最終話 わたしたちのハッピーエンド(後編)
目の前に白い小型ジェット機が見えた。
彼が長い歩幅でそれに向かっていく。
ほどなくして戻って来た彼はひとかかえくらいのボックスを持っていた。
「ここならひと気もないし、まだ木々も燃えていないからさ。ここで食べようよ」
「走ったりして大丈夫なの?」
「もう平気」
「平気じゃなくても平気っていいそう」
「信用ないなあ。まあそうだよね。いうよね」
睨みつけると「このあと、ちゃんと本社で診てもらうよ」と苦笑して彼がボックスを開いた。
息をのむ。
ホールのアップルパイが入っていた。つやつやに光っている。リンゴの甘酸っぱい香りとシナモンの香りがあたり一帯に広がる。
「やっぱこれくらいのサイズがいいよね」
彼はそういいながらアップルパイをざっくりと切り分けて、仕上げにバニラアイスまでトッピングしてくれた。
……完璧すぎる。
彼が皿を差し出す。
「来てくれてありがとう。助かった」
わたしは肩をすくめる。
「来なかったらどうするつもりだったの」
「来てくれたでしょ」
「だから来なかったら?」
「来てくれるよ」
彼が微笑む。言葉に出さずに続ける。
……なにがあっても絶対に。
「でしょ?」
……まったくもう。
女の子の言葉を思い出す。
──大好きなおねえちゃんなら、きっとなんとかしてくれるからって。
──そうじゃなければ頼めないよ。
──こわくて、頼めない。
……そんなの、わたしだって一緒だわよ。
目を向けると、彼がアップルパイにかぶりついていた。
口の端にバニラアイスをつけて、とろけそうな眼差し。そのままわたしへ微笑みかける。
ススだらけの頬。なのに。
反則でしょう? ……こんな顔をするなんて。
「おれさ」
「……ん?」
「──なんでもない」
「なによ。いいなさいよ」
彼は苦笑するばかり。
なんなの、と思いながらも言葉がついて出る。
「わたしね」
「ん?」
「──なんでもない」
なんだよそれ、と彼が笑う。
だって、と私も笑う。
だって──。
もったいない。
思いは言葉以上。
言葉にしたら、そこで終わりみたい。
伝えてしまったら、その程度の思いみたいだもの。
そんなの癪でしょう?
わたしの思いはそんなもんじゃない。
もっともっともっと。
言葉になんてできないくらい、わたしは彼を。
アップルパイにかぶりつく。
さくっとした食感のリンゴの甘煮。それがごろごろ入っている。シナモンもピリッと辛いくらいに利いている。
とけたバニラアイスと甘酸っぱいリンゴ、サックサクのパイ生地が口一杯に広がって、口の内側がきゅっと締まる。
これはまさしく。
「食べたかった味」
「そうだと思った」
彼の頬にバニラアイスがついている。
きっとわたしの鼻先にも。
手を伸ばして、指先で触れたい。
どうする? ……さわっちゃう?
そんなことすら、もったいない。
なんてことないシーン。
だけど──かけがえのない時間。
木々の爆ぜる音がする。
世界規模の森林火災はまだ鎮まらない。
わたしたちの仕事はまだまだ続く。
それでも。
あなたがいてくれれば。
あなたが、いてくれるから。
だからわたしはがんばれる。
明日も、明後日も、その先も。
わたしたちには、待っているアップルパイがあるから。
(了)
お読みいただきまして、ありがとうございました。
みなさまの心がぽかぽかしていることを願っています。
いろいろ大変なご時世。
見あげた空に、ねこのかたちをした雲があるとか。
水色が可憐なつゆ草が風に揺れているのを見たとか。
とるに足りないこと、でも気持ちが軽くなること、たくさん見つけてまいりましょう~。
サッポロ在住のわたくしは、ときおり近所の公園でエゾシマリスを見つけたりしております。
かわゆいんだ。
最後に、
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