08 アップルパイ作ったことある?(前編)
シナモンがピリッと利いて。
さくっとした食感のリンゴの甘煮がごろごろ入っている。
そんなアップルパイが食べたくて、わたしは彼にたずねた。
「アップルパイ、作ったことある?」
彼の目が丸くなる。
食べたことじゃなくて作ったこと?
言葉にしなくても、彼がそう思っているのがわかった。
嬉しくて思わずうっとりと彼を見る。
長いまつげ。やわらかい顔の輪郭。
可愛らしい顔つきで、肩までの黒髪をひとつにまとめているから、ちょっと見は女の子に見える。
口調も女子っぽいし。気づかいもすごいし。
でも。
立ちあがるとびっくりする。
ほっそりとした身体つきなのに、わたしよりずっと背が高くて、肩幅だって。
その彼がふわりと笑う。
「ないなあ」
「わたしも」
だったら、と声が重なった。
「一緒に作ろうか」
そう先週、片思い相手の彼と約束をしたんだけど。
……まさか、次のメールがこんなだとは思わなかった。
森林火災現場で火炎放射器を振り回す男女がいて。
──意味がわからない。
ほうっておけないから拘束したんだけど。
──ほうっておきなさいよ。って、え? 誰が?
SUV車の荷室に詰め込んでおいたから連れていって。
それから、と彼のメールには続きがあったけれど、わたしの心はそれどころではない。
ちょっと待って。
SUV? 自動車? あのデカい4WDの?
荷室に詰め込んでおいたからって?
拘束したって?
……誰が?
まさか地上に降りたの?
世界中の森林が燃えているこのときに?
彼は地上に自ら降りて現場で火炎放射器男女を捕獲したってこと?
……なにやってんのおっ。
身もだえつつも、そのあまりに彼らしい行動に、文字どおりすっ飛んで来たんだけど。
指示された地点には森林火災現場に流血して倒れている彼。
そして、わたしの目の前には──6歳くらいの女の子。
ガタガタと身体を震わせわたしに向き合う女の子に、わたしは笑みを見せる。
「大丈夫。息はあるわ」
「……でも目をつぶってる」
「だから早く連れていかなくちゃ」
あなたはどこから来たの? そういいかけて口をつぐむ。
女の子が彼のすぐ後ろを見ていた。
彼ばかりに気を取られていたけれど、よだれを垂らした男が転がっていた。わきにはシリンジ針がある。……ウチの社のロゴが入っている。
彼が? ……まさか殺した?
慎重に男の口元に手を向けた。
息をしている。けれど目を覚ます様子はない。
転がっていたアンプルを手に取って、なるほど、とうなずく。
麻酔薬。
それもめちゃくちゃ強力なやつ。
確か技術開発部が最近量産をはじめたとかなんとか聞いたことがあった。
つまり?
わたしはちらりと彼を見る。
転がっているのはメールにあった火炎放射器男で、彼はこんなに忙しい最中だっていうのにもっとダメージのある薬物じゃなくて、もっとも副作用が少ない薬物で犯人たちを捕獲していたってこと?
……馬鹿じゃないの?
なんだってこう、いつだって──優しいのよ。
なんどもいったわよね。
命取りになるわよって。
命取りになっているじゃないの。
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