12 わたしたちのハッピーエンド(前編)
いやいや、とわたしは慌てた。
「バイバイって、あなたをひとりにするわけには」
「ひとりじゃないもん」
「うしろの連中のこと? いやだから、あなたひとりでどうこうなんて無理でしょう」
そのとき、「なんだぁ? こりゃエラいススけたの車だな」と声がした。
ショッピングセンターから男が出てきてSUV車を指さしている。
男の声に誘われたのか。さらに避難途中に買い物していたらしき住民っぽい客が、わらわらと出てくる。
まずい。
「おねえちゃん、いって」
「だけど」
「あたし、いくから」
「あ、ちょっとっ」
手を伸ばしたけれど届かない。
ああもう、どうしたら。
「……いこう」
声がして振り返る。
彼がうっすらと目を開けていた。
「……悪いんだけど、ちょっと手を貸してくれる?」
まだ力がちょっとうまく入らなくてさ、と彼は続ける。
「捕獲した連中なら大丈夫。あと数時間すれば目覚めるはず。手足は、スーパーのおばちゃんたちがはずしてくれるよ」
それに、と彼は目をしょぼしょぼさせながらさらに続けた。
「荷室に火炎放射器男女が使った火炎放射器も突っ込んでおいたから。ビデオ撮影もしておいたし。証拠はたっぷりで。地元の人たちが処遇を決めてくれるよ」
言葉があふれる。
あふれすぎて、言葉にできない。
……大丈夫なのかとか。痛いところはないのかとか。
いきなりメールしてきて、こんな妙なことを頼まないでよとか。
女の子のことも聞いてないし。いってよ、とか。
そうじゃなくて。
……もう……もうもうもう。
心配したでしょう?
目を覚まさなかったらどうしようって、思ったでしょう?
怖かったでしょうっ。
人の声が近づいてくる。
彼がわたしに身をよせてきて、わたしは手早くウチの会社の痕跡関連をカバンに突っ込むと彼をかついだ。
できるだけ音を立てないようドアを開く。するりと車体からはなれる。
それから小走りでスーパーをあとにした。
耳元で彼がささやく。
「あと数メートル先におれの小型ジェット機があるんだ。そこまでいってくれる?」
……なんで、とわたしは走りながらやっと彼に声を出す。
「倒れていたの? 火炎放射器男になにをされたの? ひょっとして──ちょっと見えた、火炎放射器の燃料タンクで殴られたの?」
んー、と彼がのんきな声を出す。
「眠かったんだ」
「はい?」
「森林火災の騒ぎで、この一週間でのべ15時間くらいしか寝てなかったから」
そうかもしれないけど。
それも本当だろうけど……奥歯を噛みしめる。そうじゃないわよね。
本当にただの寝不足だったら、もうとっくに自力で走れるわけで。
……わたしに心配させまいと?
「だからさ」
「もう大丈夫だよ、とかいったら殴る」
彼が言葉をのみ、わたしにつかまる力を強めた。
ぎゅっと背後から抱きしめられているみたい。……泣きそう。
それから不意に彼がいった。
「作ったアップルパイがあるから、一緒に食べようよ」
へ、と足を止める。
「どこに」
「おれの小型ジェット機の中」
「持ってきたの?」
「待てなくて」
「一緒に作ろうっていったのに」
「ごめんね」
……ひょっとして睡眠時間が短くなったのってアップルパイを作っていたから? 彼ならやりかねない。
ふっと背中が軽くなった。
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