03 そうだ、アップルパイのことを考えよう(前編)
男がのけ反る。
火炎放射器が宙に舞い、原っぱに転がり落ちた。
男はそのまま地面に仰向けで倒れた。
銃を構えたままおれは男の様子をうかがう。
5秒、10秒……男は動かない。
火炎放射器も燃料切れか、小さくなった炎はやがて消えた。
男に視線を向けたままで銃を降ろし、慎重に男へ近づいた。
腕と足を軽くつつく。動く様子はない。なおも警戒しつつ男の首筋に手を当てた。
脈は──安定していた。
よし、と拳をにぎる。
「がっつり麻酔が利いたみたいだ。いやもう、近づいてくるんだもん。銃の衝撃が強すぎたらどうしようかと思った」
出血もなくてなによりと、てきぱきと男の手足を拘束する。目覚めて暴れられても面倒だ。
それにしても。ライフルサイズの銃を見る。
「……おそるべし。技術開発部特製の対人用即効性麻酔弾」
動物園を脱走したライオンとかを捕獲するのに使う麻酔銃。それの人間バージョンだ。
はじめて使ったのでドッキドキだった。
噂だと12時間くらいは効果があって、副作用もほぼないらしいけど。
低くうなる。
「ウチの技術開発部は遊び心がありすぎるからなあ。どこまで信じられるか」
手早くするに越したことはない。
男をかついでSUV車の荷室へ転がし、袖についたススを払って運転席に乗り込んだところで、アラームが鳴った。
──センサーに人影があった。
「こんな森林火災の真っただ中に、ほかに人がいるってこと?」
なにをやってんの。
モニターを見て、天井をあおいだ。
火炎放射器を振り回す男が映っていた。
「火炎放射器のメーカーがこの地区で大安売りでもしていたわけ?」
そんなわけないよなあ。くそお。
……わかった。
お前らまとめてこのSUV車に乗せてやる。だから、頼むからさっさと火炎放射器から手をはなしてくれよ。
**
ひとつにしばった髪を熱風に揺らし、ただ黙々と火炎放射器男女に声をかけ、必ず歯向かわれて、しょうがないから麻酔銃を撃ち込む。
その繰り返し。
後部座席をすべてつぶしても、荷室はもういっぱいだ。
「なん人いるんだよ……」
がっくりと荷室ドアに両手をつく。森林火災の熱で車体は目玉焼きがすぐにできるほど熱い。うわっち、と手をはなし「っつうか、どんだけだよ」とおれは吠える。
「そんなに火付けが楽しいのかよ。好きなのかよ」
身もだえて、はああ、と息をはく。
違うか。
アレだな。
「ストレス──発散か」
なんのストレスか。きまっている。
社会に対する鬱憤だ。
仕事がない。差別ばかり。いちゃもんばかりの理不尽な日々が蔓延し、文句ばかりが吐いて出て。
こんなにがんばっているのに。
こんなに我慢しているのに。
なんで俺たちがこんなに苦労するんだよ。おかしいだろ。誰が悪いんだよ。俺は悪くないよ。世間が悪いんだよ。世界が悪いんだよ。そうだよ、政府が悪いんだよ。正義はどこにあるんだよ。どうなっているんだよ。やってられねえよ。
ってやつだろうな。
「まあこの国の大統領も国民向けには相当アレだけどさ」
やばい、とおれは口元を手のひらでおおう。
──負の感情は連鎖する。
黒くて重くて、ほんのちょっとの油断で飲みこまれる。
楽しいことを考えなくては。
そうだ。アップルパイだ。
広告の下の☆☆☆☆☆ボタンから応援をお待ちしています☆彡