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06 お前の弱点は優しすぎるところだってよくいわれる(後編)


 男を見る。

 ひょっとして、こいつが女の子の父親? 

 馬鹿な、と女の子に振り向いた。

 だってさ、と思ったとき女の子が立ちあがった。

 こっちへ向かって来る。

 声をはりあげた。


「来ちゃ駄目だ」


 女の子が叫ぶ。


「おとうさんっ」


 それはあきらかに男に向けての言葉で。男を追い詰めているおれを非難する声で。


 いやもう、待ってくれよ。

 だってこいつは、この火炎放射器男はさっきさ。


 女の子に放射したんだよ?


 自分の娘に? いくら正気を失っているからってそんなこと? 

 拳が震える。そんなことあっちゃ──。


 男が動いたのが見えた。

 とっさに姿勢を戻したけれど──遅かった。


 頭に凄まじい衝撃。

 目の前が真っ白になる。

 音が消えて、耳の奥がわんわんと響いて。

 意識が飛びそうになるのを必死で首を振って持ちこたえた。頬に何かが伝う。血だろう。

 

 ……くっそ。油断した。なに、されたんだ?


 かすむ目で見まわすと火炎放射器の燃料タンクが転がっていた。


「あれで殴られたのか? ……めちゃくちゃしやがるな、くそ」


 男は? と顔をあげると、男が女の子に向って走っていくのが見えた。

 男の手には太い木の枝。それを振りあげている。

 愛する我が子を守ろうと駆けよる──ようにはとても見えなかった。

 女の子はその場に立ちすくんで男を見ている。


「まったく、なに考えてんだよおっ」


 吠えておれは男に駆けた。

 手加減? なにそれ。おいしいの?

 全力で追いついて全力で男を羽交い絞めにして。

 男の懐に入って背負い投げた。男が宙を舞う。地面に叩きつけられたところを力いっぱい殴りつけたい気持ちが強く押しよせた。

 それをこらえて、今度こそ麻酔薬の入ったシリンジ針を男の肩に素早く刺す。

 

 ものの数秒だ。

 男はよだれを垂らしたまま、動かなくなった。

 脈はある。殺していない。とりあえず、よかった。

 

 ドンと背中に小さい拳の感覚があった。

 女の子が肩を震わせながらおれを殴っていた。


「ああ、大丈夫。おとうさんは無事だよ。ちょっと眠ってもらっただけだから」


 それよりきみこそ大丈夫? 

 

 そう続けようとしたけれど声が出ない。視界がぐらりと揺れる。

 ……あれ? えっと? 

 頭を殴られたから?

 ……ヤバいな。


 足から力が抜ける。どさりと草っぱに身体が崩れた。


 いやいや、冗談じゃないから。

 こんなところにこのままいるわけにはいかなくて。

 おれにはアップルパイの約束だってあって。



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