに乗ってきたSUVがあるって?」
女の子が勢いよく指をさす。
「あなた、知っているの?」
うなずく先から女の子が駆け出した。
彼をかついだまま慌てて続くとススだらけのSUV車が目に入った。……どれだけ火災現場を走ってきたの?
開けっ放しだった荷室を見て、さらに声が出た。
「どんだけ捕獲したのよ」
女の子がうつむく。
ああ、あの男もその一人だったわね。女の子との関連はわからないけれど、少なくとも関わりはありそうで。
……デリカシーのなさは、よく彼に指摘されてきたこと。
まあ、彼がありすぎるんだけど。
「ごめん」と女の子につぶやき、助手席に彼を横たわらせた。
女の子を手招きする。
「おにいちゃんが落ちないよう、隣に座って支えてくれる?」
「いいの?」
「ここはもう火の手がひどいから。あなたも避難したほうがいいわ」
女の子が怯えた顔になる。
すぐに戻るから、といいおいてわたしは火炎放射器男へと戻った。
条件反射的に男の手足を拘束し、男をかついで、ほかの捕獲者と同様に荷室へ転がした。
女の子がじっと見ていた。
しまった。もう少しデリカシーのある行動をすべきだった?
そのときだ。
アラームが鳴った。
運転席からだ。
慌てて荷室のドアを閉めると、運転席のモニターに身を乗り出した。
声が裏返る。
「火災竜巻が発生? すぐ近く? そんなのに巻き込まれたらひとたまりもないわよ」
続いて耳に装着した携帯電話が鳴った。
営業管理部長だった。
やばっ。身をすくませる。
……無断で地上に降りたのがバレた?
「えっと、あのこれは。すぐに戻るから」
『長期間の大規模森林火災から大量の火の粉とススと砂塵が発生した。世界全域をおおう勢いだ。呼吸器確保』
「それって──彼からメール連絡にあったトラブル?」
あいつ、と部長が息をのむ。
『お前にはちゃっかり警告していたのか? ……ったく。だからさっさとそこから離脱しろ』
それから、と部長が続ける。
『やつを頼む』
そのまま部長は通話を切る。
身体が熱くなる。
大きく息を吸う。
しっかりつかまってて、と女の子に叫んで、シートに座るのと同時にアクセルを踏んだ。
悪路に車体がバウンドする。女の子がおおいかぶさるように彼を支える。
「助かる、ありがと」
「……さい」
「え?」
「……ごめんなさい」
「どうしてあなたが謝るのよ」
だって、と女の子が顔をくしゃくしゃにする。
「おとうさんが火をつけたから。火をつけなかったら森だって。こんなにすごい火になるなんて。おにいちゃんだって」
……親子だったの。
「ごめんなさい──」
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